それから一時間くらいして、現人神さまは深く息を吐いて持っていた木槌を腰帯に滑らせた。パンパンッと手をはたいて頭に巻いていた手拭いを脱ぐと、仙人のように真っ白で長い髪がはらりと落ちた。手際よくそれを紙紐でひとつに纏めるとゆっくりと振り返る。
灰色の目と目が合って、思わずシャキッと背筋が伸びた。
「で、どっちに行きたいんだ。幽世か、現世か」
「は、はひ! ううう現世です!」
ガチガチになった来光くんが答えると、現人神さまはひとつ頷く。そして人差し指を一度くいと曲げてのっそのっそと歩き出した。
ついて来いってこと…?
私達はお互いに目配せをして生唾を飲み込むと恐る恐る頷く。早くしろ、と振り返りもせず私たちに声をかけた現人神さまの背中を大慌てで追いかけた。
五分と立たないうちに酷く目が回るような感覚がして、気が付けば土の上に立っていた。ハッと顔を上げれば朱色の古びた鳥居が立っている。その奥には小さな本殿の裏の壁が見えた。辺りは木々に囲まれていて、おそらく鎮守の森なのだろう。
頭上をカラスが飛んでいく。強い西日を発しながら向かいの山に太陽が沈んでいく。耳を済ませると遠くの方で浜に波が打ち寄せる音が聞こえた。
社の鬼門から現世へ出てこられたんだ。
不安げに眉を下げて当たりを見回した慶賀くん。
「ここ、どこだ?」
「潮の匂いがする……海が近いんじゃない?」
「鬼脈をでたらめに歩き回ったから、かなり遠い所まで出てきちゃったのかもしれないね」
辺りを見回しながらヒソヒソと情報交換していると、「おい」と声をかけられた。本殿の向こうから現人神さまの声がする。



