奎くんと再会した日を境に、スフレはうちに来なくなった。きっと、私のせいだと思う。
 床の上にぽつんと置いてあるフロアクッションを見る度に、グレーと白のもふもふを思い出して淋しくなった。
 スマホを持ってベッドに寝転がると、SNSのpâtisserie AYAのページを開く。
 人気の洋菓子店のオーナーパティシエは綺じゃない。それが証明されたのに、これまでずっとチェックしてきた習慣が消えない。
 SNSには、数時間前に新しい投稿がされていた。
 
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【pâtisserie AYA】

 実は当店、焼き菓子もおすすめです!
 こちらは当店の看板猫のアイシングクッキー。
 大切な方へのギフトにもぜひ。

 明日は定休日となりますので、ご注意ください。
 
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 投稿された写真は、カゴに詰められた耳折れ猫のアイシングクッキー。
 両耳の折れた猫の顔はメレンゲにそっくりだ。ふと見ると、その中に片耳だけが折れた猫も混ざり込んでいる。
「スフレ……?」
 これは奎くんの遊び心だろうか。
 pâtisserie AYAは全部が私と綺で思い描いた店だと思っていた。
 だけど、綺の店のメニューに猫のアイシングクッキーは存在しなかった。
 クッキーは、pâtisserie AYAを建てた奎くんのオリジナル。二年前、綺にサプライズをする私のために考えてくれたものだ。
『大切な方へのギフトにもぜひ。』
 SNSを通して届いた奎くんからのメッセージに、メガネが曇る。
「すごいな、奎くんは……」
 綺と一緒に自分の時間を止めてしまおうとしていた私と違って、前を向いて進んでる。
 ただ、綺の夢を継いだだけじゃない。
 奎くんは、ちゃんと自分の意志でたくさんの人に幸せと優しさを届けてる。
 それなのに私は――。
 綺のこともスフレのことも、ただここで待っているだけだった。