軍龍の巫女嫁

第十話 連続変死体殺人事件

〇さらに三ヶ月後、七月。
場所:人気のない夜の河原。月の光も弱い。
時刻:十時ぐらい
女性(二十歳ぐらい)「いつ、私を婚約者として紹介してくださるのですか?」
 男の胸に顔を埋めるようにして聞く。その顔はやつれて病的。女性は着物姿。男性はシャツにベスト、スラックスの洋装
男「もう間もなくだよ。ほら、僕の手をとって」
 男の姿は黒いシルエットで誰か分からないように。※正体は霧生蓮斗
 重なる手。途端に女性が苦しみ始める。
女性「あっ、ま、待ってください。いつもより……」
男「これぐらいの試練を乗り越えないと、僕の妻にはなれないよ。さぁ、もっと破魔の力を解き放って」
 重なっていた女性の手が、枯れ枝のようになっていく。(破魔の力を吸い取られている)
 苦しむ女性。男が着ているベストの釦を苦しさのあまり引きちぎり、そのまま地面に倒れる。
男「こんなものか。まぁ、この前の女よりはましかな」
 自分の手を見ながら話す。
※集めた破魔の力は、こっそりと瑞葵に送っている。瑞葵の破魔の力が強くなる=龍化が進む。蓮斗は当主である瑞葵を龍化させ、それを打ち取り、自分が当主になろうとしている
 立ち去る男。だけれど数歩言ったところで足を止め、女性の元へ。
男「これを忘れていた」
 倒れた女性の手から釦を回収して、ポケットにいれる。

〇翌朝
場所:昨晩と同じ河原。
時刻:早朝。
 変死体が発見される。その横で泣き崩れる四十代の夫婦。そこから少し離れたところに立つ瑞葵と日下部。
日下部「今回は手にしていた巾着から名前の書いたものが見つかり、すぐに身元が分かりました」
瑞葵「娘は、昨晩から行方知らずとなっていたんだったな」
日下部「はい。破魔の力を持つ娘が頻繁に行方不明になっているので、両親もすぐに捜索願いを出したようです」
瑞葵「最近の娘の様子は?」
日下部「こちらも他の被害者と同じ」「数ヶ月前から顔色が悪く、体調が優れなかった」「それなのに頻繁に出歩いていたようです」
瑞葵「今までの被害者家族から、娘は男と会っていたという証言もあるが、今回の場合はどうだ」
日下部「両親に、近いうちに紹介したい男性がいると言っていたようです」「口調から、家柄の良い男性だろうと両親は思っていたようで」「なおさらショックでしょうね」
 泣き崩れる両親に目をやる二人。
 瑞葵、身体をびくりとさせ、手袋をしている手を見る。
瑞葵(今、破魔の力がさらに強くなったような気が……?)手袋の上から手の甲をさする。(鱗が発現している。龍化が進んでいる?)

