誠は俺の家に来ると、それはもう美味しそうに肉じゃがを堪能した。
サラサラロングな黒髪を後ろにひとつに束ねた誠が、噛み締めるように繰り返す。
「美味い……マジで美味い……! なんだこれ、これが家庭料理ってやつなのか……!」
目が潤んでいる気がするんだけど、そんなに美味しいかな。なんとなく作ったものだけに、ここまで喜ばれるとちょっと心苦しい。だから、つい苦笑気味になってしまった。
「まあ、味付けはお惣菜とかに比べると薄味だし……だからじゃない?」
「惣菜と比べたら、もう断然こっちのほうが好みだよ! ヤバい、感動で泣けてきそう……!」
誠の瞳が更に濡れてきたので、俺は肉じゃがの残りを全て誠にあげることにした。誠が俺のことを「神……!」と言うし目が真剣そのものだったので、本気で肉じゃがに感動しているっぽい。心底家庭の味に飢えていたんだろうなあ。
「来ってマジ天才、尊敬しかない……っ」
米を豪快に掻っ込みながらあまりにもずっと言っているので、とうに食べ終わっていた俺は誠の喜ぶ姿を幼子を見るような気持ちで眺めた。
もっと食わせてやりたいと思っちゃうこの気持ちは、もしかしたら庇護欲なんだろうか。世の母親は自分の子どもをこんな気持ちで見ているのかもしれないな、とふと思ったり。
それにしても、誠はよく食べる人だった。余るかな? と思って炊いた三合の米もすっからかんになってしまった。
「――あーっ、美味かった!」
誠が満足げに小さくゲップをする。
「あは、御粗末様でした」
完食してラグの上に両足を投げ出した誠が、腹を撫でながらやや申し訳なさそうな様子で言ってきた。
「あのさ……あまりの美味さに今後も箸が止まらなくなる可能性が高いから、来のご飯を食べに来る時は僕に食材を買わせて。ね?」
「え? いや、別にそんなに気にしなくても」
「いや、来の負担になるのは嫌だし! だから『今日は来ていいよ』って日は、一緒にスーパー行こ。な?」
懇願するように言われてしまえば、必要以上に固辞するのもどうかと思ってしまう。まあ今は争わずに、その時に折半なりにすればいいか、と思い頷いた。
と、誠の整った顔に実に純朴そうな笑みが浮かぶ。
「よかったあー。来の作る飯に完全に胃袋掴まれちゃったから、やっぱりなしでなんて言われたらどうしようかと思ってさ!」
「胃袋掴まれちゃったって……そんな、この程度の腕前でなんか逆に申し訳ないんだけど」
苦笑で返すと、誠が急に真顔になって俺のほうに四つん這いでやってきた。
「この程度なんかじゃないから、来はもっと自信を持っていいと思う」
膝の上に置かれていた俺の手を、上からそっと包み込んでくる。あまりに真剣な眼差しの力強さに目を奪われてしまい、俺はただ惚けて誠の顔を見ていることしかできなかった。
「もしクソ元彼のせいで自信を失っているんだったら、僕が何度でも言う。来は努力家で優しくてとっても親切で、そいつがしたみたいにぞんざいに扱っていい存在じゃないって」
「誠……」
ヤバい、ちょっと泣きそうだ。誠のほうこそ優しくて陽だまりみたいに暖かいすごい存在だと、この言葉からも思う。
「僕、来と知り合えてすごいラッキーだと思ってるから。嘘じゃないからな?」
「そ、それは俺のセリフだしっ」
慌てて返すと、誠がくすぐったそうに笑う。
「ヤバ、僕たち相思相愛じゃん」
言われた瞬間、不覚にも心臓が飛び跳ねた。お、俺ってば! 誠は友達として言ってくれているだけだからな!
