本鈴が鳴る前に、トイレのドアを開けて、教室に戻った。
俺は、出来るだけ久保の方を見ないようにしていた。
ながらく当たり前だった、隣同士の距離感。
肩が触れそうなほど近くて、ノートをのぞき合って、くだらない落書きを見せ合っていた、あの距離。
それが今となっては、こんなにも神経をすり減らすなんて思わなかった。
黒板を見る。
ノートを書く。
先生の声を聞く。
――久保の方は、見ない。
それだけのことなのに、意識すればするほど、久保の存在が、大きく感じられる。
ふと顔を上げた瞬間、危うく目が合いそうになって、慌てて視線を伏せる。
見ていないはずなのに、見られている気がしてしまう。
見られるのは嫌なはずなのに、合わない視線がなんだか寂しい。
それが、余計に苦しかった。
移動教室の時間になっても、俺はわざと一拍遅れて、席を立った。
久保がいない方向に、すれ違わないように、人の流れを選んで歩く。
「……なぁ、伊織どうしたん?」
昼休み、机を寄せ合って弁当を広げたとき、山根が不思議そうに顔を近づけてきた。
「今日ずっと久保と喋ってへんよな?」
「なんか朝も、急にトイレ駆け込んどったし」
周りのみんなも、何も言わないけど、ちらちらと俺の様子を伺っているのが分かる。
「別に……ちょっと、体調悪いだけ」
そう言うと、納得したような、していないような顔で、ひとまず引き下がってくれた。
その輪の、少し外。久保は、黙ったまま、俺の方を見ていた。
視線がぶつかりそうになって、俺はまた、すぐに逸らす。
まるで、避けるみたいに。
まるで、拒絶するみたいに。
視界の端で、久保の表情が、ほんの少しだけ強張ったのが分かった。
悪いのは久保の方なのに、胸の奥に、ちくりと刺さる。
放課後も、本来なら一緒に立ち上がるはずだったタイミングで、俺はわざと、鞄を持つのを遅らせた。
久保が教室を出て、少ししてから、ようやく廊下に出る。
追いかけられない距離を、追いつかれない時間を、無意識に、選んでいた。
背中に、何度も視線を感じた気がしたけれど、振り返らなかった。
振り返ってしまったら、
久保の顔をちゃんと見てしまったら、
きっと、ちゃんと話さなきゃいけなくなるから。
――それが今は、無理だった。
いつメンのみんなは、はっきりと異変に気づき始めていた。
「伊織と久保、なんかおかしない?」
「喧嘩ぁ? あの二人が?」
「修学旅行前にそれはキツいわ……」
ひそひそとした声が、気づかないふりをしていても、耳に入ってくる。
その一つ一つが、胸に、細い針みたいに突き刺さって、じわじわと痛んだ。
俺は、出来るだけ久保の方を見ないようにしていた。
ながらく当たり前だった、隣同士の距離感。
肩が触れそうなほど近くて、ノートをのぞき合って、くだらない落書きを見せ合っていた、あの距離。
それが今となっては、こんなにも神経をすり減らすなんて思わなかった。
黒板を見る。
ノートを書く。
先生の声を聞く。
――久保の方は、見ない。
それだけのことなのに、意識すればするほど、久保の存在が、大きく感じられる。
ふと顔を上げた瞬間、危うく目が合いそうになって、慌てて視線を伏せる。
見ていないはずなのに、見られている気がしてしまう。
見られるのは嫌なはずなのに、合わない視線がなんだか寂しい。
それが、余計に苦しかった。
移動教室の時間になっても、俺はわざと一拍遅れて、席を立った。
久保がいない方向に、すれ違わないように、人の流れを選んで歩く。
「……なぁ、伊織どうしたん?」
昼休み、机を寄せ合って弁当を広げたとき、山根が不思議そうに顔を近づけてきた。
「今日ずっと久保と喋ってへんよな?」
「なんか朝も、急にトイレ駆け込んどったし」
周りのみんなも、何も言わないけど、ちらちらと俺の様子を伺っているのが分かる。
「別に……ちょっと、体調悪いだけ」
そう言うと、納得したような、していないような顔で、ひとまず引き下がってくれた。
その輪の、少し外。久保は、黙ったまま、俺の方を見ていた。
視線がぶつかりそうになって、俺はまた、すぐに逸らす。
まるで、避けるみたいに。
まるで、拒絶するみたいに。
視界の端で、久保の表情が、ほんの少しだけ強張ったのが分かった。
悪いのは久保の方なのに、胸の奥に、ちくりと刺さる。
放課後も、本来なら一緒に立ち上がるはずだったタイミングで、俺はわざと、鞄を持つのを遅らせた。
久保が教室を出て、少ししてから、ようやく廊下に出る。
追いかけられない距離を、追いつかれない時間を、無意識に、選んでいた。
背中に、何度も視線を感じた気がしたけれど、振り返らなかった。
振り返ってしまったら、
久保の顔をちゃんと見てしまったら、
きっと、ちゃんと話さなきゃいけなくなるから。
――それが今は、無理だった。
いつメンのみんなは、はっきりと異変に気づき始めていた。
「伊織と久保、なんかおかしない?」
「喧嘩ぁ? あの二人が?」
「修学旅行前にそれはキツいわ……」
ひそひそとした声が、気づかないふりをしていても、耳に入ってくる。
その一つ一つが、胸に、細い針みたいに突き刺さって、じわじわと痛んだ。



