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 pâtisserie AYAの定休日。
 私は301号室のドアの前にいた。
 チャイムを押すかどうか迷っていると、ドアの内側から妙な音が聞こえてくる。
 カリカリカリカリ……。
 スフレだ。
 私の気配に気付いて呼んでくれているのかもしれない。
 私は持ってきた小さな紙袋を胸の前で抱え直すと、インターホンに手を伸ばした。
 
 ピンポーン――。
 震える指に力を込めると、
「はーい」
 ドアの向こうから声がした。
 少し開いたドアの隙間から、スフレがするりと抜け出してくる。
「あ、こら。スフレ……! すみません……」
 あわてて出てきた奎くんは、そこで初めて私に気がついた。
「チハ……?」
「急にごめん……あの、これ」
「なに?」
「奎くんにお礼をしたくて。私にまた小説を書がせてくれたお礼」
 紙袋を手渡すと、奎くんが驚いたように目を見開いた。
 紙袋を開いた奎くんが、その中から耳折れ猫のアイシングクッキーをひとつ取り出す。
「奎くんみたいにはうまくいかなかったけど……」
 pâtisserie AYAで売っているものに比べたら不恰好だけど、スフレの顔を思い出しながら、アイシングクリームで装飾した。
 いくつか作った中でスフレに似ていそうなものを選んで包んだけれど、どうだろう……。
「いいじゃん、スフレに似てる」
 奎くんがふっと頬をゆるめる。その優しい笑い顔にほっとして、ほんの少しだけ肩の荷が下りたような気がした。
「奎くんに受け取ってもらえてよかった。綺には渡せなかったから」
「綺のことは、チハのせいじゃない」
 私がつぶやいた瞬間、奎くんが瞳を翳らせる。とても哀しそうな瞳。奎くんにそんな顔をさせているのが自分だと思うと胸が痛む。
「ありがとう。でも、私はどうしても自分を責めることをやめられない。だから、一年前にpâtisserie AYAができたときはほんとうにびっくりしたよ」
「綺が生きてるんじゃないかって思った?」
 訊ねられて、私は一瞬言葉に詰まった。