翌朝誠が迎えに来ると、開口一番俺は「ごめんなさい!」と勢いよく頭を下げた。
暫し沈黙が続く。今日は誠は真っ赤なスニーカーを履いていた。誠は派手な色もモノトーンも似合うよね。
と、誠が詰まっていたように息を吐き出した後、俺の両肩を掴んで強引に上体を起こさせた。
「え……っ、な、何!? え、待って来、まさかあのクソ野郎と元サヤとかじゃねえだろうなっ!?」
誠の顔は今にも泣きそうなものになっている。鼻同士がくっつきそうなほど前屈みで詰められて、こんな状況だというのにドキドキしてしまった。
でも、言われた内容は看過できない。誠のまつ毛は長いなあ、瞳が綺麗だなあと思いながらも、はっきりと答えた。
「冗談でもやめて、キモいから」
昨夜見てしまったキモすぎる言い訳とポエムの羅列を思い出したら、ちょっと朝ごはんがリバースしてきそうになった。
オエ、と少しえずくと、誠が大慌てで俺の背中を撫で始める。
「ちょ、来、マジで大丈夫か!? え、何!? 何がどうなってんだ!? とりあえず落ち着け!」
「いや、誠のほうが落ち着こうか」
「待って、待って待って、わかんねえ! 何がどういうことだ!?」
誠が本気で混乱している様子だったので、俺はどうどうと誠の二の腕を擦って落ち着かせることにした。
「とりあえず、俺がアレとよりを戻すことはあり得ない。未来永劫起こり得ないから安心してほしい」
「そ、そうか……っ」
真っ白になっていた誠の顔に、赤みが戻ってくる。それでもまだ泣きそうな顔のままだ。うーん。日頃心配ばかりかけているせいで、誠を心配性の塊にしてしまったみたいだ。罪悪感……。
行こう、という意味で誠の腕を掴んで歩き出す。誠はソワソワした様子を隠すことなく、俺に寄り添うようにぴったりとついてきた。
「学校に行きがてら話すけど、ちょっと昨日油断しちゃってさ」
廊下を進みながら伝えると、誠がまたもや焦り顔で詰め寄ってきた。誠は笑顔は可愛いけど、真剣な顔は格好いいよね。
「油断したってどうしたんだよ!? ま、まさかあのクソ野郎が接触してきたんじゃ!」
バッ! バッ! と風を切る勢いで周囲を見渡し始める。あ、ダメだこれ。早く説明してあげないと、多分というか絶対ダメなやつだ。
「接触っていうかさ、電話が――」
途端、誠の顔が能面のような無表情に変わった。ん? 今度はどうした。
誠が俺の肩を掴み、ぐぐ……っと力を込めていく。ちょっと痛い。
と、誠が鋭い眼光で前を睨みつけながら、これまで聞いたこともない低い声で言った。
「今すぐスマホを解約して新しい番号にしよう」
「あ、かかってきたのはトークアプリのほうで――」
「アカウントを作り変えよう、今すぐに」
どうしよう、誠がものすごい真っ直ぐに突っ走ってしまっている。アカウントを切り替えたら高校の友達との繋がりも消えちゃうから、それはさすがに嫌だなあ。
「ええと、アカウントは変えないかな」
「どうして!?」
誠のこめかみに、青筋が立っている。でも、誠がとてもじゃないけど冷静とは言えない状態になってくれたお陰で、逆に俺は冷静さを取り戻していた。これでも誠と顔を合わせる前までは、「どうしようどうしよう」となっていたんだ。
だから、青褪めている誠にあえてにこりと笑いかけてみせる。
「これを機に、誠にも協力してもらって金輪際関わるなって言ってやろうかと思ってさ」
「……どういうこと?」
俺の言葉を聞いた誠が、興味を示してきた。
「落ち着いて昨日起きたことを聞いてくれる?」
「聞く」
誠が素直に頷いてきたので、今度は順序立てて説明していく。
戦略を練る材料として、まずは颯真くんがブロック越しに何を主張してきていたかを確認したかったこと。その結果、ほぼ自己弁護と自己陶酔だけの内容で、単に普通にキモかったこと。
更には既読がついたことで俺がブロックを解除したことを知った颯真くんが電話してきたので、つい慌ててブロックする前に電源を落として完全シャットアウトしてしまったこと。
経緯を話し終えると、誠がホッと肩を撫で下ろした。
「そっか……いやさ、ちょっと遅れそうってメッセージを送ったのに既読にならないから、もう心配で心配で……! しかも会って早々ごめんなんて言われたから、めっちゃ気が動転しちゃったよ」
「ごめんね……電源を入れたら着信履歴が並んでいるのかなと思うとひとりで見る勇気が出なくて。だってさ、織姫と彦星みたいだね、だよ? あり得ないよね」
今思い出しても虫唾が走る。俺は思い切り身震いした。
誠が遠慮のえの字もなく顔を歪めまくる。
「ないな。普通にキモい」
「誠が俺と同意見でよかったよ」
だけど、いつかは電源を入れなければならない。そして俺はもうひとりであの恐怖を味わいたくはない。そこで誠の出番だ。
「ということで誠、電源を入れる場面に立ち会ってもらってもいい?」
「当たり前だろ」
誠が即答してくれたので、ごくりと唾を呑み込んだ後、思い切って電源を入れてみる。暫くしてスマホが起動し始め、暗証番号入力の画面までやってきた。
すると、ロック画面に着信履歴の数が表示されているのを発見する。
その数、+99件……。
思わず言葉を失っている俺に、誠が遠い目をして言った。
「……とりあえず、昨日までの履歴見せて」
「ごゆっくり……」
スマホのロックを解除して誠に渡すと、誠は無言になりながら履歴を確認し始めたのだった。
