それから一ヶ月。平穏な日々が戻った。偽りの平和だ。 悠人は無事社会復帰したが、大量の納豆を食べる衝動や、夜中に嗅覚が異常に鋭敏になる後遺症に悩まされていた。そして、陸の右手首の傷は、時折疼く。

次の満月の夜。リビング。美紀と陸は、緊張して空を見上げた。その頃、ソファで眠っていた悠人は、突然、苦悶の声を上げて目覚めた。顔の爪痕が、満月を反射して赤黒く不気味に光る。 彼は唸りながら、陸に送る「左肩を叩く」という警告の合図を無意識にした。それは、「まだ理性が残っているうちに、殺してくれ」という、親友への最後の懇願だった。そして、その手の指先には、僅かながらも硬質な爪の先端が覗き始めていた。陸の右手首の傷が、悠人の警告に呼応するように、熱く、激しく疼いた。

幼い娘が、ソファの横に立っていた。娘は、恐怖に歪む父の顔を見て、無邪気な瞳で尋ねた。 「パパ、またあの『大きな、毛むくじゃらのパパの影』と遊ぶんでしょ？」 悠人は、その恐ろしくも真実を突く言葉に、顔を背けた。彼の瞳は、もはや理性の光を失いかけていた。 陸は、次の満月の夜までに、親友を救うか、それとも親友の最後の願いを叶えるか、決断しなければならない。彼の右手首の傷だけが、血のように赤く、月の光を反射していた。

戦いは、終わらない。