「えっ、あ、そ、そうだねっ!?」
挙動不審に見えないか心配になりながらも幾度も首を縦に振っていると、誠は俺から手を離して何故か正座になった。その場で両手をつき、深々とお辞儀をする。そして――。
「これから末永くよろしくお願いします」
なんて言い出したじゃないか。
「えっ、こ、こちらこそ!」
俺も慌てて正座に座り直した。誠に向かって慌てて床に額をつく勢いでお辞儀を返すと、顔を上げたタイミングで同じく顔を上げている誠と目が合う。
「……ぷっ」
最初に誠が吹き出すと、俺の顔にも勝手に笑みが浮かび上がる。
「ふ、ふふ……っ」
「ちょっと、二人して何やってんだろな!?」
「ふ……っ、素に戻らないでよ、笑いが……っ」
今度は二人とも、大きな声で笑った。
ひとり暮らしの決して広くはないワンルームは、正直今日まではどこか他人行儀に思えて居心地は微妙だった。
だけど俺たちの明るい笑い声が満ちた空間は、気付けば居心地のいい場所になっていたのだった。
◇
翌日から、俺のキャンパスライフは誠と共にあるようになった。
誠と俺は、クラスは違うけど実は同じ学部だった。なので二人で額を突き合わせて、取る講義を決めていった。
あれからも部活やサークルの勧誘は受けた。だけど元々俺は颯真くんがいるスポーツ同好会に入る予定でいて、それが颯真くんの裏切りのせいでなくなってしまった。
誠は最初は音楽研究会、略して音研に入るつもりだったみたいだけど、初日に部室に顔を出したら「誰だお前」みたいな目を向けられて入るのを辞めてしまったそうだ。
後になり噂で聞いたところ、バンド活動はしてはいるもののかなりポップ系で、誠が好きなパンクロックやグランジロックあたりは受け入れていないらしい。
「音楽性の違いは仕方ないもんな」と、誠はあっさりしたものだった。
「来はどこにも入らなくていいの?」
次の講義に向かっている最中、誠が尋ねてきた。
「うん。元々動機は不純だったし、どうしてもやりたい活動を見つけたら考えようと思ってるよ」
誠がどこかホッとしたように笑う。
「うん、僕もそれでいいと思う。まあ来がいるし、無理に合わない所に入らなくてもいっかなって」
「いいと思うよ! 俺も誠がいるから、正直そこまでどこかに入らないととは感じてないかな」
「ん、ならよかった」
誠が微笑めば、俺もつられたように微笑む。
誠と過ごす時間は穏やかなのに新鮮で刺激的で、なのに等身大の自分でいられた。
颯真くんと付き合ってから、俺はずっと追いつこうと背伸びばかりしていた。お陰で頑張らないでいたら入れなかっただろう大学に入学できたけど、それもはっきり言って俺自身の努力の結果であって、颯真くんのお陰じゃない。
――もう俺の目標は、颯真くんじゃない。
やっと、そう思えるようになった。
サラサラロングな黒髪を後ろにひとつに束ねた誠が、噛み締めるように繰り返す。
「美味い……マジで美味い……! なんだこれ、これが家庭料理ってやつなのか……!」
目が潤んでいる気がするんだけど、そんなに美味しいかな。なんとなく作ったものだけに、ここまで喜ばれるとちょっと心苦しい。だから、つい苦笑気味になってしまった。
「まあ、味付けはお惣菜とかに比べると薄味だし……だからじゃない?」
「惣菜と比べたら、もう断然こっちのほうが好みだよ! ヤバい、感動で泣けてきそう……!」
誠の瞳が更に濡れてきたので、俺は肉じゃがの残りを全て誠にあげることにした。誠が俺のことを「神……!」と言うし目が真剣そのものだったので、本気で肉じゃがに感動しているっぽい。心底家庭の味に飢えていたんだろうなあ。
「来ってマジ天才、尊敬しかない……っ」
米を豪快に掻っ込みながらあまりにもずっと言っているので、とうに食べ終わっていた俺は誠の喜ぶ姿を幼子を見るような気持ちで眺めた。
もっと食わせてやりたいと思っちゃうこの気持ちは、もしかしたら庇護欲なんだろうか。世の母親は自分の子どもをこんな気持ちで見ているのかもしれないな、とふと思ったり。
それにしても、誠はよく食べる人だった。余るかな? と思って炊いた三合の米もすっからかんになってしまった。
「――あーっ、美味かった!」
誠が満足げに小さくゲップをする。
「あは、御粗末様でした」
完食してラグの上に両足を投げ出した誠が、腹を撫でながらやや申し訳なさそうな様子で言ってきた。
「あのさ……あまりの美味さに今後も箸が止まらなくなる可能性が高いから、来のご飯を食べに来る時は僕に食材を買わせて。ね?」
