シュガースポットまで待って

 放課後、いつもみたいに藤棚におったら結弦先輩やなくて、倉持先輩が先に来た。
 凪くーんって、顔のパーツを全部、下に垂れさせたみたいな顔で。
「キャプテン先輩、その顔、どないしたんですか。めっちゃ、ニヤけてますやん」
「え、俺、ニヤけてた?」
「ダルダルになってますよ」って言ったら、「やっぱりぃ」って、表情筋が崩壊してる。

「実はな……いや、俺から言うのはやめておこ。掃除当番終わったら結弦がくるから、あいつに聞け。俺はお前らの横でニヤけとくから」
 焦ったいな。けど、キャプテン先輩には悪いけど、それ、正解や。
 なんかよーわからへんけど、いいことなら、結弦先輩から聞きたい。
「ほんなら、椎名先輩待っとく。早よ、こーへんかなぁ」
 ベンチに両足乗っけて体操座りの格好で揺れてたら、倉持先輩が、笑いかけてきた。
 さっきのダダ下がりな笑顔じゃなくて、爽やかな微笑みや。

「よかったな、結弦と仲直りできて。あいつ、腹ん中に溜め込むタイプだから、凪君みたいに真っ直ぐな感情に引きずられたのかもね」
「なんか、その言い方、俺が無神経みたいや。結弦先輩に言われてもええけど、キャプテン先輩に言われたら、カチンってきます」
「結弦、結弦って。凪君、前に俺が言ったこと、覚えてない?」
「前に? 俺、先輩とどんな話ししたんですか?」
 さっぱり覚えてない。結弦先輩のこと、話したことしか記憶にない。
 首傾げてたら、頭をそっと撫でられた。

「俺さ、結弦と好きな子のタイプ、似てるんだよな」
 へえー。で? それがどないしたっていうんやろ。
「えっと、それで?」
 昔、好きな人がかぶったとか、初恋の人が同じやったとか? けど、そんな話しやったら、あんま聞きたない──
「凪、お待たせ」
「うわっ! び、びっくりしたっ」
 考えてたら、結弦先輩に後ろから急に抱きつかれた。

「し、椎名先輩、驚かせんといてよ。あ、掃除当番、お疲れさんです」
 敬礼して言ったら、俺とキャプテン先輩の間に、結弦先輩がぎゅって座ってきた。
 そっか。ここ、いつも先輩が座ってる場所や。ほんなら、俺が反対側に座ろ。
 ベンチから腰上げたら、結弦先輩に腕を掴まれた。
「凪はここ。倉持、お前が向こう側に行けよ」
 しっしって追い払うみたいな手つきで、倉持先輩を追い出してもた。

「結弦、お前なぁ。俺への扱い酷いな」
「なあ、凪。倉持がタイプがどうとか言ってたけど、あんな話、聞かなくていいからな」
 倉持先輩のこと無視するみたいに、結弦先輩が俺に言ってくる。
 この二人、幼馴染で親友やのに、仲悪いん?
「けど、ちゃんと話し聞かな、キャプテン先輩かわいそうやで。結弦先輩が部活に戻ったん、きっと一番喜んでくれてる人やと思うけど」
 真顔で言うたら、キャプテン先輩が泣いてる。もちろん、嘘泣きやけど。
「凪君だけだな、俺の気持ち、わかってくれるのは」

「なあ、凪に話しがあるんだ。倉持から聞いてないよな?」
 また、キャプテン先輩を無視した。もう、仲が良いんか悪いんかどっち?
「あ、それ! 聞きたかったんや。いいことって何? 先輩。俺、まだ聞いてへんで」
 結弦先輩を見て待ってたら、顔の横でピースサイン作って笑顔を見せてくれた。
「ウィンターカップの予選、決勝まで行ったぞ」
「ほ、ほんまに!? 勝ったん?」
「ほんまやで、凪君」
 エセ関西弁でキャプテン先輩が言うたけど、ツッコんでる場合とちゃう。

「やった! よかったな、先輩!」
 思わず先輩の手、ぎゅって握って喜んでもた。
「あ、ご、ごめん。つい、嬉しくて」
 慌てて手を引っ込めようとしたら、その手を引き止められた。
「ありがとう、凪。俺はまだ、試合には出てないけどね」
 そう言いながらでも、結弦先輩はめっちゃ嬉しそうや。
「なあ、先輩。試合いつ? 学校、休みの日やったらええのに」
 これまでの試合は平日で、学校が終わって駆けつけても間に合わへん時間やった。
 大きな大会に出るための決勝やったら、絶対に行きたい!

