翌朝。
 文化祭当日。
 図書室の展示コーナーは、生徒たちで賑わっていた。

「志摩先輩、これ追加分のPOPです」

「あ、ありがとう……」

 自然と名前を呼びたい衝動がこみ上げる。

「……湊」

「っ!」

 湊は嬉しそうに笑う。
 その笑顔が眩しくて、こっちまで照れてしまう。

「なに、急に名前呼んで」

「呼びたくなっただけ」

「……俺も呼んでいいですか」

「どうぞ」

「……悠人」

「っ……!」

「へへ」

「……やめろ、かわいいとかやめろ」

「言ってないですよ?」

 言ってるような顔で笑うな。



 昼頃、クラスメイトの加藤が近づいてきた。

「なぁ志摩、昨日の展示すげー評判いいぞ。お、早瀬もいるじゃん。仲いいな〜」

「まぁ、委員だからね」

「じゃ、志摩のこと“ゆうと”って呼んでみても――」

「やめてください」

 湊が即答した。
 加藤が目を丸くする。

「え、なんで?」

「……先輩の名前、呼んでいいのは、俺だけがいいです」

「え……? あ、え!? そ、そういう!?」

 加藤は声を裏返らせて去っていった。

「……湊」

「すみません、言いすぎました?」

「いや……嬉しかった」

「ほんとですか……?」

「うん。俺も、湊にだけ呼ばれたい」

 湊は、ぎゅっと唇を噛んで、俺を見つめる。

「じゃあ、これからも……いっぱい呼びます」

「うん。呼んで」

「……悠人」

「……っ」

「顔赤いですよ?」

「うるさい」

「俺の彼氏なのに」

「……やめろ、そういうこと外で言うな」

「言ってませんよ? 顔に書いてるだけです」

「どんな顔だよ……」

 笑い合う俺たちを、近くのクラスメイトたちが微笑ましそうに見ていた。

 ――この二人、いいよね。
 そんな声が確かに聞こえた。

 その一言が、胸にじんわり染みた。



 文化祭が終わって帰る頃、外には小さな虹がかかっていた。
 雨は上がり、湿った風が心地いい。

「悠人」

「ん?」

「……今日からは、帰り道、毎日一緒に帰ってくれますか」

「もちろん」

「……よかった」

「湊、嬉しそう」

「そりゃ……嬉しいですよ」

 繋いだ手を、湊が少し強く握り直す。

「悠人」

「うん」

「……大好きです」

「……俺も」

 名前を呼ぶたびに、世界が少し明るくなる気がした。
 名前を呼ばれるたびに、自分が特別になれた。

 ――これからもきっと。
 この先、何年経っても。

 夕陽の差し込む校舎を背に、俺たちは並んで歩き出した。

 名前が、ふたりの合図になる。
 そんな恋がここから始まる。