〇妖魔退治特能部隊の一室。
場所:入ってすぐの隊員たちの机が並ぶ部屋。
時刻:昼過ぎ。
 羽音が椅子を借り、破れた隊員の服を縫っている。その横には包帯で腕を吊った隊員A(骨折、打撲でぼろぼろ)
隊員A「隊長の花嫁様に俺の隊服を繕わせて、申し訳ありません」青い顔で頭を下げる。
羽音「いいえ、お気になさらず。お身体は大丈夫ですか?」「病院に行かれたほうがいいのではないでしょうか?」
隊員A「ええ、蓮斗様から施術を受けたら行くつもりです」
羽音「蓮斗様がここに来られるのですか?」
隊員A「そうです。あれ、羽音さんがここで働き出してから、蓮斗様が来るのは初めてでしたっけ?」
羽音「はい。蓮斗様とは霧生家で一度お会いしただけです」「本家とは違う家にお住まいらしく」「本家には滅多に来られません」
隊員A「それにしても、最近は帝都近辺で行方不明者も増えているし、なんだか嫌な予感がします」眉間に眉を寄せる。
 扉の開く音がして蓮斗が姿を現す。シャツにベスト、スラックス姿。ベストの釦は外してシャツは袖を捲っている。
蓮斗「いやぁ、今日は暑いね。あっ、怪我をした隊員っていうのは君かい?」
隊員A「はいっ」「わたくしなどのために、ご足労をかけ申し訳ありません」直立して直角に頭を下げる。
蓮斗「いいよいいよ。僕にできるのはこれぐらいだから」へらっとした愛想のいい笑顔。
 隊員A椅子に座る。その向かいに蓮斗、蓮斗の横に隊員Bが立つ。
 蓮斗、隊員Bを見る。
蓮斗「で、怪我をした彼に破魔の力を譲るのが、君かい?」
隊員B「はい。先輩は俺を庇って負傷したんです。ですから、いくらでも先輩に破魔の力をお渡しいたします」
蓮斗「いい後輩だ。さぁ、手を出して」
 蓮斗、隊員Bの手を握る。そして違う方の手を隊員Aに向ける。隊員B、苦しそうに顔を歪める。
蓮斗「……これぐらいでいいだろう」
隊員A「ありがとうございます……でも、何も感じないような?」
蓮斗「はは、そりゃそうだろう。破魔の力を奪われるほうは苦しいが、受け取る側は何も感じないんだ。でも、充分な力を送ったから、すぐに回復するだろう」
 蓮斗、羽音を見る。羽音は一連の流れに頭が追い付かずポカンとしている。
羽音「あ、あの。蓮斗様は傷を癒せるのですか」
蓮斗「まさか。破魔の力に治癒能力はないよ」「でも、怪我の治りを早めたり、体力を早く回復させたりできる」
羽音「破魔の力がある人間は、そうでない人より新陳代謝がよく丈夫だと書物で読みました」
蓮斗「おぉ、羽音さんは勉強家だ。その通りだよ」「僕は他者から他者へ破魔の力を送ることができるんだ。怪我をした彼は破魔の力を使い切っていたからね。それを後輩から補充したってわけ」
羽音「そんなことができるんですね。すごいです」
蓮斗「すごくないよ。触れなきゃできないしね。それに僕にできるのはそれだけで、兄のように炎や風も起こせない」
 一瞬冷たい顔になる蓮斗。だけれどすぐに笑顔になる。
蓮斗「そうだ、せっかく来たんだから、兄に会って帰ろうかな。今はどこに?」
羽音「今朝、変死体が見つかったとかで軍本部に行かれています。もうすぐ帰って来ると思うのですが」困った顔
蓮斗「じゃ、待たせてもらうよ」立ち上がり、瑞葵の執務室へ行く。
羽音「では、お茶をお持ちします」
蓮斗「ありがとう! 冷たいものがいいな」愛想のいい笑顔(うそっぽい)

〇瑞葵の執務室
 ソファに座る蓮斗。その前にお茶を置く羽音。お茶はグラスに入った冷たいもの。
蓮斗「ありがとう」
羽音「あっ、ベストの釦が……」
蓮斗「あぁ、ちょっと取れちゃって」ポケットから取れた釦を出す。
羽音「お付けいたしましょうか」手を出す
蓮斗「本当? 助かるよ」ベストを脱いで手渡す。
 羽音、裁縫道具を持ってきて、ボタンを縫い付ける。
蓮斗「霧生家での暮らしはもう慣れた?」ひじ掛けに腕を乗せ、頬づえをつきながら羽音を見る。
羽音「はい。皆さんよくしてくださいます」縫い物をしながら答える。
蓮斗「それはよかった。ところで羽音さんって破魔の力が使えないんだってね」無邪気を装って聞く蓮斗。
羽音「はい、申し訳ありません」裁縫の手を止め、頭を下げる。
蓮斗「そんな! 僕に謝る必要なんてないよ」「当主である兄が決めたんだから、自信を持って」顔の前で手を振る。
蓮斗「でも」と言いながら、羽音の顔を覗き込む。「どうして兄はあなたを花嫁に選んだのかな?」怖い笑顔。
羽音(瑞葵様と約束をしたから始祖の巫女について話せない……)

〇羽音の回想 
場所:霧生家、羽音の部屋のベッドの上。
時刻:深夜
 ベッドに並んで腰かける二人。
瑞葵「羽音が始祖の巫女の生まれ変わりだというのは、内緒にして欲しい」
羽音「分かりました。でも、どうしてですか?」手には水晶がある。
瑞葵「羽音を利用しようとする者が出るかもしれない」深刻な顔。
羽音(私に利用するほどの価値はないのに)疑問に思いつつも「それは弟である蓮斗様にもですか?」
 瑞葵、険しい顔になる。
瑞葵「蓮斗には気を付けて欲しい。俺の父も強い破魔の力を持っていたが、母と一緒に妖魔に殺されている。小旅行の帰りで、その旅行には蓮斗も同行していた。そして蓮斗だけが生き残った」
羽音「その件に、蓮斗様が関わっているというのですか?」
瑞葵「両親の葬儀のときのあいつの笑い顔が……いや、これは俺の思い過ごしかもしれない。ただ、蓮斗には用心して欲しい」
羽音「はい、分かりました」


〇現在
 裁縫を終えた羽音。
羽音「できました」
 扉の開く音。見ると、瑞葵が険しい顔で睨んでいる。