入学式の翌日には、ホームルームがあった。

 大学といえば単位制だ。だからクラスなんてないのかなあとなんとなく思っていたけど、学部ごとにちゃんとクラス分けがあって、英語などの一般教養はこのクラスで受けることになるんだそうだ。

 ホームルームで早速、卒業までの必要単位やコマの選択方法などについて、担任から詳しく説明を受ける。この大学は東京キャンパス以外にも埼玉にキャンパスがあって、体育などはそちらで行うそうだ。そちらでしか取れない講義もあるので、講義を選ぶ際は場所もよく確認してねとのこと。

 更に、人気の高いゼミは抽選になる。なので落ちてしまった場合、組んでいた予定にうまくハマらないゼミしかもう空きがない、なんてことも起こり得るらしい。うーん、なかなか奥が深いぞ。自分ひとりでできるのか、段々と不安になってきた。

 すると、俺と同様不安そうにざわつく教室を見た担任が、苦笑しながら教えてくれた。

「部活やサークルに入ったら、先輩が予定を組むのを手伝ってくれるから。自力でやるより早くて正確だから、遠慮せずお願いしてみるといいよ」

 なるほど、先達の知恵をお借りするということか。先輩たちは試験内容がどう、出席日数がどうという情報も持っているので、自分がどういうスタンスで大学生活を送りたいのかもよく考えた上で決めるといいよ、と言われる。

 ここで長かったホームルームがようやく終わり、本日はこれにて解散となった。ここからは、部活やサークルの新入生勧誘の時間だ。

 これまた担任曰く、スポーツ系の部活はかなり厳しくて時間も取られるから、交友関係を広げたい程度ならサークルがオススメなんだそうだ。勿論中にはバイト三昧でどこにも入らない学生もいるらしいけど、縦と横の繋がりは持っておくに限るらしい。そうだよな、情報って大事だもんな……。

 正直言って、一気に情報を詰め込まれすぎて頭がパンク状態だ。周りの学生も俺と似たりよったりなのか、みんなどこか不安げな表情を浮かべている。今は不安そうなのが俺だけじゃないことだけが安心材料だった。

 人の流れに沿って、教室の外に出る。キャンパスの敷地内には、ところ狭しと部活やサークルのテーブルが並べられていて賑やかだ。チラシやメガホンを持った先輩たちが道の脇にずらりと並んでいて、あの間を通るのか……と思うと思わず尻込みしてしまった。

 だけど、あそこを通らない限りキャンパスの外には出られない。ビクビクしながらも、仕方なく前を歩く学生の後についていった。

 その時、真面目そうな男の人とちょっと軽そうな男の人が突然現れて、俺の前に立ちはだかる。

「うわっ」

 びっくりして立ち止まった。二人は俺の両脇に立つと、背中に手を回してくる。と、手に持ったチラシを見せてきた。

「君、テニスに興味ない?」

 真面目そうなほうが言うと、軽そうなほうがすぐに口を挟んでくる。

「こいつのテニスサークルは弱小だよ! うちはサークルの中では中堅どころだから安心!」

 真面目そうなほうが、軽そうなほうに言い返した。

「お前のところは練習日数より飲み会のほうが多いだろうが!」
「お前さあ、それは言うなよなあ」

 ……なんだか仲がよさそうだな。やいのやいのと言い合っている二人に、愛想笑いを向ける。

「あの、テニスは興味なくて。ごめんなさい」

 すると、軽そうなほうが笑顔を向けてきた。

「そうなんだ? ざんねーん。どこに入りたいとかもう決まってるの?」
「あ、スポーツ同好会がいいなあ、なんて……」

 そう。サークル名までは教えてもらえなかったけど、実は颯真くんはスポーツ同好会に所属しているんだ。簡単に言うと、シーズンスポーツを楽しむサークルらしい。だから冬はスノボに行っちゃったってことだ。

 俺も同じサークルに入れば、サークル活動を理由に置いていかれることもないかも――という魂胆だった。

 と、真面目そうなほうがあからさまに顔を顰める。

「スポーツ同好会? 確かふたつある筈だけど、人数が多いほうはあまりいい噂を聞かないな。小さいほうは活動してるかも微妙だった筈だよ」
「ほぼ遊んでばっかりってところだろ? 同じ学部の女子が去年入ったけど、先輩に食われてすぐに捨てられて辞めたって言ってた」
「え」

 思わず頬を引き攣らせる。確か、颯真くんのサークルは人数が多いと言っていた。つまりそれって……ええ、真面目な颯真くんからは想像がつかないよ。

「言っちゃなんだが、あそこはヤリサーみたいなもんだ。君みたいな子が入ったら、男どもが群がってきて危ないよ」

 真面目そうなほうが、可哀想な子を見るような目で俺を見る。軽そうなほうが何度も頷いた。

「うんうん。それに引き換え、うちのサークルは女子の人数も多いし安心だよ!」

 真面目そうなほうが横目でじろりと睨む。

「この子はテニスに興味ないって言ってただろ」
「兼部でも構わないからさあ!」
「お前なあ……」

 二人でポンポン言い合っているけど、何か違和感を覚えた。もしやと思って、尋ねてみる。

「あのー……。もしかして勘違いしてます? 俺、男ですけど」

 すると案の定、二人があからさまに驚いた顔をしたじゃないか。

「えっ、あ、でも確かに声はハスキーだなあとは!」
「まじ? ナチュラルメイクがうまい子だと思ってたけど、男? うわー、騙された!」
「お前な、この子は騙そうとしてないだろ!」
「あ、そうだよね、こっちが勝手に思い込んだだけだもんね。ごめんごめん」
「はあ……まあ、大丈夫です」

 なんだか憎めない人たちだ。苦笑を浮かべると、二人も苦笑を返してくれた。

「とりあえず、スポーツ同好会はやめておいたほうが無難だよ。他のところにしたほうがいい」
「とにかく気を付けてねー」
「ありがとうございます」

 二人に手を振り、その場を後にする。それにしても、まさか女に間違われるとは。今日はオーバーサイズのニットを緩く着てきたのもあって、性別がわかりにくかったかもしれない。……でも、颯真くんは可愛いほうが好きなんだよな。

 その後は、足元を見ながら隙間を探しつつサッと進んでいく。幸い他の学生が掴まっていたこともあって、声をかけられることなく勧誘の列の終わりまで辿り着くことができた。

 校舎の一階は、通り抜けできるようになっている。その先には正門が見えた。

 校舎の暗がりに身を潜めると、ふうーと長い息を吐く。壁にもたれかかると、スマホを取り出した。

「……やっぱり未読か」

 昨日の夜、「今日のオリエンの後、会える?」と送っていた。だけどその前のメッセージから、引き続き未読の状態が続いている。

「都合が悪いならそう言ってくれればいいのに……」

 やっぱり避けられている気しかしなくて、もう一度長い息を吐いた。

「なあ」
 するとその時、近くから男の声がしてビクッと反応する。暗くて気付かなかったけど、すぐ近くに人が二人立っていたらしい。

 背の高い男は、俺に背中を向けている。既視感のある後ろ姿に、俺は訝しげに目を顰めた。男が、男の正面にくっつくようにして立っている人に向かって尋ねる。

「今夜も泊まりに行っていい?」
「えーまたあ? ちゃんと寝かせてくれるならいいけどぉ」

 答えた声もまた、男の声だった。

「今日は控えめにする。だってお前といたいんだもん」
「へへ……仕方ないなあ」

 俺は衝撃のあまり、固まっていた。

 何故なら、背の高いほうの男はどう見ても颯真くんで、声もどう聞いても颯真くんの声だったから。