俺と誠は町に繰り出すと、まずは腹ごしらえに「ラーメンと言えば塩だよな!」と「意見合うー!」と意気投合し、柚子塩ラーメンに舌鼓を打った。

 次にゲーセンを探したけどなくて、UFOキャッチャーだけがある店をようやく見つけてチャレンジする。最近巷で流行っているちょっと不気味な細長い人形のストラップをゲットすると、お揃いのそれをスマホにぶら下げた。

 こんなこと、颯真くんとだってしたことがない。……へへ、お揃いってなんか特別感があっていいかも。

 俺たちは色んな話をした。その中で好きなアーティストの話になると、誠は俺が名前だけは知っている海外アーティストの素晴らしさを熱弁してきた。

「でさ、冬に二年ぶりに日本ツアーに来たんだけど、受験シーズン真っ只中で行けなくて、すっげー悔しかった!」
「うわー。なんでそのタイミング!? て思うよね!」
「来がわかってくれるー! そうなんだよ!」

 誠は口を閉じてるとちょっと近寄り難いくらい雰囲気がある。でも一旦喋り始めると年相応にはしゃぐし、好きな物をキラキラした目で語る、どこにでもいる普通の男の子だった。

 素直に喜怒哀楽を表す誠は、見ていてとても気持ちがよかった。益々、誠のことが好きになっていく。

「誠って音楽詳しいんだね。俺、流行りくらいしか知らないから尊敬する」

 俺より頭ひとつ分高い位置にある誠の顔を見上げながら素直に伝えると、誠の綺麗だけど少し見慣れてくると意外とパーツパーツに男臭さを感じる顔に、楽しげな笑みが広がる。

「じゃあさ、今からカラオケに行こうよ! さっき話したアーティストの曲、歌うよ!」
「え、誠、海外の曲歌えるの!?」
「このアーティスト限定だけどねー」
「じゃあ行く!」

 そうして入ったカラオケで聴いた誠の美声に、俺は大興奮。それに俺でも知ってるメジャーな日本のポップソングを俺が歌えば、ハモってくれた。それもちゃんと俺の声量に合わせて、だ。お陰で、普段カラオケなんて友達との付き合いでなんとなく参加してほぼ歌わずに終わっていた俺が、気持ちよくて何曲も歌ってしまった。

 誠が俺を手放しで褒める。

「来、歌上手いじゃん!」
「え? いやあ、誠が誘導してくれてるからそれなりに聞こえるだけだよ」

 これは本音だった。自分ひとりだったらたとえガイドボーカルを付けたとしても外していたかもしれない音程だけど、俺が見失わないように誠が導いてくれていたから。

 なのに誠は驕ることもなく、嬉しそうにはしゃぐ。

「そんなことないって! やば、めっちゃ楽しい! なあ次これ歌ってよ!」
「う、うん!」

 誠は人をいい気分にさせるのが上手だった。でも誠自身が楽しんでいるように見えるから、気遣いを感じさせないところも好感度が高い。

 颯真くんの不義理で傷付けられはしたけど、今日俺の身に起きた嫌なことを払拭できるくらいの楽しさと眩しさが、誠と過ごす時間にはあった。

「ヤバいね、楽しい!」
「だな!」

 俺たちは大きな口を開けて、たくさん笑った。

 颯真くんとの距離が広がっていくにつれて、気が付けば俺は心から思い切り笑えないようになっていた。その事実に、こうして誠と過ごしていてやっと気付いたんだ。

 俺は今、心から笑えている。落ちていた俺の心を掬い上げてくれたのは誠。俺が今笑顔でいられるのは、全部誠のお陰なんだと。

 気持ちよく歌いながら目線を誠に向けると、誠は目元を緩ませながら俺を導くようにハモる。

 曲が終わるとどちらからともなくグータッチをしたら、まるで数年来の親友のような気持ちになって、俺の顔に満面の笑みが広がった。

 ◇

 散々歌った後、「あー腹減った、飯食おうよ!」と誠に誘われた。

 勿論、滅茶苦茶行きたい。今は笑えているけど、ひとりになったらもしかしてまた落ち込んでしまうかもと思ったら、まだ誠とは別れたくなかった。

 だけど俺は、自分のアパートの冷蔵庫に作り置きしておいたおかずの存在を思い出してしまっていた。

 両手を合わせてぺこんと頭を下げる。

「あー……昨日作った肉じゃがを早めに食べないとで……ごめん!」
「え、肉じゃが? 何それめっちゃいいじゃん」

 誠が羨ましそうな顔をした。もしやと思い、尋ねる。

「……もしよかったら、うちに食べに来る?」
「行く。絶対行く」

 誠の即答に、思わず吹き出した。

「あはっ、なんでそんな食い気味なんだよ」
「え? だって手料理とかすげー羨ましいもん」

 本当に喉から手が出てきそうな顔で言われる。

「……普段は食べないの?」
「んー……うちさ、ちょっと特殊で」

 誠がこめかみをぽりぽり掻きながら教えてくれた内容によれば。

 誠の両親は誠が幼い頃に離婚。バリキャリだった母親に引き取られた誠とお姉さんは基本的に鍵っ子で、所謂宅食で育ったそうだ。

 現在お母さんは外資に転職して、本社に出向中で不在。お姉さんはスタイリストだそうだけど、激務の日々を過ごしているらしい。なので昔も今も、所謂家庭料理とは疎遠なんだそうだ。

「毎日買ってきた食事もなあと思って見様見真似で作ってもなーんかイマイチだしで、常に食事難民状態なんだよね」
「そうなんだ……それは辛いね」
「だろ!?」

 話を聞いていたら可哀想になってきた。うちは父さんも時間がある時は台所に立つ家庭だったので、レパートリーは少ないけど俺もひと通りメインどころの料理は作れる。

「あのさ、今後なんだけど……俺の手料理でよければ作ってあげるよ?」
「え……マジ?」

 誠が涎でも垂らしそうな顔をするものだから、なんだか益々可哀想になってきた。優しい誠に遠慮してもらいたくなくて、できるだけ明るく見えそうな大きな笑みを浮かべる。

「うん、いいよ! ひとり分を作るとあんまり美味しくできないから、元々多めに作っておくつもりだったし」

 誠が目をキラキラ輝かせた。

「え、神? 神がいるんだけど」
「ぶは、神なんて大袈裟だよ」
「いやマジで。僕、今までの人生で今日が最良の日かもしれない」
「誠ってば」

 あまりに誠が持ち上げるものだからさすがにちょっと恥ずかしくなってきたけど、それでも悪い気はしない。

 誠は、人生最悪になる筈だった今日という日を明るく楽しい一日に塗り替えてくれた恩人だ。誠が喜んでくれるなら、俺も嬉しい。

 パッと笑顔を向ける。

「じゃあ早速うちに行こうか!」
「オッケー! なんでも手伝うからじゃんじゃん指示してな!」
「うん、わかった!」

 その後も一向に尽きないお喋りに興じながら、俺たちはすっかり暗くなってきた街を駅のほうに向かっていったのだった。