二日後。ベランダを気にしながらそわそわしていた私のところにスフレがやってきた。
 スフレの訪問が一日空くことはたまにある。けれど、二日空くことはなかったので少し心配だったのだ。
 小説がおもしろくなかったのだろうか。それとも手紙の最後に確信をつくようなことを書いたから嫌われたのだろうか。
 いろいろ考えてしまっていたから、スフレが現れてくれてほっとした。
「すこしひさしぶりだね」 
 声をかけて耳の後ろを撫でると、フロアクッションに落ち着くのも待ちきれずにスフレの首輪から手紙をはずす。
 どんなことが書いてあるだろう。
 ドキドキしながら、震える指で細く折りたたまれた紙を開く。けれど、そこに書かれていた文章は短かった。 
 
【302号室様
 小説拝見しました。
 感想は長くなってしまいそうなので、ドアポストに封筒を入れておきます。】
 
「ドアポスト……?」
 毎日ずっと家にいるのに、そこに手紙が投げ込まれているなんて全く気付かなかった。
 急いで玄関に走っていき、内側からポストを開けると白い封筒が入っている。それを持ってバタバタと部屋に戻ってくると、スフレが私のことを薄目でうるさそうに見てきた。
 
【茅花 綺様】

 ドキドキしながら手紙の封を開くと、いちばん上に私の作家名が書かれた便箋が出てきた。
 宛名に続くのは、私が書いた新作短編の感想。
 小説の中のどのシーンが良かったとか、どの部分に共感できたとか、几帳面な文字で丁寧に書いてある。
 
【ハチワレ猫のモデルはスフレですか。性格までそっくりです。
 主人公が別れを告げられたときは切なかったですが、最後はじんわり、温かい気持ちになれました。】
 
 ひとつひとつの言葉を胸に受け止めながら、そういえば子どもの頃、小説を書いたノートを綺に貸したことがあったなあと思う。
 数日後に綺が返してくれたノートには、小説の感想を書いた手紙が挟まっていた。
 ドアポストの手紙が、そのときの嬉しかった気持ちも思い出させてくれる。

【小説のお礼にケーキを取り置きしておきます。
 あなたの小説に出てくるストロベリーショートケーキを用意しますね。
 pâtisserie AYAでお待ちしています。】

 あいかわらず、手紙に差出人の名前はない。
 けれど、この手紙を書いたのはきっと私の幼馴染。
「綺が待ってる……」
 小さくつぶやくと、スフレがおもむろに立ち上がって私に身体を擦り寄せてきた。
 私を励ましているつもりなのかもしれない。手に触れるふわふわの毛が少しくすぐったい。
 ほんとうは直接会いに行くのは怖い。でも、会いたい。
 壊れてしまった関係を取り戻したい。
 もしも、綺が待っていてくれるなら。