君はどうして、



 あの橋の手すりに身を預けると、手を伸ばしてラムネを一粒川に落とす。
 流れていくかもわからないうちに、それは水に沈んで溶けて無くなってしまう。
 それをじっと、君はただ眺めている。
 これが二人の未来で、蘭に与えられた運勢だというのなら仕方ない。仕方ないのだ。
 全部自分が招いた×だ。
 君はずっと正しい選択をしてきたはずだったのに、一体どこから間違えてしまったのだろうと悩んでいる。
 だからずっと答えを求めてここで確認している。
 毎日毎日、欠かすことなく一粒ずつ。
 だけど、何が出たって何も変わらなかった。
 だからやっぱりここに自分だけの人生なんてなかったんだなと、君は思った。

 あれから君と蘭は話をしていなかった。
 今ではもう顔を合わすことも無くなって、君はずっと一人きりだ。
 ひとりぼっちの、冷たい世界にたった一人で君は居る。

『始めから君のためだけの世界なんてここにないんだよ』

 蘭によって心に打ち込まれた杭は抜けず、君をここにずっと引き止めている。

 ——きっとそうだったんだ。始めから話せもしない主人公の人生なんて何も面白くないし、そんなものは一人きりでは何も始まらない、つまらない世界だ。無駄で無意味で、そんなお話が存在していいわけがない。

 君はずっと自分を責め続けていた。自分の存在価値を見誤ったと、そのせいでこの世界は動きを止めてしまったのだと思っているからだ。
 だって蘭が居なくなったこの世界はもう、動き出すきっかけがなかった。ずっとずっと君はここに居るのに、世界だけがぴたりと動かない。蘭が居なくなって、この世界はこんなに無意味で寂しくて、悲しくて虚しい。
 辛い。それなのに、なんでまだここに居るんだろう。なんでお話は終わらないんだろう。
 残酷だと思った。世界はまだ、続いている。
 君を一人きりにして。

「あの、すみません」

 声が聞こえて驚いた君は、その方へ反射的に振り返る。随分とここに居る中で声をかけられたのは初めてのことで、そこには同じくらいの年頃の、制服姿の人が佇んでいた。
 君と目が合うと、その人はハッと息を呑む。それはその人の内側で何かの感情が動いた瞬間のように見えた。

「あの、えっと、こ、こんにちは」

 挨拶をしてきたその人に返事をすることなく、君はじっとその人を見つめる。気まずそうにしながら目を泳がせたその人の視線がもう一度君に戻ってきた時、そこには決意が固まっているのが見て取れた。

「蘭を、知っていますか?」

 覚悟の滲むその声色で、その人はその名前を口にした。

 ——蘭

 ドンッと、心臓が大きく君を内側から打ち付ける。

「……知ってる」

 掠れたその声が耳に入る。それは君の声だった。聞き覚えがあるそれに懐しく感じるほどに、君が声を発したのは久しぶりのことだった。もう出し方も忘れてしまったと思っていたのに、その名前が君の胸の奥底から君の声を手繰り寄せる。
 蘭がまた、君の世界を回し始める。
 君の返答を聞いたその人は、「やっぱり。じゃあ君が……」と、小さく呟いた。

「ここを通るたびに、蘭が話してたの思い出して……その駄菓子のラムネのことも」

 チラリと君の手元に視線を寄せるその人は、どうやら蘭について詳しいらしい。そして、君と蘭ことも。

「あ、名前、高幡(たかはた)と言います。えっと、蘭とは色々関わることが多くて……というか、その、色々あって……だから蘭のこと、知りたくて。いや、それよりなんか、自分のためにっていうか……あの、どうしても訊きたいことがあって」

 そうして、ついにその問いは君に投げられる。


「あの時、なんで電話に出られなかったんですか?」


 ——あの時。
 その言葉で、君の脳裏に激しく打ち付ける雨音が、あの轟々と音を立てて荒れ狂う川の流れが浮かび上がる。
 あの大雨の日、君のスマートフォンには確かに着信があった。
 ポケットの中で震えていたのがわかった。
 きっと蘭からだとわかっていた。
 わかっていたけれど、君はそれに応えなかった。

 なんでだと思う?
 あんなに大好きで特別だった蘭からの着信だ。
 あんなに君を傷つけて、君を世界ごと否定した蘭からの着信だ。
 思い出して。考えて。君はなんで出られなかったの?
 君は蘭にどんな思いを抱いて、どうしてその対応を取ったの?
 君が感じるままに答えて欲しい。
 ここは君の世界だ。君のお話だ。蘭が君になんと言おうと、君がそう思えなくなっていたとしても、始めからずっとそのように世界は作られているので今、君は主人公として問われている。
 ここは蘭によって動かされて、君の人生として物語になった君の世界。世界がまだ続いているのはその証拠だ。
 これはそんな君の人生最後の、最大の選択になる。
 ——大丈夫。間違いなんてない。
 今までだって間違いは一つもなかった。だって一つ一つが君を君にするために存在しているのだから。君の人生の真実を決めるのは始めからずっと君なのだから。
 何を選んだって君にとって正しいものになるのだと信じて踏み出して欲しい。
 

 君はどうして、あの時電話に出られなかったの?


 ・精神的に無理で、わざと着信を無視した。
  ——15ページ、または表紙に戻って『着信を無視した』へ

 ・通話に出られない、物理的な事情があった。
  ——16ページ、または表紙に戻って『物理的な事情があった』へ