シュガースポットまで待って

 並んで歩くの、めっちゃ久しぶりや……
 さっきまで寒かったのに、今は体の中からぽかぽかしてあったかい。
 今、一緒にいることが信じられへん。
 チラッと横を見たら、同じタイミングで結弦先輩も俺を見てた。
 目が合った瞬間、猫が毛を立たせたみたいに、全身が震えてもた。

「凪、寒いだろ。そこのスタバでココアでも買おうか」
 お馴染みの看板を指さして、結弦先輩が言ってくれる。
「う、うん。あ、ほんなら俺、買うてくる……」
 店に向かって走り出した俺の手を、結弦先輩が握って引き止めてきた。
 手、握られてる……
 さっき、手首掴まれてたんと違って、先輩の温もりが手のひらに直で伝わってくる。

「一緒に買いに行こ」
 そう言って手を繋いだまま、結弦先輩がどんどん歩いていくから、慌てて足を動かした。
「せ、先輩。手、離さな。先輩が変な風に見られる」
「変な風って?」
 こっち見んと、歩きながら聞いてくる。
 変な風って言ったら、変な風やん。ゲイって思われるかもしれへんってことやん。
「そ、それは──」
「別にいい。どんな風に見られても、凪と一緒にいることに恥じるとこなんてない」 
「……っ、でも」
 言いたい言葉はあるのに、胸の奥に引っかかって出てこーへん。

 黙ったままでおったら、結弦先輩が立ち止まって、俺の手をぎゅって握り直してきた。
「凪。俺はお前に謝ることがあるんだ」
「せ、先輩が謝ることなんて一個もない。それに、謝るんは俺の方や」
 言いながら握ってる手に力が入った。涙も出そうになる。
 歯を食いしばって我慢してたら、結弦先輩がふわって花びらが舞うみたいに笑った。
「それは俺のセリフ。……ココア飲みながら、話そうか」
 先輩が言うと、また歩き出す。俺の手、握ったままで。

 店でココアを二つ買って少し歩いたら、小さな神社の鳥居を先輩がくぐった。
「こんなとこに神社があったんや。俺、知らんかった」
 学校の帰りとは反対方向やから、こっちの道、使ったことがない。
 初めて来た場所にキョロキョロしてたら、境内の階段に結弦先輩が座った。
 遠慮がちに隣に座ったら、先輩は何も言わんとココア、飲んでる。

「あちっ」
 口つけたら、思ったより熱かった。フーフーって冷ましてたら、横から笑い声が聞こえてきた。
「凪は猫舌か」
「うん。歩いてるうちにええ温度になったかなって思ったけど、まだやったわ」
 へへって、笑ったら、先輩が真剣な目で俺を見てきた。
 あれ、ここは笑うとこかと思ったのに。

「なあ、凪。俺、バスケ部に戻ったから」
 ずっと聞きたかった言葉が、結弦先輩の口からこぼれた。
「ほんまに……?」
「ほんま、ほんま」
 ココアの甘い吐息と一緒に、極上の関西弁が俺の心を蕩けさせてくる。
「……そっか」
 それ以上の言葉はいらんと思った。
 倉持先輩たちと一緒におったこと。バッシュケース持ってること。それが今の言葉を全部あと押ししてるから、これ以上の言葉は必要ない。

「凪……ごめんな。それと、ありがとう」
 え? ごめんなも、ありがとうの意味もわからへん。
 首を傾げてたら、髪の毛をクシャって撫でられた。
「映画、行こうとしたあの日、俺は凪に酷いことを言った。凪の言葉は全部、俺のためだったのに、俺は最低だった」
「先輩が最低なんてことない。俺がデリカシーがなかったんや。俺が、知らん間に先輩を傷つけてたんや。だから、先輩は悪ない」
 必死で言うてるのに、先輩がまた、頭を撫でてくれる。

「俺な。あのとき……負けたって思ったんだ」
「負けた?」
「サッカーしてる凪の友達。彼に俺は劣ってるって思った。怪我もして……推薦もなくなって、全部、負けてるって思った。そんな自分を凪に知られて、怖かったんだ」
 自嘲みたいに笑った顔は一瞬だけで、俺の方をまっすぐ見る先輩は清々しい顔してる。

「怖がってばかりで自分を卑下して、そうやって自分を守ってた。何も悪くない凪に八つ当たりして、悲しませて。そこまでして、ようやく気づいたんだ」
 陽だまりみたいな先輩の顔は、空を覆ってた曇天を吹き飛ばすみたいに輝いてる。
 気の利いたこと言いたいのに、先輩をもっと輝かせる言葉が見つからへん。
 紙コップを握ったまま、揺れてるココアを見つめてることしか。

「凪。俺、ブランクあるけど絶対、試合出るから。だからその時は見にきてくれるか」
「当たり前や! 行くに決まってる。旗作ってポンポンも作って。あ、それからうちわも作る。アイドルみたいに、『こっち見て』とか『ウィンクして』とか」
「それ、バスケと関係なくないか?」
 先輩が吹き出して笑った。
 これや、俺はこれが見たかったんや。

「あ、そっか。ほんなら何がええかな。あ、シュート一発と……か」
 先輩がじっと俺を見てる。これまで見たことない、目の奥になんや、熱いもんが潜んでるみたいな……
「……凪」
「は、はい」
 ココアよりも甘い声で急に名前呼ばれたから、思わず立ち上がってもた。
「凪。俺のそばにずっといてくれ」
 手を握りしめられて、そのまま元の場所に座らされた。
 手を繋いだまま、先輩の顔を見つめてたら、「違うな」って呟いてる。

「俺のそばにずっといてほしい、だ」
 え? さっきの言葉と今のん、どっちも一緒やん。なんで訂正すんの?
 意味を考えてたら、不意に先輩が俺の手首、触ってきた。
 あかん、ここは。ここには俺の黒歴史が──
「せ、先輩。これは、あの……」
「俺は弱いけど、もう、凪にこんなことさせない自信だけはある。俺も、凪の笑顔を見たいからな」
 手首の白い傷、指で撫でてくれながら言ってくれた。
 宣言みたいに聞こえたんは、俺の願望やろか。

「先輩は弱ない。全然、弱ない。リハビリ大変やったのに、ちゃんと治してまたバスケに戻ったんや。こんな強くてきれいな人、俺は他に知らん」
 照れくささなんてない。事実やから堂々と言える。
「ベタ褒めだな。けど、前に進みたいって思えたのは凪がいたからだ。だから、俺もちゃんと凪を守りたい」
 ずるい。そんなこと言われたら、泣きたなる。
 泣くの我慢してるのに、手首の傷を何も言わんと手で包んでくれるから、想いが膨らんで今すぐにでも伝えたなってまう。

 せやけど、それだけは言ったらあかん。
 先輩は俺のこと、大切な後輩って思ってくれてるだけや。
 喉から漏れそうになったのを、グッと飲み込んだ。
 ……欲張ったらあかん。
 俺の心は先輩が笑ろてくれたら弾むし、先輩が泣いたら痛い。あの日、初めて出会った時から、俺の心は先輩で出来てるねん。
 結弦先輩がまたバスケに戻ったんや。コートで輝く先輩がおる。
 それだけで十分、俺は幸せや。