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 実際のpâtisserie AYAの外観は、写真で見る以上に可愛らしかった。ごく普通の住宅街の中で、その一軒だけが童話の中のお店のよう。
 平日にもかかわらず、店の前には五~六人の列ができていて、私もその最後尾に並ぶ。
 二十分くらい待ったところで、ようやく店のピンクのドアの前に来た。
 パティシエの帽子の耳折れ猫。可愛らしくも、不敵に微笑んでいるようにも見える看板猫のプレートに出迎えられて、ドキドキしながら店のドアを開く。
 その瞬間、卵とお砂糖とバニラエッセンス……それらが入り混じった優しくて甘い匂い漂ってきた。
 入ってすぐの商品棚にはカゴに入った焼き菓子が置いてあり、パテシィエ帽を被ったハチワレの耳折れ猫の置物がところどころに飾られている。
 綺の家のメレンゲに似てる。でも、どことなくスフレにも似ているような気もした。
 店の中に入っても、お客さんの列はショーケースの前からレジへ向かって続いている。ショーケースの向こうでは、耳折れ猫とおそろいのパティシエ帽子とエプロンをつけた女性スタッフが数人、忙しそうに働いていた。その中に、綺はいない。
 奥の厨房にはさらに何人かスタッフがいるが、そこに綺がいるのかどうかは私のところからはわからなかった。
「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか?」
 ようやくショーケースの前に来ると、二十代前半くらいの女性スタッフに、にこっと笑いかけられた。
 外に出るのがひさしぶりな私は、もちろん対面で人と話すのもひさしぶりで。ドギマギしてしまう。
「あの……、と、取り置きをしてもらっていて……」
「お名前をお伺いしてもよろしいですか」  
 途中でつっかえながら、ぼそぼそ話す私に、店のお姉さんは親切で丁寧な対応をしてくれる。
「く、栗栖です……」
「ああ、栗栖様。お待ちしておりました」
 私が取り置きの商品を取りに来ることは、店のスタッフにも周知されていたらしい。
「お取り置きの商品はこちらになります。ありがとうございました。またご利用ください」
 既に用意されていたケーキの箱が手渡される。その対応があまりにもスムーズで、私は取り置きをしてくれた「栗栖」という人についての詳細を訊ねることができなかった。
 栗栖って誰ですか。この店のオーナーは……?
 pâtisserie AYAに来たら聞きたいと思っていたことはいくつもあったのに、店のお姉さんの視線はすぐに次のお客さんのほうに流れていってしまい、私が長居できるような雰囲気ではない。
 仕方なく、私は受け取ったケーキ箱を抱えて家に帰った。
 途中でペットショップを見かけたので、スフレのためにおやつを買った。綺の家のメレンゲが、好んで食べていた猫のおやつだ。もしかしたら、スフレはもういなくなっているかもしれないけれど。