夕食や入浴などを終え、気がつくと23時になっていた。
そろそろアレを使っても良い頃合いかもしれない。鞄から佳凪から貰ったものを取り出す。
あと、照明も薄暗く設定した。だって願い砂を振りまくと綺麗に光る光景もしっかり見ておきたいから。これで準備完了。
「ルナ」
「にゃー」
名を呼ぶと私の元へすぐに来てくれる。
ルナはありとあらゆるものに興味を示すため、案の定エメラルドグリーンのきめ細やかな願い砂にも興味津々。
「わっ、ちょっとやめてルナ。ストップ」
お鼻を擦り寄せてきて、ラッピングから取り出すことがなかなかできない。
片手で妨害してみたりと試行錯誤してなんとか片手の中へ砂を出すことに成功する。
願い砂を使うのは久しぶりで、過去に佳凪が見本として直接見せてくれたときの記憶を頼りに同じ動きをしてみる。
『願い砂はやる対象によるけど、基本的には砂を持った片手を上へ掲げ、左右に動かしたりしながら振り撒くのが大事なんだよ』
丁寧に見せてくれたとき、この世に魔法が存在するんだと実感した衝撃がなんだか懐かしい。
どんどんゆっくり振り撒いていくと、エメラルドグリーンはそのままでも綺麗なのに、より明るく色が光り出し、役目を果たすとき言うようにそっと消えていく。
「綺麗」
思わず呟いてしまうくらい幻想的だった。
私の側に居てくれたルナもこの現象をずっと見つめていた。
「ルナ、綺麗だったね」
「あや、すごかった」
「へっ?」
自分以外の声が聞こえた。ここには、私とルナしかいない。さっきのは聞き間違い?
佳凪は『ルナちゃんがいるところで』と言っていたから、ルナに何か起きるということだったのだろうか。
「あや、どうしたの」
「ルッ」
ルナが本当に喋った!
一瞬叫びそうになったけれど、叫んでしまったら大問題になってしまうからと両手で自分の口を塞ぐ。
ルナが喋るのは願い砂の力によるもので効果が切れた瞬間に元通りになるはずだ。だから、これからどうしたらいいのか考える必要はない。
今はルナと同じ言葉で喋れる奇跡を堪能すればいい。佳凪もきっと楽しんでくれたり喜んでくれたらと想って作ったはずだから。
「あや、あや」
「ルナ、ごめんね。びっくりしちゃっただけなの」
ルナは私が普段見せない行動をしたせいか心配して私の膝の上へ乗ってくる。
撫でてあげると気持ちよさそうに目を細めるお顔が可愛い。
「ルナは私が喋る言葉理解できてるの」
それは疑問になっていたことだった。
「いつもは、分からない言葉多いけど、今は難しくなければなんとなく分かる、気がする」
「そっか、うれしい」
ルナは耳にスッと馴染むような小さくて高い声色で、つたない言葉だけど甘く囁くような優しい声だった。天使か、妖精さんのイメージが強いと言ったら佳凪に後で伝える時に想像しやすいだろうか。
「あや、暗い気持ちになってない。よかった」
「ずっと心配してくれたんだね。ごめんね、いつもありがとう」
――あぁ......私は周りの誰かを心配させてばかりだ。
良い意味でも。悪い意味でも。私は誰かに支えられて生きている。
「あや?」
「ありがとね。ルナ」
衝動的な勢いで、ルナを抱っこして抱きしめる。今はこうしていたいと強く思ってしまったのだ。
すると、ルナはされるがままに気持ちよさそな表情をするだけだった。
しばらくして、ルナをそっと膝の上に下ろしてあげると私から離れようとはせずにそのまま丸くなった。
「ルナ、今から色々語ると思うけど静かに聞いてね」
「うん」
ルナの身体をそっと撫でながら何から話せばいいのかと考える。
色々な感情が複雑に絡まった糸のようになっていて解くのが困難だからこそ言葉が上手く見つからない。
とりあえず、最近あった出来事から話そうと思った。
「私、ここ最近悩んでいたことがあったの。自分の未来について、どういう方向へ行ったらいいのか分からなくて。今も分からないけど、どうしたらいいのかなって」
『分からなくていい。おかしくない』と言っていた佳凪の言葉を思い出す。
選択肢を強く責められるのは来年で、このままだと来年の自分も今と同じ感じでいる可能性が高いような気がして。
「『とりあえず少しだけも考えようって思うのが大事かも』って友達が教えてくれて、確かにそうだなって思って。でも、現状は結局変わらなくて。心は軽くなったけど分からなくて」
そう、分からないのだ。未来に怯えてしまっているんだ私は。
「なるようにしかならないけど、なんとなくで進んでいくしかないけど、それはそれでどうかなって」
不安定な足取りで大丈夫なのかなって思うんだ。
「あや、大丈夫?」
「えっ、だいじょうぶっ......じゃ、ないね」
言われた通りに静かに居てくれたルナに心配されて初めて気がついた。
自分が泣いてしまっていることに。
泣いたのはいつぶりだったのかわからない。
そこからは言葉が口から出てくることはなく、鼻をすする音が部屋の中で響いた。
こんな姿をルナに見せようとは思っていなかったのに私は我慢ができなかった。絡まってしまったものを解いていくというのはこういう事をいうのかもしれない。
「あや、話してくれたこと、ちゃんと分かってないかもだけど」
と沈黙を破るようにルナはどう感じとってくれたのか話し始める。
「ルナはね。あやは、あやが思うがままにいてほしい。たくさん、悩んだりとかすると思うけど。自分を大切にしてほしい」
「うん......うん。そうだね」
ルナの言う通りだ。
私は自分を大切にできていない部分も多いと思う。
大切にしようと思っても、また知らないうちに同じことの二の舞いになってしまうだろう。
それでも、少しくらいは自分をルナ言ったようになれるようにしなくちゃ。
これからのことは分からないからこそ、私なりのペースで探して決めて行くしかない。がんばろう。
「ありがとう、ルナ。これからもよろしくね」
「あや、うん」
私はルナの目線に合わせるようにした後、見つめ合い雪解けのように微笑みあった。
佳凪が私のためにこの願い砂を作った理由が分かった気がした。
自分の気持ちをなかなかさらけ出せないから。辛かったり、元気で居られないときにルナに聞き役になってほしかったのかもしれない。ルナは私の一番側で居てくれる存在だから。考えすぎかもしれないけれど、佳凪は『私の分も』って。
明日、佳凪にちゃんと感謝の言葉を伝えたいと強く強く思った。
嬉しい時も、つらい時も、どんな時も寄り添ってくれるとっても大切な存在がいる。
私はひとりではない。だから、ずっと側に居てくれる人たちの存在がいるって忘れずにこれからを生きたい。
甘えたくなったら、耐えきれないような気持ちになったらその時だけでも素直でありたいと痛切に思った。



