言祝ぎの子 結 ー国立神役修詞高等学校ー



聖仁さんの神葬祭(そうぎ)が終わって神修に帰ってきた私は、最低限の荷物をカバンに詰めたあとスマートフォンの電源を落とした。置いていくかどうか逡巡し、結局ポケットに戻す。

最後に部屋をぐるりと見回した。

不安と緊張を抱きながら踏み入れた学生寮。寂しいと思う暇もないくらい、皆と騒いで笑って、沢山のことを語り合った。いつしかこの学生寮が、もうひとつの私の帰る場所になっていた。

鼻がツンとして慌てて天井を見上げた。泣いちゃダメだ、決意が揺らぐ。本当に最後になるかもしれないんだ。涙で視界がくもってしまえば、最後の景色をちゃんと瞼に焼き付けることができない。

最後にもう一度見回して、静かに部屋を後にした。

消灯時刻を過ぎているからか、廊下は非常口を示す緑色のランプだけが光っており人気(ひとけ)はない。

床とスリッパが擦れる音だけが響く。

みんなと駆け抜けて叱られた廊下、たむろして喋った階段。テレビにゲームを繋いで盛りあがった共有スペース。どの場所にも数え切れないほどの思い出が溢れている。自然と足はゆっくりになった。

靴箱で雪駄に履き替えて、ゆっくりとした歩調で学生寮を出る。本当に、これで最後だ。

振り返ってもう一度眺めるかを考えて辞めた。これ以上思い出に浸っていれば、本当に離れられなくなりそうだった。


リュックを背負い直して歩き出す。もう振り返らない。私が進むべきは、校舎へ続く階段でも量の廊下でもない。みんなを守るための道のりだ。

だから泣くな。進め。