最初はポツリポツリと話していたけど、話している内に次第に颯真くんの俺に対する扱いのぞんざいさに腹が立ってきた。

「よく考えたら、随分と人のことを馬鹿にしたなめた態度だと思いません!?」

 すっかり涙が引っ込んだ代わりに怒りを爆発させている俺に、パンクファッションに身を包んだ麗しの美女が大きく頷く。

「本当だよ! なんなんだよ、その彼氏! というか、もう元彼だな! マジで人として最低だと思う!」
「やっぱりそう思いますよね!? 人が信じて健気に追ってきたら実は浮気してましたとか、一体どういうつもりだって感じじゃないですか!」

 拳を握り締めて怒り狂う俺に、彼女は賛同するように何度も大きく頷き返してくれた。滅茶苦茶心強い。

「うんうん! それにさ、君は浮気はされたけど振られちゃいないし! 振ったのは君! 向こうは今頃プライドがボロボロになって悔しがっていると思うよ、ざまあみろじゃん!」

 あ、なるほど……! そういえば、振ったのって俺じゃないか、と言われて初めて思い至る。浮気された上に振られたら目も当てられない状態だったけど、これなら俺のなけなしのプライドもメンツを保つことができる気がした。

 俺の顔に、笑みが戻って来る。

「言われてみればそうですよね! 颯真くんってすごい自信家で、考えてみたらいつも上からで人が折れるのが当たり前みたいな態度でした! すっかり騙されてたけどこれで目が覚めましたよ! あいつは大した人間じゃなかった!」
「お、開眼じゃん、いえーい!」

 思わず目を奪われてしまうほど艶やかな満面の笑みを浮かべた彼女が、両手を翳す。ふは、この人って思ったよりもフランクっていうか面白い人なんだな。

「開眼って……でも確かに! いえーい!」

 俺も満面の笑みになると、両手のハイタッチをした。パンッといい音が響く。

 そうだ、まだこれがあったんだと前のめり気味に話を続けた。

「そうそう、それでなんですけどね!」
「うんうん!」

 彼女がキラキラした目で熱心に聞いてくれるお陰で、先程まで俺の中を占めていた消えてしまいたいと願うほどの悲しみは、もう消え去っていた。

「持ち歩いていた誕プレがあったんで、颯真くんに投げつけて立ち去ってやったんです! どうも浮気相手はこっちの存在を知らなかったみたいなんで、今頃あっちは修羅場だからざまあみろですよ!」
「浮気相手に君の存在を黙ってたってこと!? マジで最低だなそいつ! でも本当よくやった! 偉い! ええと――」

 彼女が言い淀んだので、名前を聞かれているのだと思い答える。

「あ、俺、行く来るの来るっていう漢字を書いてライっていいます! 幸原(さちはら)来がフルネームで、うちの親が『幸せ来い』って意味で付けて暮れたんですよね!」
「何、めっちゃ素敵な由来じゃん! て……え、『俺』?」

 彼女が大きくて印象的な目をパチクリとさせた。ここで俺は「あっ」と思い至る。さっき俺を勧誘してきた先輩たちが勘違いしていたアレがここでも起きたのだと。

 右手をそーっと上げると、苦笑を浮かべる。

「あのぉー……。俺、男なんです……」
「えっ!? そうだったの!? 僕はてっきり……! ご、ごめん! 勘違いしてた!」

 わー! やっぱりそうだったあ! 颯真くんの好みに合わせて男臭さと芋っぽさをできるだけ排除していった結果、俺の見た目はかなり脱・男になっていたらしい。化粧もしていないのにー!

 俺は慌てて両手を顔の前でブンブン横に振った。

「さ、さっきも間違われたし、大丈夫ですからっ」
「いや、こっちこそごめん! ほら、彼氏がって言ってたからその、男同士だとは思わなくて……思い込みだった、本当にごめん!」

 パン! と両手を勢いよく合わせて頭を下げられてしまう。

「ああっ、いや、謝らないで下さいってば! 俺、元々は普通に女の子が好きだったんですけど、颯真くんの猛アタックでたまたま陥落しちゃったってだけだし、そのっ」

 途端、彼女が顔を上げて眉間に盛大な皺を寄せる。

「え、元彼の野郎、猛アタックして来の性癖歪ませた癖に浮気しやがったのかよ」
「へ? あ、うううううんっ、まあそうですけどっ」

 意外なところに食いつかれた上にいきなり呼び捨てで呼ばれて、思わずキョドってしまった。恥ずかしすぎる。

「マジで信じられねえ最低な男だな、早くはないかもしれないけどさ、今日それが判明してよかったじゃん」

 男同士で付き合っていたとか、俺の地元だったらまず噂されて指を差される案件だ。さすが東京は違うなあと懐の広さに感動しつつ、笑顔を彼女に向ける。

「う、うん……ありがとうございます! ええと……すみません、お名前は?」
「あ、そうだった」

 彼女がペロリと舌を出す。か、格好可愛い……! 

「僕は誠実の誠って書いてマコト。一色(いっしき)誠っていうんだ。よろしくー」

 小首を傾げながら両手を小さく振られた俺は、心の中で「か、わ、い、いーっ!」と叫んだ。馬鹿颯真くんの不貞行為で傷つけられはしたけど、そのお陰でできたこの縁は是非とも大事にしていきたい!

「はい、こちらこそよろしくです! すみません、同性だと思っていたんですよね? 男なのにこんなに泣いて情けないって思わないでくれると嬉しいんですけど……っ!」

 すると、パンクファッションの美女――誠が片眉を顰める。

「え? 同性?」
「え?」
「え?」

 お互い、暫し見つめ合ったまま停止した。少しして、誠がおかしそうに頬を緩め――「プッ」と吹き出す。

「あははっマジで!? こんなことあるか!?」
「えっ!? な、何!? なんで笑ってるんですか!?」

 訳がわからず焦って尋ねると、誠がケラケラ笑いながら笑いの原因を教えてくれた。

「あのさ、来。僕も男なんだけど」
「え」

 誠はお腹から服の裾を持ち上げると、「ほら」とぺたんこの胸を見せてくれたのだった。