それから数日──いや、一週間、二週間と数えてみれば、思っていたよりもずっと時間が経っていたのかもしれない。
 放課後の校舎裏に、白い猫と黒髪の後輩・三島花音(みしまかのん)がいる光景は、いつの間にか「特別」から「いつもの」に変わっていた。
 チャイムが鳴ってから少し遅れて、海斗は教室を抜け出す。写真部の活動日でも、とりあえず部室に顔を出す前に、足は自然と校舎裏へ向かっていた。
 ブロック塀。ひび割れ。雑草。グラウンドから吹き込んでくる砂ぼこり。
 そして、その少し先で──。

「シロ、ほら。今日は高級おやつですよ〜」

 しゃがみ込んだ花音が、小さなパックから猫用のおやつを取り出していた。指先でつまんだそれを鼻先に近づけると、シロはふん、と一度そっぽを向いてから、何事もなかったかのようにぬるりと近寄ってくる。
 結局、食べる。いつもの事だ。

「……今日も逃げられました〜」

 最初の数歩は素知らぬ顔で歩き去り、二、三歩先でくるりと振り返って戻ってくる。
 そのツンデレを見慣れた頃合いで、花音が半ばあきれ、半ば嬉しそうにそうこぼした。
 その横で、海斗はカメラを構えていた。
 シロが匂いを嗅いでからおやつにかぶりつく瞬間。花音の指先が少し汚れて、それを気にして笑う横顔。そんな細々したものを、彼は無意識のうちに拾い集めていた。
 シロの白、花音の黒髪や横顔、それから夕方の光。
 画面の中のそれらは、思いのほかよく馴染んでいた。
 別の日は、シロが唐突に花音の足元から離れて、ブロック塀の上にぴょんと飛び乗った。

「あ、ちょっと!」

 花音が慌てて追いかける。スカートの裾を押さえながら小走りでついていく姿を、海斗は少し離れたところからレンズ越しに見ていた。

(……今日も元気だな)

 猫の方も、女の子の方も。
 シロが塀の上をすたすたと歩き、ふいっと花音の手の届かない位置まで行っては、また戻ってくる。
 そのたびに花音の表情がころころ変わるのがおもしろくて、ついシャッターの回数が増えた。
 また別の日には、花音がコンビニの袋をぶら下げて現れた。

「シロのご飯のついでに、海斗先輩の分も買ってきました」

 そう言って差し出されたのは、値引きシールの貼られたおにぎりと、ペットボトルのお茶だった。

「……悪い」
「いえいえ。いつも見守ってくれてるお礼ってことで」

 何でもない風を装っているが、こういう気遣いは案外ずるい。
 一緒におにぎりをかじりながら、二人はシロを眺めた。猫はふたりの足元で、何かをねだるでもなく、ただ気ままに砂利を掘ったりしていた。
 そんな、他愛もない放課後が積み重なっていった。

「……そういえば」

 いつものようにシロにおやつを与え終えたところで、花音がぽつりと零した。

「家ではあんまり外に出しちゃダメって言われてるんです」

 しゃがんだまま、シロの背中を撫でながらの言葉だった。

「前に体調崩した時に、お医者さんにも怒られて。それ以来、母がすごく神経質になっちゃって。窓もすぐ閉めろって言われるし……」
「でも、こいつは抜け出してくるわけだ」
「そうなんですよねー。網戸をすり抜ける技を覚えちゃって」

 苦笑しながらそう言う横顔は、どこか困り顔と甘さが混じっていた。

「だから、ほんとは今日みたいにここにいるの、怒られるかもです。でも、この子とここにいると落ち着くんですよね。……海斗先輩も、そうだったりしますか?」

 花音が、少しだけこちらを見上げる。
 夕方の光をたたえた瞳に、自分が映っているのが分かった。
 海斗は、少し迷ってから、素直に頷く。

「まあ……教室にいるよりは、だいぶマシ」
「それ、結構な言い方ですね?」

 花音がくすっと笑う。からかうようでいて、どこか共犯めいた響きがあった。

(ここが落ち着くのは……たぶん、猫だけのせいじゃない気もするんだけどな)

