誠が、状況を最新までアップデートし終わった。

「最後のほう、ヤバいくらいポエムだった……」

 誠はかなり過食気味になったようで、死んだ魚の目をしている。

「気が合うね、俺も全く同じ意見だよ」

 俺も昨夜はきっと、同じような目をしていたんだろうな。この辛さを共有できて、俺は嬉しい。だって、ひとりで抱え込むにはちょっとばかしアクが強すぎる。

 スマホを返してもらうと、誠に確認を求める。

「じゃあ、時間は今日の昼休みでいいよね?」
「だな」
「わかった」

 頷くと、颯真くん宛にメッセージを入力していった。気分は果し状だ。

 なお、ポエミーな颯真くんからのメッセージについては、ひと言も触れるつもりはなかった。触れる価値すらない。あんなのを送ることで俺が颯真くんとよりを戻したがると思われたこと自体が、屈辱でしかなかった。

 随分と人のことを低く見積もってくれたもんだな、ああん? てやつだ。

 ただ、以前までの盲目的で従順だった俺なら、もしかしたら引っ掛かっていたかもしれない。かなりの恋愛フィルターがかかった状態だったもんなあ。

 だけど颯真くんに対し嫌悪感こそ感じはすれ好意など微塵たりとも残っていない現在、引っかかる要素はミクロンすらない。ナノレベルで見ても、俺の中に発見はできないだろう。

 あばたもえくぼとは、昔の人はよく言ったものだと思う。夢が覚めた瞬間えくぼがあばたに戻るその戻り幅は、凄まじいものがあった。颯真くんのお陰で、それを知ることができたよ。別に感謝はしないけど。

「じゃあ、こんな感じでどう?」

 ぺぺぺっと要件だけ打った画面を、誠に見せる。

「シンプルでいいと思う」
「おっけ」

 誠が頷いてくれたので、さっさと送付することにした。腹が立つことに、即座に既読がつく。……それをあの頃やっておけばここまで嫌いにならなかったんだけどな?

 まあ以前誠が言っていたように、もっと颯真くんに時間を費やしてからダメダメっぷりが発覚しなくてよかったと思おう。俺にとって、あの時誠という最高の人物に出会えたのは僥倖以外の何ものでもないんだから。

「送ったよ」
「返事は?」
「あ、今きた」

 スマホを誠に差し出す。返信を読み始めた誠が、思い切り顔を歪めた。

「会えるのを楽しみにしてる……どの口が言ってんだ?」
「もう理解しようとするのはやめた」

 俺は完全に無の表情だ。人口の少ない片田舎で秀才だイケメンだと散々持て囃されてきた颯真くんにとって、世界は基本自分中心に回っているものなんだろう。だから周りを回っている人が反発しても理解できないんだと思う。

 そもそも、あの自己弁護の中で語られた内容が、何割ほど真実なのか。俺の予想では、大半が颯真くんの都合のいいように記憶諸とも改竄されていると思っていた。じゃないとあのポエムは送れない。

 誠が憐れみを含む眼差しを俺に向けながら、慰めるように俺の肩をポンと叩いた。

「とりあえず、昼までは存在を脳内から抹消しておこう」
「うん、そうしておく」

 二人目を合わせると、疲労混じりの笑みを浮かべたのだった。

 ◇

 待ち合わせ場所は、俺と誠が出会った思い出の場所にした。

 正直なところ、あの場所を颯真くんの存在に穢されるのは嫌だった。だけど中庭はかなりの穴場で、滅多に人が来ない。話し合いには最適だ。

 店に誘い出すことも、ちょっとは考えた。だけど無風な空間で同じ空気を吸うことを考えたら、普通に無理としか思えない。それに作戦通りに決行するには室内だとうまくいかない可能性もあるから、泣く泣くあの場所を待ち合わせ場所にしたんだ。

「俺たちの思い出が穢されてごめん」

 場所を決めた際、俺は虚無の目をしながら誠に謝った。すると誠は安心させるような眼差しを俺に向けて、言ってくれたんだ。

「確かに出会いの場ではあるけど、僕には来と通ってるスーパーも来の家にもたくさん思い出があるから大丈夫。心配すんな」
「……ありがと、誠」

 そんな話をした誠は、今この場にはいない。後でこちらに向かってくれる手筈になっていた。

 なので俺はベンチに腰掛け、颯真くんの到着を待っているところだった。……昼休みが始まってもう十五分が経過しているんだけど、来ないなら帰っていいかな?

 するとその時、息を切らした颯真くんが落ち着きなく周囲を見回しながら、校舎に囲まれたこの中庭に駆け込んできた。やっと来た。遅すぎる。

 この後会話しないといけないことを考えると億劫になったけど、重い腰を上げて立ち上がった。

「来! ごめん、遅くなった!」

 俺の顔を見た瞬間、笑顔に変わる颯真くん。なんで笑えるんだろう、この人。

「会いたかった!」

 あろうことか、颯真くんは満面の笑みを浮かべながら両手を広げてきた。……嘘だろ。どんだけポジティブシンキングなんだよ。

 人は予想外の出来事に遭遇すると、思考が停止するらしい。あまりの衝撃に固まって立ち尽くしていると、颯真くんが寂しそうに笑いかけてきた。

「来……どうして俺の胸に飛び込んできてくれないの? 前は会う度に来のほうから抱きついてきてくれたのに」

 ゾワッと鳥肌が立った。うん、頭が沸いているとしか思えない。怒鳴りたい気持ちを必死で抑え込みながら、無表情を心がけつつ口を開いた。

「もし忘れてるならもう一度言うけど、俺は颯真くんのことをとっくに振ってるからね?」

 すると、まさかの反応が返ってくる。

 仕方ないなあとばかりの上からな笑みを浮かべながら、颯真くんがのたまったんだ。

「来、怒ってるの? だから俺、ちゃんと謝ったでしょ? 意地を張ってないで、ほら、おいでってば」

 全く反省の色がない自分中心な発言に、俺は宇宙人を見ている気分になる。ダメだ……意味のある会話をできる気が全くしない。

「行かないから。もし勘違いしているならはっきり言うけど、今日呼び出したのは金輪際俺に関わってほしくないってことを伝える為だよ」
「ちょっと来、怒っているにしてもその冗談は酷くないか?」

 颯真くんがキザったらしく片眉を上げた。鷲掴みにしてその眉ごと捻り切ってやりたいな。

「冗談じゃないよ。俺は颯真くんのことはもうこれっぽっちも好きじゃないし、むしろ嫌いだから」
「――はあ!?」

 きっぱりと言い放った瞬間、颯真くんの顔にサッと怒りが浮かび上がった。