パンクファッションに身を包んだ目の前の人は、驚くほど綺麗だった。

 真っ先に目に飛び込んできたのは、その印象的な目だ。アーモンド型のちょっと猫っぽい大きな瞳は、カラコンでもしているのか灰色がかった不思議な色で、ずっと見ていたくなる。

 すっとした鼻筋に小さめの口にシャープな頬のライン、更には陶器のような染みひとつない肌は、お肌のケアを面倒くさいなあと思いながらしてきた俺から見て、喉から手が出るほど羨ましいほどのクオリティだった。多分お化粧はしているんだろうけど、まるで素肌のような透明感だ。

 艶々の黒髪はパンクファッションにぴったりなうる艶ストレートのロングで、ちょっと長めのシャギーヘア。これがまたよく似合っている。

 耳にはいくつものピアスがはめられていて、首には太めのネックレス。ポケットティッシュを持ったままの手は女子にしては骨ばっているけど、細い指にはめられたゴツい指輪は妙にしっくりきていて、すごく格好いい。

 ダボッとしたバンドTシャツの上にはこれまた大きめサイズのカーディガンを羽織っていて、痩せてそうに見える体型によく似合っている。下は細身の黒の皮パンにえんじ色のゴツいブーツを合わせていて、足の長さが強調されていた。

 実物は見たことがないけど、SNSで目にする神コスプレイヤーのような出来上がった非の打ち所のない完成感、と表現するのが近いのかもしれない。

「……大丈夫?」

 目の前の麗人が、心配そうに俺の顔を覗き込んできた。つい見惚れてしまっていた俺は、ハッと我に返る。やっばい、ぼうっとしている場合じゃない! 俺は今、涙と鼻水が垂れている顔面を曝け出している状態なのに!

「あっ、あ、ありがとうございますっ! お借りします!」

 慌てて頭を下げると、ポケットティッシュを受け取った。とにかく、この垂れてしまった鼻水を今すぐなんとかしたい。

「全部あげる。駅前で配ってたやつだし」

 美しすぎるお姉さんはハスキーボイスの持ち主で、しかも意外と低めだ。でも、それもまた雰囲気があっていい。

「す、すみませんっ」

 ペコペコと繰り返し頭を下げていると、お姉さんがくすりと苦笑した。

「いや、済まながらなくていいから。むしろ普段は受け取らないポケットティッシュを今日に限ってたまたま受け取った僕、ツイてるじゃんって思うし」

 ここで「ツイている」と言えるなんて、なんて心優しい人なんだろう……! だってこれって、俺の涙を拭けてよかったって意味でしょ?

「あ、ありがとうございますっ」

 やばい、普通に嬉しい。ここのところずーっと颯真くんの不義理のせいで悶々としていたところに、更に追い打ちをかけるように浮気現場を堂々と見せつけられたせいで凹み切っていた気分が、見ず知らずの美人の心優しい親切のお陰でグンと上がってきたかもしれない。

 それにしても、この人って僕っ子なんだな。女の人の一人称が僕なのはテレビとかでは見かけても実際に目にしたのはこれが初めてで、感動すら覚える。

 というか格好いい中に可愛さがあって、こんな人が普通に歩いている都会すげえ……! と滅茶苦茶感動していた。大事なのでもう一度言う。都会すげえ。

 美に圧倒されていたからか、いつの間にか引っ込んでいた涙と鼻水を、いただいたティッシュできちんと拭いていく。

 お姉さんは俺の隣に腰掛けてくると、長い足を自然に組んだ。膝の上に肘を突くと、俺の顔を覗き込みながら尋ねてくる。

「……ねえ、なんで泣いていたの? 気になる」

 大きな目でじっと見つめられて、ドギマギしてしまった。わ、わあ……! そんなに見つめられたら緊張しちゃうから!

「えっ、あ、あのっ」

 ついさっきまで颯真くんのせいでこの世の終わりぐらいな気持ちでいたのに、正直あんなことは些細だったと思ってしまうくらい、隣に座って俺を見ている存在は異次元だった。

 美の集大成が、普通の顔をして隣にいる。これって本当に今起きていることなのかな? でもとりあえず、この人の美しさと颯真くんがやらかした醜い出来事は交わらない気がする。

 それに男同士の痴話喧嘩を聞いたらドン引かれる可能性もなきにしもあらずだし。

 なので愚痴りたいのはやまやまだったけど、遠慮することにした。

「その……つまらない話ですし、それにあんまり聞かせるような話じゃないというか、白い目で見られるのもあれだし……っ」

 苦笑を浮かべながら伝える。すると、ティッシュを握って膝の上に置いていた俺の手を、彼女が上から両手で包み込んできたじゃないか。

「え」

 驚いて真横を見ると、思ったよりもすぐ近くに麗しい顔があって心臓が文字通り飛び跳ねた。まつ毛が長い。唇、柔らかそう……。にしても、あれ? 想像していたよりも手が大きいぞ。なんなら俺のほうが手が小さいんじゃないか。

 そんなどうでもいいことを考えていると、お姉さんが心底心配しているんだとつい勘違いしてしまいそうな真摯な眼差しで言った。

「つまらないことなんかで泣かないでしょ。それに白い目なんかで見ないって約束する。だから僕でよければ、話を聞かせてほしい」

 とんでもなく綺麗な人にこんなことを言われたら、俺なら絶対断れない。つまり、断れない。

「へっ!? え、あ、じゃ、じゃあ、話しちゃいますっ」

 我ながら変なテンションだなとは頭の片隅で思いつつ、俺の口はペラペラとこれまで起きたことを語り出したのだった。