 そんな考えが一瞬頭をよぎったが、すぐに追い払った。
 この場所が好きなのは、きっとシロのせいだ。そう決めつけておきたかった。
 シロを介した会話は、とりとめもなく広がっていった。

「海斗先輩は、写真部ですよね?」
「まあ、一応」
「『一応』って。ちゃんと活動してます?」
「してる。たぶん」

 あいまいな返事に、花音は笑いながらも首を傾げた。

「じゃあ今度、作品見せてくださいよ。シロのだけじゃなくて」
「……考えとくよ」

 今はそれくらいがちょうどいい。
 写真部で撮った人の写真の事を思い出すと、胸の奥がざわつくので、深入りしたくなかった。
 そんな気持ちを見透かしたように、花音が少し真面目な顔をした。

「海斗先輩って、人は撮らないんですか?」

 ちょうどその時、シロがブロック塀の上で立ち止まり、大きく伸びをしていた。その姿をレンズ越しに追いながら、海斗は言葉に詰まる。

「……あんまり。風景とか猫の方が、文句言わないから」

 少しだけ冗談めかして答えたつもりだった。けれど口に出してみると、自分で思っていた以上に本音に近かったと気づく。
 花音が、何かに気付いたように、ふとこちらを振り返った。

「文句、言われたことあるんですか?」

 その問いかけに、海斗は視線をファインダーから外した。
 嫌な記憶は、思い出そうとしなくても勝手に蘇る。

「ちょっとだけ。それ以来、人はいいかなって」

 さらりとした口調を装いながらも、指先にはわずかな力が入っていた。
 花音は、それ以上は何も聞かなかった。
 追及する事もできたはずだ。けれど、ただ小さく頷いて、いつも通りの声で言った。

「じゃあ、先輩はシロの専属カメラマンってことで」

 その一言に、張りつめていた何かがふっと緩む。

「……安い専属だな」
「報酬は、シロの癒しです」
「こいつの機嫌次第じゃん」
「そこは、ほら。共同制作ってことで」

 花音の苦し紛れの言い訳に、思わず噴き出した。
 そんな他愛もないやり取りをしているうちに、さっきまで胸の奥でざわついていたざらつきは、いつの間にか薄れていた。

       *

 そんなふうに、穏やかな放課後が続いていく一方で、ほんの少しだけ、違う一日もあった。
 シロが、来ない日だ。
 いつもなら鉄製のフェンスの隙間から、どこからともなくひょっこり現れるはずの白い影が、その日に限って姿を見せなかった。
 海斗が校舎裏に着いた時、先に来ていた花音がブロック塀の近くでしゃがみ込み、地面をじっと見ていた。

「……いない?」

 声を掛けると、花音が顔を上げる。

「あ、海斗先輩」

 いつも通りの笑顔。けれど、その口角はどこか控えめで、目の下には薄く影が落ちているように見えた。

「今日、窓開けても全然出ていかなかったから。もしかしたら、具合悪いのかなって」

 そう言いながらも、花音の指先は無意識に地面の砂利をいじっている。

「まあ、ずっと外にいるのもアレだし。たまにはこっちが寂しいくらいの方が、ちょうどいいのかもですけど」

 冗談のように付け加えたけれど、その笑いは少し空回りしていた。
 立ったまま話しているのも変な気がして、海斗も近くのコンクリートの段差に腰を下ろす。カメラは今日はあまり仕事がなさそうだ。

「家で、何かあったのか?」

 気付けば、口が勝手に動いていた。
 花音は「……ええっと」と少し考える素振りを見せる。

「ちょっとだけ、母と喧嘩しました」

 その言い方があまりにも軽くて、一瞬、本当に「ちょっと」なのだと思いかける。
 しかし続く言葉が、それとは少しだけ違う事を示していた。

「『あんたはすぐ猫にかまけて勉強サボる』って怒られて。テスト前でもないのに、そんなに言う? って思って、こっちも言い返しちゃって」

 膝の上で握った手が、少しだけ力を込めた。

「なんか、私の事よりも、この子の事になると急に厳しくなるんですよね。病気の事があってから、余計に」
「心配なんだろ」
「まあ、そうなんですけど。でも、『そんなに心配なら自分で見ててよ』ってつい言っちゃって。そしたら『口の利き方』とか『反抗期』とか、一気にセットで召喚されちゃいました」

