誠はあれから宣言通り、頻繁に俺の手料理を食べに来た。
どれくらい頻繁かというと、大学の講義がない土日を除くとほぼ毎日だ。
「なあ、本当にこんなに入り浸って迷惑じゃない? 大丈夫?」
講義が終わり、大学から俺の最寄り駅に二人で移動して、駅前のスーパーに寄った帰り道。出会った時から気遣い屋だった誠が、どこか不安そうな表情で尋ねてきた。
「全然大丈夫! というか、むしろいつだって来てほしい!」
食材が入っているエコバッグを持つ手を拳に握り締めながら、俺は素直な気持ちを笑顔で伝える。
今まで俺は、ずっと実家で父さんと母さん、それにちょっと年が離れた弟の四人で暮らしていたからか、自分で気付いていなかった。でもひとり暮らしを始めて、初めて知ったんだ。
俺は意外と寂しがり屋らしいぞ――ということを。
十八にもなった男が親元を離れたら、「やったー! 自由だぞ!」と開放感を得るのが普通なんだろうな、とは思う。だけど俺はその限りじゃなかった。
まだ小学生の弟は俺のことが大好きだったから、「兄ちゃん、一緒にゲームしよ!」なんて俺の部屋に来て、気が付いたら二人とも寝落ちしていてそのまま朝まで爆睡――なんてことはしょっちゅうあった。親とも「今日の晩飯は誰が作る?」「じゃあ俺が食材を買っとくよ」なんていうようなやり取りは日常茶飯事で、かなり会話の多い家庭だったこともあると思う。
ひとり暮らしのワンルームで過ごしていると、ふとした瞬間に喋る相手がいなくて滅茶苦茶寂しくて仕方なくなることがあった。これが所謂ホームシックっていうやつなんだろうな。
上京してくるまでは、颯真くんに会えることしか頭になかった。同じ大学だから、学年が違ってもこれからは頻繁にお互いの家を行き来できるとばかり思っていた。それこそ、半同棲のような生活が送れちゃうかも、なんてドキドキしていた。
だからまさか急にひとりの空虚な時間が増えるとは考えてもいなかったんだ。少しずつ減っていたやり取りも、遠距離のせいだと思うようにしていた。きっと会えば大丈夫、夏までの俺たちみたいに仲のいい恋人同士に戻れるって。
だけど、颯真くんの裏切りで俺の期待は泡となり消えた。
誠は、そんな俺のふとした寂しさを十分すぎるくらいに埋めてくれた存在だった。正直、誠がいなかったら毎日泣いて過ごしていたかもしれない。俺が今毎日笑顔で過ごせているのは、完全に誠のお陰だった。
だから、誠には感謝してもし切れない多大な恩があった。俺の手料理程度では返し切れない恩だ。なのに誠は自分が押しかけて迷惑をかけているんじゃ……と思っているようだったので、ここは是非とも誤解を解こうと思った俺は、熱弁を振るい始める。
「俺、これまでずっと家族と賑やかな食卓を囲んできたからさ。ひとりで食べる食事ってなんかこう……侘しくて! だから夜だけでも誠が来てくれて美味しいって言ってくれるかなって考えるだけで、すごい張り合いが出るんだ! つまり、むしろ来てくれて感謝しているっていうか……というか、滅茶苦茶感謝してる! いつも俺といてくれてありがとう誠!」
「来……!」
誠が、どこかくすぐったそうな表情になった。
俺はもうひとつ、大事なことを付け加える。
「あっ、でも勿論、誠が窮屈に感じるならその時は遠慮なく言ってね! 他の友達だって作ったほうがいいのは俺だってわかってるから!」
すると、誠が目頭を手のひらで覆った。え? ど、どうしたんだろう……?
