この世には八百万の神々が存在し、その一部の神は時として人の姿で現世に現れることがある。姿形は人そのものだけれど神の力を有しており、現世、幽世、常世を自由に行き来することができる。
現人神は神と同じ存在なので、もしお会いする機会があれば絶対にそのご尊顔は見てはならない。ご尊顔を見ることは神聖な領域の侵入と見なされるから───と。
つまり、人の姿とはいえ顔を見てしまえば神の怒りに触れるということだ。
サァァッと顔から血の気が引いていく感覚がした。慶賀くんなんてもう魂が抜けたような顔をしている。
一年の夏休みを思い出す。恵理ちゃんの家の怪奇現象が憑き物の仕業だと思ってお祓いをして、神様を攻撃してしまったことがあった。怒りに触れた慶賀くんと泰紀くんは神の災いを受けた。
その時のことを思い出したのか、絶句して固まる慶賀くん。すっかり腰が抜けて尻もちをついていた。
「……そこで座って待ってろ」
おじいさん────現人神さまはチラリと私たちに視線を向けたあとまた背を向けて木槌を振り上げる。暗闇に振り下ろしたそれはカーンッと音を立てた。
私達はお互いに顔を見合わせる。みんな面白いくらいに真っ青で恐らく私も負けていない。
カンッ、カーン、と木槌の音が響く。それが終わりを告げるカウントダウンのように聞こえて、私達はお通夜のように俯き縮こまることしか出来なかった。