 そこで一拍置いて、花音は自分で言った事を思い出したように、苦笑を浮かべた。

「……すみません。愚痴っぽくなっちゃいましたね」
「別に」

 海斗は視線を空に向けた。
 西日が、校舎の角に引っかかるようにして差し込んでいる。雲一つない夕空は、やけに眩しすぎて、じっと見ていると目が痛くなった。

「ここで猫撫でながら愚痴るくらい、普通だろ」
「猫、いないですけどね」

 花音が小さく笑った。その笑いは少し掠れていたけれど、それでもちゃんと笑おうとしているのが伝わってきた。

「でも、ここにいると、何だか落ち着くんですよね。……海斗先輩は?」

 以前にも、似たようなことを訊かれた。
 あの時と少し違うのは、どこかすがるような響きが混ざっていたことだろうか。

「……まあ。ここに来るの、習慣になってるし」

 海斗は、少しだけ言葉を探してから答えた。

「習慣?」
「放課後、教室から真っ直ぐ家に帰るのって、何か負けた気がして嫌なんだよ。かといって、どっか寄り道するほどの元気もないし」

 そう言ってから、自分でも何を言ってるんだろうと思った。
 花音は思い当たることがあったのか、「あー」と妙に納得したように頷いた。

「わかる気がします。真っ直ぐ帰ると、『ちゃんとしてる自分』を見られてる感じがして、そわそわするというか」
「それはそれで変じゃないか?」
「かもしれないですけど」

 ふたりで中途半端に笑っていると、さきほどまで重たかった空気が、ほんの少しだけ軽くなった。
 結局、シロは来なかった。

       *

 次の日には、シロは何事もなかったかのようにフェンスの隙間から現れた。いつもと変わらない足取りで、花音の足元へ向かっていく。

「昨日、全然外出なかったくせに……」

 文句を言いながらも、花音の声には明らかな安堵が滲んでいた。
 その日の夕焼けは、やけに綺麗だった。
 西の空が橙から薄紫に移ろい、そのグラデーションがブロック塀を薄く照らしている。シロの白い毛並みが、その光を受けて輪郭を柔らかく滲ませていた。
 シロが低い塀の上にぴょんと飛び乗った。
 細い足で砂埃を軽く払ってから、とことこと歩き始める。
 花音はそのすぐ下、塀に沿うようにして歩いていた。

「シロ〜、落ちないでよ〜?」

 軽口を叩きながらも、万が一に備えて両手はいつでも受け止められるようにしていた。
 海斗は、少し離れた位置からカメラを構えた。
 ファインダーの中に、白と黒と夕陽が収まっていく。

(……なんか、絵になるな)

 そう思った瞬間だった。
 塀の上を歩いていたシロが、くるりと方向を変えた。
 ふいに足を止め、すたすたと戻ってくる。その先には、花音の足。
 花音のローファーのつま先に、シロが頭をぐいっと押し付けた。

「わっ」

 バランスを崩しかけた花音が、思わず立ち止まる。
 見上げるようにしてシロがにゃあと鳴いた。何かを訴えているような、甘えているような、不思議な声。

「……なに、そのツンデレ」

 花音が笑いながらしゃがみ込む。
 塀の上にいたはずのシロは、いつの間にか地面に降りていて、その足元でぐるぐると花音の周りを回っていた。尻尾が靴にからまる。

「はいはい。抱っこね」

 花音が両腕を広げると、シロはほとんど迷うことなく、その中に収まった。
 胸元へと抱き上げられた白猫。柔らかい毛並み。小さな前足が花音のブレザーの襟のあたりにちょこんと乗る。
 花音の口元が、自然にほころんだ。その笑顔は、最初に出会った日のものよりもずっと、力が抜けていた。
 気取っていない。作っていない。誰かに向けた「優等生」じゃなくて、ただ自分の猫に向けた、素の表情だ。
 気づいた時には、もう指が動いていた。
 ──カシャン。
 シャッター音が、夕方の空気を切る。
 撮った瞬間、海斗は息を飲んだ。
 ファインダーから目を離し、すぐさま再生ボタンを押す。
 液晶画面に映った一枚。逆光気味の画面の中で、白い猫と、そのすぐ後ろにある柔らかな笑顔があった。
 シロの輪郭は、夕陽の光に溶けて少しだけ滲んでいる。毛並みの一本一本まではっきりとは見えない。代わりに、その猫を抱き上げている花音の横顔には、きちんとピントが合っていた。