「……まさかそうくるとは思わなかった……来って予想外すぎるくらい、なんかこう……いい奴だよな……っ。ヤバ、感動して涙出そう」
「ぷは、誠ってば大袈裟だなあ」
苦笑で返すと、誠が照れくさそうにニッと歯を見せて笑い返してくれた。
「でも、窮屈に感じる訳ないし。むしろ内心来にウザがられてたらどうしようって思ってたから、すっげー嬉しい」
「ウザがるなんてこと、ないからね!?」
「うん、来に限ってないわ。あー聞いてよかった」
清々しい笑顔になると、誠は機嫌がよさそうな様子で前に向き直る。と、どこか照れくさそうにボソリと呟いた。
「……今日の飯も、めっちゃ楽しみにしてるから」
「……! うん! 任せて!」
俺がエコバッグを持つ手を持ち上げて力こぶを作って見せると、誠は「筋肉すくなっ」と言って笑う。
「なかなか筋肉がつかないんだよ。誠は意外とマッチョだから羨ましい」
ダボッとしたロンTの上からでもわかる上腕二頭筋の盛り上がりを、心底羨ましく思いながら眺めた。誠がクスクスと笑いながら、提案してくる。
「なら、一緒に筋トレメニューする?」
「するする!」
即座に飛びつく俺に、誠は爽やかな笑顔を向けた。
「じゃあ後でやろうな」
「うんっ!」
こうして、話題は誠が普段している筋トレメニューへと移っていった。
なお、今俺と誠の手にぶら下がっている食材の費用は、当初誠に言われたのとは違い折半にしている。でも最初は結構ごねられたので、「俺は作るのが苦じゃないから」と言って、代わりに食後の皿洗いをしてもらうことで話がついた。
すごく律儀なんだなあと、このエピソードから俺は誠の新たな一面を知った。パンクファッションに身を包んでいるとどうしたってちょっぴりアウトローな印象を受けるけど、はっきり言って俺が知るどの友達よりも一番真っ直ぐな人なんだよな、誠って。
あの日あの時、出会ったのが誠でよかった――。
屈託のない笑顔でお喋りに興じる隣にいる背の高い美人で男前な誠を俺も笑顔で見つめながら、心の底から思った。
どれくらい頻繁かというと、大学の講義がない土日を除くとほぼ毎日だ。
「なあ、本当にこんなに入り浸って迷惑じゃない? 大丈夫?」
講義が終わり、大学から俺の最寄り駅に二人で移動して、駅前のスーパーに寄った帰り道。出会った時から気遣い屋だった誠が、どこか不安そうな表情で尋ねてきた。
「全然大丈夫! というか、むしろいつだって来てほしい!」
食材が入っているエコバッグを持つ手を拳に握り締めながら、俺は素直な気持ちを笑顔で伝える。
今まで俺は、ずっと実家で父さんと母さん、それにちょっと年が離れた弟の四人で暮らしていたからか、自分で気付いていなかった。でもひとり暮らしを始めて、初めて知ったんだ。
俺は意外と寂しがり屋らしいぞ――ということを。
十八にもなった男が親元を離れたら、「やったー! 自由だぞ!」と開放感を得るのが普通なんだろうな、とは思う。だけど俺はその限りじゃなかった。
まだ小学生の弟は俺のことが大好きだったから、「兄ちゃん、一緒にゲームしよ!」なんて俺の部屋に来て、気が付いたら二人とも寝落ちしていてそのまま朝まで爆睡――なんてことはしょっちゅうあった。親とも「今日の晩飯は誰が作る?」「じゃあ俺が食材を買っとくよ」なんていうようなやり取りは日常茶飯事で、かなり会話の多い家庭だったこともあると思う。
ひとり暮らしのワンルームで過ごしていると、ふとした瞬間に喋る相手がいなくて滅茶苦茶寂しくて仕方なくなることがあった。これが所謂ホームシックっていうやつなんだろうな。
上京してくるまでは、颯真くんに会えることしか頭になかった。同じ大学だから、学年が違ってもこれからは頻繁にお互いの家を行き来できるとばかり思っていた。それこそ、半同棲のような生活が送れちゃうかも、なんてドキドキしていた。
