その呼びかけに応じてしまった時点で、私は大きな過ちを犯してしまった。
振り返るとそこにたっていたのは迎門の面を身につけ深く傘を被った和装の男二人組だった。見覚えがある。私たちが鬼脈を歩いていた時、建物の影からこちらの様子を伺っていた人達だ。
男たちの足の間から太い尻尾がゆらりと揺れて見えた。黒い毛並みだ。猫のように長く、犬のそれより太い。
「振り返った、間違いない。こいつが椎名巫寿だ」
男の一人が僅かに面を浮かせた。面の下から見えた縦長に伸びた赤い瞳孔に息を飲む。二人の男の手にぼっと青白い炎が現れる。
「黒狐族……ッ!」
私が叫ぶと同時に男たちが手を振りかざした。怪火が空気を燃やし爆ぜながら顔の前に迫ってきた。咄嗟に両腕で顔を覆う。ぶわりと炎がはためく音が耳のそばで聞こえた。
覚悟していた熱が来ず、恐る恐る目を開ける。蛇のような鱗が入った手足に、炎を纏った翼。燃えるような美しい赤髪が目に入った。
「君、剣をお借りしております」
淡々としたした口調で事後報告をする彼女。
妖であって妖でない清廉潔白な唯一の妖、十二神使の騰蛇。
「眞奉ッ!」
目の前で花火のように怪火が弾けた。激しい熱を身体中に感じる。
「来光巫寿! 来いッ!」
ハッと振り返った。ロープを全て肩に担いだ恵衣くんが鬼門の前でこちらに手をさし伸ばしている。勢いよく土を蹴ってその手を握った。
手を引かれて鬼門の中へ転がり込む。視界は一気に真っ暗闇になった。鼻先すら見えない暗闇の中で、きつく握られた左手の感覚だけが恵衣くんの存在を教えてくれる。