(あっ……)

 胸の奥で、小さく音がした気がした。
 いつもなら、猫にピントを合わせていた。シロの耳の切れ込みとか、瞳の光とか、毛並みの流れとか。
 でも今、画面の中で一番くっきりしているのは、花音だった。
 睫毛の一本一本。その影が頬に落ちるライン。わずかに上がった口角。猫に向けた視線。
 全部が、シロじゃなくて花音を中心に据えていた。

(何やってんだ、俺)

 指先が、わずかに震える。
 猫を撮るはずだった。猫を撮っていれば安全だと思っていたのに──。

「海斗先輩?」

 不意に名前を呼ばれて、海斗は画面から目を離した。
 気づけば隣に花音が来ていた。シロを抱いたまま、ひょいと覗き込むようにして、海斗の手元を見つめている。

「今の、撮ってました?」

 まっすぐな問い。
 聞き覚えのある言い回し。初めて会った日の、少し戸惑い混じりの声と同じ言葉。
 あの時は咄嗟に「すぐ消す」と返した。
 けれど今は、あの頃ほど慌ててはいなかった。胸の奥はざわついているのに、指先は妙に冷静で、画面を消す事もできずにいる。
 迷った末に、海斗はカメラを少し傾けた。

「……見る?」
「いいんですか?」

 花音の瞳が、わずかかに大きくなる。期待と不安の入り混じった表情だ。
 頷いて、再生画面を花音の方へ向けた。
 一瞬、その表情が固まる。
 ほんの数秒の沈黙。花音は、画面の中の自分と、腕の中のシロを交互に見つめた。

「私……こんな顔してたんだ」

 ぽつりと零れた言葉は、驚き半分、照れ半分だった。
 からかいの色は、まるでない。
 自分の頬に片手を当ててみたり、画面をもう一度覗き込んだりしているその仕草が、やけに新鮮に見えた。

「変……ですか?」
「いや」

 即答してから、自分でも驚く。

「普通に……いいと思う。猫も、楽しそうだし」

 慌てて付け加えた「猫も」に、花音が小さく吹き出した。

「そこ、猫に気を遣わなくていいのに」
「いや、一応主役だろ」
「主役はシロで、私は背景みたいな?」
「そんな事言ってないだろ」

 口ではそう返しながらも、画面の中の構図を思い返す。
 どう見ても、この写真の主役は花音だ。
 シロは、その腕の中で、ただ『そこにいるだけ』に過ぎない。白い塊として確かに存在感はあるけれど、それ以上に目を引くのは、抱き上げている側の方だった。
 花音は、もう一度写真を見た。今度はさっきよりも、少しだけ長く。

「……いいですね、これ」

 ぽつりと、そう言った。
 自分の写真を褒めている、というよりも。画面の中の時間を気に入っている、という言い方だった。

「このシロ、ちょっと誇らしそうな顔してません?」

 そう言って、腕の中のシロの顔を覗き込む。

「ほら、ちゃんと外を歩いて、ちゃんと私のところに戻ったぞって顔」
「猫がそんな高等な事考えるかよ」
「考えてますって。たぶん」

 軽口を叩き合いながらも、花音の指先は慎重に画面の縁をなぞっている。

「でも……今度は私を撮る時は、ちゃんと撮るって言ってくださいね?」

 ふいに、花音が顔を上げて言った。
 夕焼けの光が、瞳の中で小さく揺れる。
 その一言は、冗談めかしたようでいて、少しだけ真剣だった。
 レンズを向ける事を、嫌がっていない。むしろ、少しだけ期待しているようにさえ見えた。
 そう思った途端、胸の奥がざわついた。

