軍龍の巫女嫁

第三話 瑞葵が羽音を小花衣から連れ去る

〇選定の儀の三日後
場所:羽音の実家の台所
時刻:お昼頃
 竈に火を起こす羽音。風邪を引いた身体で池に入ったため、肺炎になりかけている。
 咳き込む羽音。そこに現れる義母と夢菜。
夢菜「お昼ご飯はまだなの」
羽音「申し訳ありません。今日は私しかいないので、準備に時間が……」※朝帰りをした羽音をこき使うために、他の使用人はわざと一日休み。
義母「掃除も途中じゃないか。屑は昼ごはん抜きだからね」
羽音「……はい」咳き込む。熱でくらくら。もとより食欲なんてない。
 昼食の片付けを終え、庭を掃いていると、玄関前に車が止まる※車を持っている人は少ない。
 羽音、父に来客を告げに行く。
父「みすぼらしいお前は奥に引っ込んでいろ!」
 急いで玄関へ走っていく。車から降りた瑞葵に駆け寄る。
父「霧生様、ようこそいらっしゃいました。本日はその、どのようなご用件でしょうかもしかして、夢菜を花嫁……」手もみをしながら聞く。
瑞葵「先日の選定の儀で、花嫁が見つかったと言ったはずだ。その件で来た」
 無表情の瑞葵。喜ぶ父。瑞葵を客間に通す。部屋は和室。長卓が中央にある。夢菜たち三人の向かいに瑞葵が座る。
父「それで、花嫁を見つけたと仰っておられましたが、私の娘を選んでくださったということでよろしいのでしょうか」
 手をもみながら、聞く父。瑞葵、鷹揚に頷く。
瑞葵「私の伴侶とするつもりだ。結婚を承諾して欲しい」
父「も、もちろんです。もったいないお言葉、ありがとうございます」
夢菜「お母様、私が瑞葵様の妻に選ばれましたわ!」
義母「なんて光栄なこと。やはり私の娘だわ」
 手を取り合い喜ぶ親子。それを見ながら瑞葵はゆっくりとお茶を飲み、湯飲みを机に置く。
瑞葵「それで、俺の花嫁はどこにいるのだろうか?」
夢菜「いやですわ。瑞葵様。今目の前にいる私、夢菜ですわ」
瑞葵、ゆっくりと部屋の中を見回す。
瑞葵「ここへ来る前に調べたが、小花衣家にはもうひとり娘がいるはずだ。その者はどこにいる?」
父「あ、あれ、ですか⁉ その……長女は身体を悪くして臥せっております。病持ちを霧生様に会わせられませんので、部屋で休ませております」
義母「そ、そうです。こんなおめでたい場所に屑は相応しくありませんし」
瑞葵「屑?」ぎろりと睨む瑞葵。
 父と義母「ひっ」と息を呑む。
 夢菜だけは嬉々として瑞葵の隣に座ると、話を続ける。
夢菜「姉は不出来で人とまともに会話できないような人なんです」「それに比べ、私は結界が張れるほど破魔の力がございます」「きっと強い力を持つ後継ぎを産めますわ」
 瑞葵、まとわりつく夢菜の腕を払う。
瑞葵「もういい。それなら俺が自分で探す」
父「ま、待ってください」
 瑞葵、立ち上がり、屋敷の中を探し始める。でも見つからない。跡を追う三人。
 そんな折、裏庭から咳き込む声がして行ってみると、熱で赤くなった顔で羽音が洗濯物をしている。
瑞葵「いた! 俺の唯一無二」
 駆け寄り、羽音の腕をとる。いきなりのことで呆然とする羽音。
羽音「あ、あの……」
瑞葵「迎えにきた」
 羽音、瑞葵が夜の峠で出会った軍人だと思い出す。
羽音「あの時の」
瑞葵「お前を俺の妻にする」
羽音「えっ?」
 腕を掴んだまま歩こうとする瑞葵。だけれど羽音は熱でふらついてしまう。
 そこへ夢菜達三人が追い付く。
父「瑞葵様、それは我が家の屑。外に出していい娘ではございません」
義母「そうです。そんな女より夢菜のほうがずっとあなた様に相応しいです」
夢菜「お姉さん、何をしているの。瑞葵様に病気を移してはいけないわ。すぐに離れて」
 詰め寄る三人に、瑞葵は冷たい視線を送る。ふらつく羽音を支えるように肩に手を回す。
瑞葵「さきほど小花衣の娘を娶る許可は得た。このままこの娘を連れて帰る」
夢菜「そんな屑、瑞葵様の役には立ちません」
瑞葵「俺が選んだ花嫁をそのように呼ぶことは今後一切許さん」
 怒る瑞葵。ぶわっと風が起こり夢菜たち三人が吹き飛ばされる(破魔の力)
 尻餅をつく三人。瑞葵はそれを軽蔑するように見おろすと、羽音を抱きかける。
瑞葵「行こう」
羽音「あ、あの……。さきほど、花嫁と……」
瑞葵「それともここに居たいのか?」
 瑞葵の言葉に夢菜達を見る羽音。今までの罵倒や折檻を思い出す。
夢菜「断りなさい! 瑞葵様の妻になるのは私よ! 自分の立場をわきまえなさい」
羽音「わ、わたし……」(もう打たれるのは嫌。きつい言葉をぶつけられる、謝り続ける生活をしたくない)
羽音、瑞葵を見上げる。
羽音「私を、連れていってください」
 赤い顔で訴える羽音。それに答えるように瑞葵が優しく笑う。
瑞葵「承知した」
 唖然とする夢菜たちを裏庭に残し、瑞葵は羽音を抱き抱えたまま立ち去る。 

