だが、家についたとき、スフレはまだフロアクッションの上でくつろいでいた。
「ただいま。まだいてくれたんだ」
 嬉しくなった私は、玄関で脱いだ靴も揃えずスフレのそばに走り寄った。最初は面倒くさそうに片目だけを開けてたスフレだったが、
「ねえ、これ食べる?」
 買ってきたおやつを見せると、身体を起こして行儀よく前足を揃えて座り直した。
 スフレの視線の先にあるのは、私の手の中のおやつ。わかりやすくて、かわいすぎる。
 スフレにおやつをあげると、私も持って帰ったケーキの箱を開けてみた。
 入っていたのは、pâtisserie AYAのSNSに投稿されていた秋の新作・キャラメルりんごのミルクティープリン。
 白い陶器の容器に入ったプリンの表面はバーナーで焼かれていて、シロップ漬けのリンゴが載せられており、さらにその上にソースがかかっている。ちょこっと添えられている小さな飾りパイは、耳折れの看板猫だ。
『お店のケーキには全部、猫のプレートをのせるのはどう?』
 子どもの頃、綺にそんな提案をしたのは私だった。
『それいいね! チハ、天才! もちろん、モデルはメレンゲね』
 私のアイデアに手を叩いて賛成すると、綺はケーキのデザインを描きためたスケッチブックの新しいページにパティシエ帽をかぶったメレンゲそっくりの看板猫の絵を描いた。
「これは綺が作っているんだよね」
 ひとりごとをつぶやくと、スプーンで掬ったプリンを口に運ぶ。口の中に最初に感じるのは、甘いリンゴとキャラメルの味。それらが蕩けたあとに、アールグレイのような紅茶の味と香りがすーっと鼻を抜けてくる。
 昔、頭の中で想像した味。イメージはしっかりと残したまま、それを越えてくる美味しさに、感動してちょっと泣きそうになった。
「やっぱり、綺じゃん……」
 プリンを食べながらときどき鼻を啜る私を、既におやつを食べ終えたスフレが不思議そうに見上げてきた。
「ねえ、手紙、届けてもらってもいいかな」
 プリンを食べ終わると、私は水色のメモ帳に手紙を書いた。

【301号室 スフレの飼い主様
 本日、pâtisserie AYAに伺いました。お客さんがたくさん来ていて、ウワサどおり人気店ですね。
 キャラメルりんごのミルクティープリン、感動するほどおいしかったです。ありがとうございます。
 ひさしぶりにおいしいものをいただいて、仕事もはかどりそうです。
 あのプリンは、あなたが作られたのですか?】

 スフレの飼い主様、あなたは綺ですよね。
 続けてそう書こうとして、迷ってやめた。
 pâtisserie AYAが綺の店だったらいいけれど、もし違ったら——。
 証拠ならいくつもあるのに、確証が持てない。

【また、他のお菓子も食べてみたいです。】

 そんなふうに最後を締めくくると、私はメモ帳を細長く折りたたんでスフレの首輪に結び付けた。