(いにしえ)より、我が村では、赤い髪を持って生まれた子は『鬼の子』として、排除されるべき存在だった。鬼の子は、村に災いをもたらす存在であると。
 この世に生を受けた時に、赤髪の少女の死は決まっていた——。
「早く、その赤ん坊を殺せ!」
「鬼の子を一刻も早く!」
 (くわ)を持った男達が夜道を駆け回る。
 産まれたばかりの赤子を抱く若い男は、息を殺しながら草陰で身を小さくする。
(頼む、今泣くな。今泣くな)
 男の思いとは裏腹に、赤子は「ふぎゃ」と小さな声で泣き始めた。
「おい、こっちで泣き声が聞こえたぞ!」
 見つかったと思った男は、赤子をしっかりと抱き、駆けだした。少しでも遠くへ、誰の目にもつかないところへ——。

◇◇◇◇

「お父ちゃん見て! トマトこんなに大きく育ったよ」
 真っ赤なトマトと同じ髪色をした私は、得意げに父にそれを見せた。
 父もまた笑顔で私の頭を撫でてくれる。
「ほんと、小雪(こゆき)は立派に育ったな。母ちゃんにも見せてやりたい」
「お母ちゃんは、トマト好きかな」
「おう、母ちゃんは何でも食べるからな。今日は、それを持って帰ってやろう。喜ぶぞ」
「うん!」
 無邪気な笑顔を作る私は、母に会ったことがない。
 ——母は『鬼の子』として村人らに殺されそうになった産まれたての私を庇い、懇願するように父に言った。
『あたし達の子、どうか、どうか……殺さないで』
 父とて、我が子を殺す選択はしたくなかったのだろう。母の意思を紡いで、赤子だった私を村人らから守り抜いた。
 そして、村から少し離れた山奥に、一軒の古びた小さな小屋を見つけた。
 そこには、一人の老婆が住んでいた。
『この子は……』
 老婆は、私の赤髪を見て驚いた顔をした。
 父は走り去ろうとしたのだが、『待ちなさい』と老婆は静かに呼び止めた。
『その子を守りたいのじゃな?』
 その老婆から敵意を感じないと思った父は、しっかりと頷いた。
 ひとまず私を老婆に預け、村に戻った父は皆に告げた。
『鬼の子は、川に捨てた』
 すると、村人中に安堵の声が聞こえてきた。
 父は、母にだけ私の無事を伝え、一緒に村を出ようと提案した。けれども、産後の母の状態は芳しくなく、命は取り留めたものの、村を出るには負担が大きすぎた。両親は村を出ることを断念した。
 とはいえ、赤い髪をもった私を村に戻すことはできない。私は人知れず息を潜めながら、山奥に住む老婆と共に小屋に住むことになったのだ。
 しかし、老婆は初めて会った時からかなりの歳を召していた。私が五歳の時に他界した。
 それから独りぼっちになってしまった私だが、小屋の裏にある小川の水と、老婆が育てていた野菜を枯らさぬよう手を施すことで、どうにか食い繋いでいた。
 父も小屋で一緒に暮らすと言ってはくれたが、私が断った。万が一にもここが村人らにバレた時、私だけでなく父や母までもが酷い仕打ちに合ってしまう。それだけは嫌だった。
 それでも、月に一度、父が私の元を訪れてくれる。それだけで十分だった。私を気にかけてくれる存在がいるから、こんな山奥に一人でも頑張れた。
 そんな生活をして、さらに十年の月日が流れた。
 つまり、私も十六歳。成人女性の仲間入りだ。
 発育はあまりよろしくないが、それでも『鬼の子』が十六年も生き延びたことに喜びを感じずにはいられない。
「小雪、絶対に」
「絶対に村に来ちゃダメ、でしょ。分かってるよ」
「じゃ、また来るから」
「うん。私の方は良いから、お母さんの方しっかり見てあげて」
「優しい子だな」
 困ったように笑う父は、随分とくたびれた顔をしており、以前のような活力は見られない。
 唯一私を守ってくれている父には迷惑かけられない。
 けれど、一度で良い。一度で良いから母の顔をこの目で見てみたい。そんな願望を胸に抱き、今日も父を見送った——。