「……考えとく」

 それが精一杯だった。
 花音は、その返事に納得したのかしていないのか、曖昧な笑みを浮かべた。

「約束してくれないんですね」
「簡単に約束すると、ろくな事にならないからな」
「慎重派だなぁ。じゃあ、気が向いたらでいいですよっ」

 弾んだように、いつもの笑顔を向けてくる。
 気が向いたら。
 その言葉が、どこか後を引いた。

       *

 数日後。
 写真部の部室で、海斗はひとりパソコンの前に座っていた。
 文化祭の展示用に、そろそろ作品を選ばないといけない。部長からはそう言われているが、正直、まだ何も決まっていなかった。
 モニタの画面には、ここ最近撮った写真がずらりと並んでいた。
 シロの写真が殆どだ。
 一枚一枚をクリックして、ピントや構図を確認していく。
 猫の毛並みが綺麗に撮れているもの。夕陽の光がうまく入っているもの。逆に、ちょっとブレているけれど躍動感があるもの。
 そんなふうに画面とにらめっこしていると、背後から椅子を引く音がした。

「お、篠宮。また猫?」

 聞き慣れた声に振り向くと、そこには同じ写真部の新山真帆(にいやままほ)がいた。肩までの髪を一つに結び、カーディガンを羽織ったまま椅子に腰を下ろす。

「この猫の写真、いいね」

 モニタを覗き込みながら、真帆が指で画面を指す。
 そこに映っているのは、塀の上で背中を丸めて伸びをしているシロだった。背後にはブロック塀と、ぼやけたグラウンドのフェンス。

「最近、よくここで撮ってる」
「校舎裏? ああ、あそこか。あんた、そこ気に入ったよね」

 真帆はマウスを操作しながら、他の写真も次々と開いていく。

「おー、猫ばっか」
「うるさい」
「褒めてんの。ちゃんと追えてるし、光の入り方もいい感じじゃん。猫の毛並みとか、めっちゃ綺麗」

 そう言っているうちに、例の一枚が画面に映し出される。
 夕陽の中で、白猫を抱き上げて笑う花音。
 思わず、海斗の指がピクリと動いた。

「あれ?」

 真帆が、小さく首を傾げる。

「これさ……猫よりも女の子の方にピント合ってない?」

 どきり、と心臓が跳ねた。
 自分でもうっすら自覚していた事を、他人の口から言われると、やたらと生々しく感じる。

「たまたまだろ」
「たまたまで、こんな綺麗に合う?」

 真帆は、画面を拡大した。花音の横顔が、モニタいっぱいに映し出される。
 睫毛。口元。シロの耳の影。全部がくっきりしている。
 シロの毛並みは、むしろ少し滲んでいるくらいだ。

「ふーん?」

 意味ありげな声を出しながら、真帆が横目でちらりと海斗を見る。

「誰、この子。新キャラ?」
「一年」
「それは見れば分かる。なんで一緒に猫抱いてんの」
「……飼い主」
「へぇ」

 真帆の口角が、ニヤニヤと持ち上がった。

「これ、文化祭の展示に出せば?」
「は?」

 思わず、声が裏返る。

「いや、人の写真は……」
「出さない主義?」
「主義っていうか。前にいろいろあったし」

 視線をそらしながら答えると、真帆は「ああ」と短く相槌を打った。

「体育祭の時のやつ、まだ気にしてんの?」
「別に気にしてるわけじゃない。ただ、また面倒だなって」
「めんどくさいだけで、全部避けてたらもったいなくない?」

 耳が痛い。
 真帆の言う事は、時々やたら核心を突いてくるから嫌だ。

「でもさ、その子撮ってる時のあんた、ちょっと楽しそうだよ」
「……は?」

 何を言っているんだ、この女は。

「だってほら、さっきデータ見てた時の顔。猫の時より、ちょっとにやけてた」
「にやけてねーし」
「いやにやけてた。完全に。百パーセント。いーや、百五十パーセントはにやけてたね」

 断言されて、言葉に詰まる。
 そんなに分かりやすかっただろうか。
 真帆はもう一度画面を見てから、肩をすくめた。

「まあ、無理に出せとは言わないよ。でも、こういう写真撮れるなら、猫だけってのはもったいないなって思っただけ」
「…………」
「猫の専属カメラマンを続けるのも悪くないけどさ。たまには〝飼い主〟の方も撮ってみなよ」

 軽い調子で放たれた言葉が、妙に心の奥に残った。
 画面の中で笑っている花音と、それを見ている自分。
 レンズ越しの距離はあるのに、その距離は前よりも少しだけ近づいてしまっている気がした。