暫し沈黙が続く。今日は誠は真っ赤なスニーカーを履いていた。誠は派手な色もモノトーンも似合うよね。
と、誠が詰まっていたように息を吐き出した後、俺の両肩を掴んで強引に上体を起こさせた。
「え……っ、な、何!? え、待って来、まさかあのクソ野郎と元サヤとかじゃねえだろうなっ!?」
誠の顔は今にも泣きそうなものになっている。鼻同士がくっつきそうなほど前屈みで詰められて、こんな状況だというのにドキドキしてしまった。
でも、言われた内容は看過できない。誠のまつ毛は長いなあ、瞳が綺麗だなあと思いながらも、はっきりと答えた。
「冗談でもやめて、キモいから」
昨夜見てしまったキモすぎる言い訳とポエムの羅列を思い出したら、ちょっと朝ごはんがリバースしてきそうになった。
オエ、と少しえずくと、誠が大慌てで俺の背中を撫で始める。
「ちょ、来、マジで大丈夫か!? え、何!? 何がどうなってんだ!? とりあえず落ち着け!」
「いや、誠のほうが落ち着こうか」
「待って、待って待って、わかんねえ! 何がどういうことだ!?」
誠が本気で混乱している様子だったので、俺はどうどうと誠の二の腕を擦って落ち着かせることにした。
「とりあえず、俺がアレとよりを戻すことはあり得ない。未来永劫起こり得ないから安心してほしい」
「そ、そうか……っ」
真っ白になっていた誠の顔に、赤みが戻ってくる。それでもまだ泣きそうな顔のままだ。うーん。日頃心配ばかりかけているせいで、誠を心配性の塊にしてしまったみたいだ。罪悪感……。
行こう、という意味で誠の腕を掴んで歩き出す。誠はソワソワした様子を隠すことなく、俺に寄り添うようにぴったりとついてきた。
「学校に行きがてら話すけど、ちょっと昨日油断しちゃってさ」
廊下を進みながら伝えると、誠がまたもや焦り顔で詰め寄ってきた。誠は笑顔は可愛いけど、真剣な顔は格好いいよね。
「油断したってどうしたんだよ!? ま、まさかあのクソ野郎が接触してきたんじゃ!」
バッ! バッ! と風を切る勢いで周囲を見渡し始める。あ、ダメだこれ。早く説明してあげないと、多分というか絶対ダメなやつだ。
「接触っていうかさ、電話が――」
途端、誠の顔が能面のような無表情に変わった。ん? 今度はどうした。
誠が俺の肩を掴み、ぐぐ……っと力を込めていく。ちょっと痛い。
と、誠が鋭い眼光で前を睨みつけながら、これまで聞いたこともない低い声で言った。
「今すぐスマホを解約して新しい番号にしよう」
「あ、かかってきたのはトークアプリのほうで――」
「アカウントを作り変えよう、今すぐに」
どうしよう、誠がものすごい真っ直ぐに突っ走ってしまっている。アカウントを切り替えたら高校の友達との繋がりも消えちゃうから、それはさすがに嫌だなあ。
「ええと、アカウントは変えないかな」
「どうして!?」
誠のこめかみに、青筋が立っている。でも、誠がとてもじゃないけど冷静とは言えない状態になってくれたお陰で、逆に俺は冷静さを取り戻していた。これでも誠と顔を合わせる前までは、「どうしようどうしよう」となっていたんだ。
だから、青褪めている誠にあえてにこりと笑いかけてみせる。
「これを機に、誠にも協力してもらって金輪際関わるなって言ってやろうかと思ってさ」
「……どういうこと?」
俺の言葉を聞いた誠が、興味を示してきた。
「落ち着いて昨日起きたことを聞いてくれる?」
「聞く」
誠が素直に頷いてきたので、今度は順序立てて説明していく。
戦略を練る材料として、まずは颯真くんがブロック越しに何を主張してきていたかを確認したかったこと。その結果、ほぼ自己弁護と自己陶酔だけの内容で、単に普通にキモかったこと。
更には既読がついたことで俺がブロックを解除したことを知った颯真くんが電話してきたので、つい慌ててブロックする前に電源を落として完全シャットアウトしてしまったこと。
経緯を話し終えると、誠がホッと肩を撫で下ろした。
「そっか……いやさ、ちょっと遅れそうってメッセージを送ったのに既読にならないから、もう心配で心配で……! しかも会って早々ごめんなんて言われたから、めっちゃ気が動転しちゃったよ」
「ごめんね……電源を入れたら着信履歴が並んでいるのかなと思うとひとりで見る勇気が出なくて。だってさ、織姫と彦星みたいだね、だよ? あり得ないよね」
今思い出しても虫唾が走る。俺は思い切り身震いした。
誠が遠慮のえの字もなく顔を歪めまくる。
「ないな。普通にキモい」
「誠が俺と同意見でよかったよ」
だけど、いつかは電源を入れなければならない。そして俺はもうひとりであの恐怖を味わいたくはない。そこで誠の出番だ。
「ということで誠、電源を入れる場面に立ち会ってもらってもいい?」
「当たり前だろ」
誠が即答してくれたので、ごくりと唾を呑み込んだ後、思い切って電源を入れてみる。暫くしてスマホが起動し始め、暗証番号入力の画面までやってきた。
すると、ロック画面に着信履歴の数が表示されているのを発見する。
その数、+99件……。
思わず言葉を失っている俺に、誠が遠い目をして言った。
「……とりあえず、昨日までの履歴見せて」
「ごゆっくり……」
スマホのロックを解除して誠に渡すと、誠は無言になりながら履歴を確認し始めたのだった。