◇◇◇◇

 その日の晩。
 大きな地震があった。
 私はその揺れで目を覚まし、小屋から出て両親の住む村を見下ろした。
 地震の影響か、火の手が上がっている。
「お母ちゃん、お父ちゃん」
 胸の前で両手を組み、無事を祈る。
 それでも、あの火中に両親が住んでいたら、地震で何かの下敷きになっていたら、寝たきりの母を担いで父は逃げられるのだろうか、悪い方向にばかり考えてしまう。
 私は真っ赤に燃えるような腰まである長い髪を手早くまとめ、夏の暑い時期だというのに、防寒用の袖頭巾を被った。
 少しだけ、ほんの少し、両親の無事を確認しに行くだけだから、そう思って浴衣のまま山を下りた。
 山を下りて村に入れば、村人らが火を消し終わった後だった。それぞれが安否確認をする中、私は家々を一軒ずつ覗き見る。
 夜更けということもあり、誰も私の存在には気付いていないよう。
 誰かに見つかる前に両親の安否を——そう思った時だった。父の声が聞こえてきた。
「思ったより被害少なくて良かったですね」
「だな。んじゃ、また」
「はい、また」
 村人二人と別れた父が、一軒の家の中に入っていくのを見つけ、安堵した。家も無事なようなので、母もきっと大丈夫。
 踵を返そうとしたが、一度で良いから母の顔が見たい。
 僅かな欲が出てしまった。
 私は、父の入っていった開いた扉から部屋の中をチラリと覗き見た。
 そこには、父と浴衣姿の三十代くらいの女性……は、どこにもおらず、父だけだった。
 母はどこだろうと首を傾げていると、先程まで父と話していた村人二人の声が背後で聞こえた。
藤仁(ふじひと)さん、かやさんが死んでから元気ないですね」
「まぁな。でも、狂ったかやさんから解放されて良かったんじゃねぇか?」
「それもそうですね。鬼の子さえ生まれなきゃ、かやさんだって狂うこともなかっただろうに。やはり、鬼の子は呪われていますね」
 冷や汗が背筋を伝う。
 藤仁は父、かやは母の名だ。
 しかし、元気とまでは言わないが、二人は生きて普通に生活しているはず。それなのに、今の会話は何だ?
 まるで母は精神に異常をきたし、既に亡くなったような言い草だ。
 私は、信じたくなくて家の中に入った。
「お父ちゃん……?」
 声をかければ、父が振り向いた。ギョロッとした目が怖く、一瞬たじろいだ。
 けれど、その瞳が私を捉え、慌てた様子を見せた。
「小雪!? 何故、村におりてきた!? 絶対にダメだと言っただろ!」
「ご、ごめんなさい。でも……」
「早く帰りなさい!」
「ねぇ、お母ちゃんは? お母ちゃん、生きてるよね? さっき村の人が……」
 私の問いには応えず、父は俯いてしまった。そして、ポツリと呟いた。
「小雪は何も悪くない」
 それだけで理解した。母は、もうこの世に存在しないのだと。
「ごめんなさい」
「だから、小雪は何も悪くない。悪いのは、お前のことを鬼の子と呼ぶ村人らだ。そのせいで、母ちゃんは疲れちまったんだ」
 いっそ、全部私のせいだと責めて欲しかった。その方が心が軽くなる。村人らのように、全部鬼の子の……私のせいにして欲しい。
「小雪。今度ゆっくり母ちゃんの話……してやる」
「うん」
 小さく頷けば、先程話していた村人らが戸から入ってきた。
「藤仁さん、そういや明日の」
「ん? あなた……見ない顔ですね」
「あ、えっと」
 怪訝な顔で見つめられ、鼓動が早くなる。恐怖で動けないでいる私を庇うように父が間に入った。
「はは……隣村の子のようで、道に迷ったみたいなんで案内してきます」
「こんな夜更けに大丈夫か?」
「親御さんも心配しているでしょうから」
 父に誘導され、戸から一歩外に出るやいなや突風が吹いた。同時に頭に巻いていた袖頭巾がズレ、頭巾の隙間から赤い髪の毛が一房はらりと落ちた。
「赤髪……?」
「鬼の子……?」
 村人らの顔つきが、剣呑な表情に変わった。
「逃げろ! 小雪!」
 恐怖で動けない私の背中を押す父は、男の一人に胸ぐらを掴まれた。
「これは、あの鬼の子か!? 川に捨てた鬼の子か!?」
「小雪は悪くない! 無害だ!」
 父は、男によって殴られる。
 一発ではなく、二発三発続けて殴られ、反動で地面に転がった。
「お、お父ちゃん……やめて、やめて」
 慌てふためく私も、もう一人の男に捕まった。
 そして、大声で叫ばれた。
「鬼の子だ! 鬼の子が生きていた! さっきの地震もこいつの仕業だ!」
「ち、違ッ」
 私の声は聞こえるはずもなく、次々に人が集まってくる。
「鬼の子だって!?」
「新たに産まれたのか!?」
「いや、もう大人だ」
「あれって……藤仁さんの所の?」
 頭が真っ白になっていく。
 私はこのまま殺される——。
 恐怖で声も出なくなった私の頭巾は引っぺがされ、燃えるような赤い髪が顕になった。
 髪の毛を引っ張られ、転んだ私の顔を踏みつけるように地面に押し付けられる。
 両手を無理矢理後ろに回され、縄できつく縛られる。
 それはあっという間の出来事で、命乞いする隙さえ与えない。
 そんな中、背に鍬が刺さったボロボロの父が、地面を這って近くまできた。そして、いつものように優しい笑顔を私に向ける。
「お、父ちゃん。私……ごめん、なさい」
「小雪……お前は何も悪くない」
 最後まで私を責めない父は、事切れたように動かなくなった——。
「呪ってやる……呪ってやる……こんな村……」