〇ベッドに横たわり、苦しそうな表情の羽音。
場所:霧生家、客間
時刻:小花衣から霧生家へ来た翌朝
 天蓋付きのベッドに横たわる羽音(眠っている)
 ベッドの横には診察を終えたばかりの医者。瑞葵が部屋に入ってくる。
医者「肺炎を起こしかけています。部屋を暖かくして水分をしっかり摂らせてください」
瑞葵「分かった。他には?」
医者「慢性的な栄養失調です。若いですから滋養のあるものを食べれば回復するでしょう。それから……」
 言い淀む医者。怪訝な顔をする瑞葵。
瑞葵「まだ何かあるのか?」
医者「身体中に折檻のあとがありました」
瑞葵(調べで、使用人同様の扱いを受けているのは分かったが、小花衣家は娘に暴力を振るっていたのか)
医者「手だけでなく棒のようなもので殴られたあざが、主に背中にありました」「それに、内ももや二の腕などには古い火傷のあとが」「これは幼い時に受けたものだと思われます」
 瑞葵、ぎゅっと拳を握る。医者、部屋から出て行く。
 瑞葵、ベッドサイドにある椅子に腰かけ、手に嵌めていた手袋を取る。
 羽音の額に当てられた手ぬぐいを取り、近くにある桶につける。ぎゅっとしぼり、また羽音の額に手ぬぐいを置く。
 熱で浮かされる頬を手で撫でる。手の甲には鱗が現れている。
 それが羽音に触れるとすっと消える。
瑞葵「龍化が治まる。やはりこの娘は龍を封じた始祖の巫女の生まれかわりか」


〇目覚める羽音。霧生家二日目。
 目を開け自分がどこにいるか分からず混乱する。
 ドアの開く音がして、五十代と二十代の女性が入ってくる。どちらも使用人。
 五十歳の女性(依子)は着物姿で髪を首の後ろあたりで結い上げている。
 二十代の女性(花枝・依子の娘)は洋風のお仕着せに白いエプロン、髪型はボブ(おかっぱ)
依子「お目覚めになりましたか?」
羽音「あの、ここは……」
花枝「霧生家本家です。瑞葵様がお連れになって、そのまま寝込まれたのです」「お水をどうぞ」
 花枝が水を手渡す。羽音、起き上がろうとするが身体がぐらつく。依子が素早く背中に手を当て羽音が起き上がるのを助ける。
依子「肺炎を起こしかけていて、二日間寝込まれていました。お水と一緒にお薬も飲んでください」
 薬包を手渡される。
羽音(そういえば、熱にうなされながら看病された覚えが)考えながら薬を服用。
 依子に促され再びベッドに横になる。
依子「次に目覚められたら、おかゆも召し上がってみましょう。それとも果物のほうが食べやすいでしょうか?」
羽音「あ、あの。もう大丈夫です。これ以上お世話になるわけには」
 再び起き上がろうとしたところを、花枝に制される。
花枝「まだ熱のある身体で無理をしないでください」
羽音「ですが……。あの、お二人は?」
依子「依子と申します。こちらは私の娘の花枝。霧生家の使用人で花嫁である羽音様のお世話を命じられました」
羽音「は、花嫁って、私がですか?」(そういえば、そんなことを言われた気もするけれど、熱であまり覚えていない)
花枝「ですから、ご用があればいつでも呼んでください」驚く羽音に淡々と言う(悪意はない)
 そう言って、枕元のハンドベルを指差さす。羽音、とんでもないと驚く。
羽音「そんな、自分のことは自分でいたします」
依子「無理はしなくていいのですよ。今はゆっくり身体を休めてください」「これからのことは、元気になってから考えればよいのです」
 部屋を出ていくふたり。
羽音(羽音様と呼ばれた……)(それにしても、花嫁ってどういうこと?)(霧生家の選定の儀に行ったのは夢菜だけなのに)
 目を閉じる羽音。
羽音(綺麗で柔らかい布団)(こんなに穏やかな気持ちになるのはいつぶりかしら)
 やがて薬が効いてきて眠る。