「今度の日曜日だよ、凪君」
「日曜! やった! バイトもないし、行ける。先輩、旗作るわ、俺」
「旗って。でも、うちわよりは目立たないか」
「俺はうちわがいいな。『投げキスして』とか書いてくれたらテンション上がる」
 ……あかん、俺の思考、キャプテン先輩とかぶってるわ。
「ほんなら、『こっち見んといて』って書いたの作りますね」
「酷いな。差別は良くない──あ、ラインきた。結弦、顧問から呼び出されたから言ってくる。凪君、また日曜に、待ってるからな」

 倉持先輩がおらへんようになったら、藤棚がシンって静かになった。
 制服の生地越しやけど、さっきからずっと、結弦先輩と肩が当たってる。
 ドキドキが半端ないけど、俺から離れるんもなんか悪い。
 もじもじしてたら、「凪」って呼ばれた。
「な、なに?」

 風に踊る枯葉を見ながら、結弦先輩が話し始めた。
「前、凪の髪、切ったとき、俺に、『痛ない?』って足のこと、聞いてくれたの覚えてるか?」
 あの日のことは全部、覚えてる。顔にタオルかかってたから、顔は分かれへんかったけど、悲しそうな声やったんはまだ耳に残ってる。
「うん、覚えてるで」
「あのとき、答えられなかったのは、痛くないって言ったら、じゃあ、なんでバスケしないのかって聞かれたくなかったからなんだ」
 そうやったんや……俺、気が利けへんな。そんな質問して。

「傷痕はもう痛くない。ただ、こわかったんだ。ジャンプして、また誰かの足踏んで怪我したらって恐怖が忘れられなかった」
 膝に置いてた俺の手を取って、先輩が自分の指、絡ませてる。
 先輩、なんか、甘えてるみたいな仕草やな。
「椎名先輩は、それでもバスケに戻ったやん。痛みより、怖さより、先輩の『好き』の方が強かったってことやん。……俺、凄いって思う。めっちゃ、応援したなる」
 先輩が小さく笑って、今度は全部の指、絡ませるみたいに手を繋いできた。

「そんなこと言われたら、頑張って試合に出ないとな。一分だけでも」
 繋いだ手を自分の頬にくっつけて、斜め下から俺をすくうように見てくる。
 先輩、その視線は反則や。ドキドキの文字が頭の中でリレーしてる。
「俺は凪にもらってばかりだから、俺も凪にもらってほしい」
「そんなんええって。それに、俺はなんも先輩にあげてないやん」
 恥ずかしいのを笑いで誤魔化すように言ったら、今度は先輩の両手で俺の手が包まれた。

「俺、凪が好きだ」
 び、びっくりした! 急に真顔で愛の告白みたいに言ってくるから、一瞬、本気にしてもたやん。
 わかってるで、先輩。俺のこと、後輩として好きなんやろ。
 あ、もしかしたら友達に昇格したんかも?
 どっちにしても、先輩のソレは恋とちゃう。ちゃんと俺はわかってる。
「俺も好きやで、先輩」
 軽い気持ちで言った。それやのに、先輩の次の言葉で俺の心臓は止まりかけた。

「よかった。それなら晴れて、俺ら両想いで恋人ってことだな」
 ……結弦先輩、今、なんて言うた?
 ロボットみたいにぎこちない動作で、先輩を見たら、最上級の微笑みで俺を見てた。
「せ、先輩。俺の聞き間違いちゃうかったら、恋人とか、両想いって聞こえた気がしてんけど……」
「合ってる、そう言ったよ」
 平然とした顔で言うから、俺の思考がついていけへん。

「えっと。先輩は俺のこと、後輩やから好きなんやろ?」
 ほんまにわからへんから聞いたのに、先輩の顔が悲しそうに歪んだ。
「そっか。凪は、俺のこと、先輩として好きなんだ……」
 ちゃう! ちゃうって。俺は、ずっと、先輩に恋してる。
 初めて先輩を見つけた中学んときから、俺の心は結弦先輩しか住んでへん。
 言いたい言葉はめっちゃあるのに、喉の奥で渋滞してる。

「凪は俺のこと、どう思ってる?」
 低くて甘い声や。俺の大好きな声。
 勇気出して、ちゃんと伝えな。やっぱりちゃうって言われる覚悟をして……
「……俺、初めて先輩を見たときから、ずっと……ずうっと先輩が好きやねん」
 顔から火が出るってこと、ほんまにあるんや。
 今、俺の顔、見えへんけど、絶対真っ赤や。
 必死に告白したのに、結弦先輩が目を瞑ってうっとりした顔してる。

「やっぱいいな。『好きやねん』って言葉。凪の声だからもっと心に沁みる」
 ゆっくり目を開けた瞬間、きれいな瞳に俺の全てが映ってた。
「先輩、俺……」
「ありがとう、凪。俺を好きになってくれて。凪が男の子だからとか関係ない。俺は、『浦島凪』ってひとりの人を好きになったんだ」
 ほんまに……ほんまに俺のこと──
 自分では口にしたと思ってたのに、声になってへん。代わりに、涙が溢れてきて、先輩の顔が見えへんくなってもた。

「凪の目に映る俺をもっと磨きたい。凪の視線が俺から離れていかないように。一ヶ月先も、一年後も、ずっと先まで凪の瞳には俺だけが映るような人間になりたい」
 そんなこと言われたら、余計に涙、止まらへんやんか。
「ず、ずるい……先輩、それはずるいわ」
「可愛いな、凪は。サッカーのエースにも倉持にも取られないよう、頑張らないとな」
 なに言ってるん。そんなこと、一生、ないから。
 俺が見つめる人はこの世で一人だけやもん。

「なあ、凪。お願いがあるんだけど」
 涙が止まらへん俺の頭、撫でてくれながら結弦先輩の吐息が、俺の耳に触れた。
「な……に? 何でも言うて」
「じゃ──」
 先輩の息が耳の裏を撫でる。くすぐったくて、体全部が心臓になったみたいや。
 先輩が耳に注いでくれたことは、俺もずっと望んでいたこと。
 囁かれた瞬間、それは俺の願いにもなった。