「え? いや、別にそんなに気にしなくても」
「いや、来の負担になるのは嫌だし! だから『今日は来ていいよ』って日は、一緒にスーパー行こ。な?」
懇願するように言われてしまえば、必要以上に固辞するのもどうかと思ってしまう。まあ今は争わずに、その時に折半なりにすればいいか、と思い頷いた。
と、誠の整った顔に実に純朴そうな笑みが浮かぶ。
「よかったあー。来の作る飯に完全に胃袋掴まれちゃったから、やっぱりなしでなんて言われたらどうしようかと思ってさ!」
「胃袋掴まれちゃったって……そんな、この程度の腕前でなんか逆に申し訳ないんだけど」
苦笑で返すと、誠が急に真顔になって俺のほうに四つん這いでやってきた。
「この程度なんかじゃないから、来はもっと自信を持っていいと思う」
膝の上に置かれていた俺の手を、上からそっと包み込んでくる。あまりに真剣な眼差しの力強さに目を奪われてしまい、俺はただ惚けて誠の顔を見ていることしかできなかった。
「もしクソ元彼のせいで自信を失っているんだったら、僕が何度でも言う。来は努力家で優しくてとっても親切で、そいつがしたみたいにぞんざいに扱っていい存在じゃないって」
「誠……」
ヤバい、ちょっと泣きそうだ。誠のほうこそ優しくて陽だまりみたいに暖かいすごい存在だと、この言葉からも思う。
「僕、来と知り合えてすごいラッキーだと思ってるから。嘘じゃないからな?」
「そ、それは俺のセリフだしっ」
慌てて返すと、誠がくすぐったそうに笑う。
「ヤバ、僕たち相思相愛じゃん」
言われた瞬間、不覚にも心臓が飛び跳ねた。お、俺ってば! 誠は友達として言ってくれているだけだからな!
「えっ、あ、そ、そうだねっ!?」
挙動不審に見えないか心配になりながらも幾度も首を縦に振っていると、誠は俺から手を離して何故か正座になった。その場で両手をつき、深々とお辞儀をする。そして――。
「これから末永くよろしくお願いします」
なんて言い出したじゃないか。
「えっ、こ、こちらこそ!」
俺も慌てて正座に座り直した。誠に向かって慌てて床に額をつく勢いでお辞儀を返すと、顔を上げたタイミングで同じく顔を上げている誠と目が合う。
「……ぷっ」
最初に誠が吹き出すと、俺の顔にも勝手に笑みが浮かび上がる。
「ふ、ふふ……っ」
「ちょっと、二人して何やってんだろな!?」
「ふ……っ、素に戻らないでよ、笑いが……っ」
今度は二人とも、大きな声で笑った。
ひとり暮らしの決して広くはないワンルームは、正直今日まではどこか他人行儀に思えて居心地は微妙だった。
だけど俺たちの明るい笑い声が満ちた空間は、気付けば居心地のいい場所になっていたのだった。
◇
翌日から、俺のキャンパスライフは誠と共にあるようになった。
誠と俺は、クラスは違うけど実は同じ学部だった。なので二人で額を突き合わせて、取る講義を決めていった。
あれからも部活やサークルの勧誘は受けた。だけど元々俺は颯真くんがいるスポーツ同好会に入る予定でいて、それが颯真くんの裏切りのせいでなくなってしまった。
誠は最初は音楽研究会、略して音研に入るつもりだったみたいだけど、初日に部室に顔を出したら「誰だお前」みたいな目を向けられて入るのを辞めてしまったそうだ。
後になり噂で聞いたところ、バンド活動はしてはいるもののかなりポップ系で、誠が好きなパンクロックやグランジロックあたりは受け入れていないらしい。
「音楽性の違いは仕方ないもんな」と、誠はあっさりしたものだった。
「来はどこにも入らなくていいの?」
次の講義に向かっている最中、誠が尋ねてきた。
「うん。元々動機は不純だったし、どうしてもやりたい活動を見つけたら考えようと思ってるよ」
誠がどこかホッとしたように笑う。
「うん、僕もそれでいいと思う。まあ来がいるし、無理に合わない所に入らなくてもいっかなって」
「いいと思うよ! 俺も誠がいるから、正直そこまでどこかに入らないととは感じてないかな」
「ん、ならよかった」
誠が微笑めば、俺もつられたように微笑む。
誠と過ごす時間は穏やかなのに新鮮で刺激的で、なのに等身大の自分でいられた。
颯真くんと付き合ってから、俺はずっと追いつこうと背伸びばかりしていた。お陰で頑張らないでいたら入れなかっただろう大学に入学できたけど、それもはっきり言って俺自身の努力の結果であって、颯真くんのお陰じゃない。
――もう俺の目標は、颯真くんじゃない。
やっと、そう思えるようになった。



