陸の罪はすぐに彼を追い詰めた。地元の猟友会リーダーが頻繁に訪れるようになったのだ。ある日、リーダーは陸の顔を見てニヤリと笑った。一拍の間が、陸の心臓を締め付ける。 「志田さん。どうも顔色が悪い。クマの影でも見たか? …近頃のクマは賢い。缶詰の匂いでも嗅ぎ分ける。山で変なものを運んではいけませんよ」 その言葉は、「お前は知っているな」という無言の圧力に他ならなかった。

陸は夜、自分の右手首の傷に触れ、いつ親友を殺してしまうか分からないという恐怖に耐えながら、登山用ナイフを枕元に置くことを止められなかった。ナイフの冷たさが彼の右手首の傷を疼かせたが、彼はそれを拾い上げず、代わりに自分の傷を強く握りしめた。

陸は親友の妻、美紀に、証拠の品々と秘密を打ち明けた。美紀は夫の生存に涙したが、その愛はすぐに試練を迎えた。セラーで、美紀はクマの悠人が、娘の大切な木のおもちゃを本能的な遊びで無残に引き裂いているのを見てしまった。その瞬間、美紀の心に「愛する夫」と「家族を脅かす獣」の間に、冷たい境界線が引かれた。それは、夫の尊厳と娘の安全を天秤にかける、究極の選択だった。美紀の右腕にも、いつの間にか陸と同じように治りきらない小さな傷ができていた。それは呪いの伝播、あるいは獣性との絆。 「あなたが……私たちを傷つける前に、戻ってちょうだい」 美紀はそう言い、夫が残した古い登山記録の日記を陸に託した。一方、幼い娘は、セラーの扉の前で、そっと子守歌を歌っていた。その愛おしい無垢な旋律と、扉の向こうから漏れる鉄を軋ませるような苦痛の音が対比し、陸の心をえぐった。