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 pâtisserie AYAの前には、今日もお客さんの列ができていた。
 頭にのせたキャスケット帽のつばを引っ張って目深にすると、私はドキドキしながら列の最後尾に並んだ。
 ドアの耳折れ猫のプレートとようやく目が合ったのは、列に並んでから二十分ほどだった頃。その頃に少し気持ちが落ち着いていたが、店内に足を踏み入れるとまた心臓がドキドキと鳴り始めた。
 ショーケースに向かうまでの棚には、甘い香りの焼き菓子がカゴに入れて並べられている。そのなかのひとつに、耳折れ猫のアイシングクッキーがあった。
 ふと目に留まったそれに手を伸ばしかけたとき、列が少し前に進む。ハッとした私は、クッキーを手に取ることなく前のお客さんの背中を追いかけた。
 ショーケースの前まで来ると、前回も対応してくれた女性スタッフが「いらっしゃいませ」と笑顔をくれた。
「あの、ケーキを受け取りに来ました。来栖綺さんはいらっしゃいますか」
「あや……? 少々お待ちください」
 ドキドキしながら訊ねると、彼女が首をかしげて少し考えてから厨房に入っていった。
 綺に会える――。
 もう二年も会っていない幼馴染の顔を思い起して、お腹の前できゅっと両手を握り合わせる。
 だけど……。
 
「お待たせいたしました」
 厨房から出てきたのは、顔立ちの整った猫目の男の人だった。
 綺じゃない――。
 握り合わせた手に力が入る。
「チハ、ひさしぶり」
 記憶よりも少し低い声に呼ばれて、ドクンと胸が震える。
 私は彼のことも知っている。
(けい)くん……」
 栗栖(くるす)奎斗(けいと)
 私のもうひとりの幼馴染で、綺の双子の弟。
 綺以外でpâtisserie AYAを知っていたのはひとりしかいない。
 グレーと白のハチワレ猫のスフレ。
 新作小説への感想の手紙。
 不確かだった点と点が頭の中でひとつの線に繋がる。
 そうか。301号室の住人は……、スフレの飼い主は奎くんだったんだ。
 おかしいと思っていたんだ。だって綺は――。
 ブワッと目頭が一気に熱くなる。溢れてくるものを堪えれそうにない。
 奎くんに背中を向けると、私は店を飛び出した。
「知花!」
 早足で逃げる私を奎くんが追いかけてくる。
 奎くんに会うのも二年ぶりだった。だけど私は、二度と奎くんの前に立てない。
 綺に会えなかったのは私のせい。初めから会えるはずもなかった。でも、幻想でもいいから会えたらと思った。
 綺との関係を壊したのは私なのに。
 綺は私のせいでいなくなった。夢を叶えられなくなってしまった。