だからまさか急にひとりの空虚な時間が増えるとは考えてもいなかったんだ。少しずつ減っていたやり取りも、遠距離のせいだと思うようにしていた。きっと会えば大丈夫、夏までの俺たちみたいに仲のいい恋人同士に戻れるって。
だけど、颯真くんの裏切りで俺の期待は泡となり消えた。
誠は、そんな俺のふとした寂しさを十分すぎるくらいに埋めてくれた存在だった。正直、誠がいなかったら毎日泣いて過ごしていたかもしれない。俺が今毎日笑顔で過ごせているのは、完全に誠のお陰だった。
だから、誠には感謝してもし切れない多大な恩があった。俺の手料理程度では返し切れない恩だ。なのに誠は自分が押しかけて迷惑をかけているんじゃ……と思っているようだったので、ここは是非とも誤解を解こうと思った俺は、熱弁を振るい始める。
「俺、これまでずっと家族と賑やかな食卓を囲んできたからさ。ひとりで食べる食事ってなんかこう……侘しくて! だから夜だけでも誠が来てくれて美味しいって言ってくれるかなって考えるだけで、すごい張り合いが出るんだ! つまり、むしろ来てくれて感謝しているっていうか……というか、滅茶苦茶感謝してる! いつも俺といてくれてありがとう誠!」
「来……!」
誠が、どこかくすぐったそうな表情になった。
俺はもうひとつ、大事なことを付け加える。
「あっ、でも勿論、誠が窮屈に感じるならその時は遠慮なく言ってね! 他の友達だって作ったほうがいいのは俺だってわかってるから!」
すると、誠が目頭を手のひらで覆った。え? ど、どうしたんだろう……?
「……まさかそうくるとは思わなかった……来って予想外すぎるくらい、なんかこう……いい奴だよな……っ。ヤバ、感動して涙出そう」
「ぷは、誠ってば大袈裟だなあ」
苦笑で返すと、誠が照れくさそうにニッと歯を見せて笑い返してくれた。
「でも、窮屈に感じる訳ないし。むしろ内心来にウザがられてたらどうしようって思ってたから、すっげー嬉しい」
「ウザがるなんてこと、ないからね!?」
「うん、来に限ってないわ。あー聞いてよかった」
清々しい笑顔になると、誠は機嫌がよさそうな様子で前に向き直る。と、どこか照れくさそうにボソリと呟いた。
「……今日の飯も、めっちゃ楽しみにしてるから」
「……! うん! 任せて!」
俺がエコバッグを持つ手を持ち上げて力こぶを作って見せると、誠は「筋肉すくなっ」と言って笑う。
「なかなか筋肉がつかないんだよ。誠は意外とマッチョだから羨ましい」
ダボッとしたロンTの上からでもわかる上腕二頭筋の盛り上がりを、心底羨ましく思いながら眺めた。誠がクスクスと笑いながら、提案してくる。
「なら、一緒に筋トレメニューする?」
「するする!」
即座に飛びつく俺に、誠は爽やかな笑顔を向けた。
「じゃあ後でやろうな」
「うんっ!」
こうして、話題は誠が普段している筋トレメニューへと移っていった。
なお、今俺と誠の手にぶら下がっている食材の費用は、当初誠に言われたのとは違い折半にしている。でも最初は結構ごねられたので、「俺は作るのが苦じゃないから」と言って、代わりに食後の皿洗いをしてもらうことで話がついた。
すごく律儀なんだなあと、このエピソードから俺は誠の新たな一面を知った。パンクファッションに身を包んでいるとどうしたってちょっぴりアウトローな印象を受けるけど、はっきり言って俺が知るどの友達よりも一番真っ直ぐな人なんだよな、誠って。
あの日あの時、出会ったのが誠でよかった――。
屈託のない笑顔でお喋りに興じる隣にいる背の高い美人で男前な誠を俺も笑顔で見つめながら、心の底から思った。



