結弦先輩の顔、浮かべながら歩いとったら、もうハチ公に着いとった。
まさやん、まだかなぁ。あ、あれ、そうちゃうか。
シュッとした背丈に、日焼けした肌。芸能人って言ってもおかしないくらいの男前は、やっぱり女子の視線を独り占めしとるな。
東京のイケてる女子が、チラチラ見てるやん。あのまま放っとったら、逆ナンされそうやな。
しゃーない。ここは、非モテ男で緩和したろ。
「って、自分で言うてて悲しいな。──おーい、まさやーん」
走りながら呼んだら、懐かしい笑顔で藤原将也、通称まさやんが手を振ってくれてる。
転校してからはメッセージのやり取りだけやったけど、またこうやって会えるん、幸せやな。
「おー、凪!」
「ひっさしぶり! まさやん、元気やった? 相変わらずイケメンやな」
「なんやそれ。会って早々、言うことか。もっとあるやろ」
「もっとってなんや?」
「もっとって言うんは……もっとやろ」
また始まった。この『もっと』って言葉に全部丸投げするクセ。昔から治らん。
まさやんの、ボキャブラリーの少なさは健在やな。けど、変わらんのが嬉しい。
「も、もうええやん。それより、なんか食わへん? 俺、朝飯、食ってへんねん」
Tシャツの上からお腹撫でて、腹ペコアピールするんも中学んときのままや。
それにしても、プチプラな服でも高そうに見えるんは、この顔が付いとるからやろな。
濃い茶色の髪は地毛やし、無造作にしとってもスタイリングしたみたいな髪型は便利そうや。
くりっとした目で笑ろたら子どもっぽなるから、サッカーしてるときなんか『可愛い』って、ハートマーク付けて女子は叫んでんもんな。
「朝飯抜きは腹減るわな。ほんなら先になんか食べに行こか。何かリクエストある?」
「ある、ある! アメリカンダイナーに行きたいねん」
「アメリカンダイナー? 何やそれ。珈琲の名前か?」
「アホか。それはアメリカンやろ。アメリカンダイナーはな、簡単に言うたらアメリカの大衆食堂や」
めっちゃ得意げに言うやん。さては誰かに知識もろたな。
「へえ、よー知ってるな、まさやん。いつからそんなオシャレなん詳しなったん? あ、もしかして彼女に教えてもろたんやろ。凛子ちゃんやったっけ?」
「ちゃうわ。凛子とはとっくに別れとる。知っとうくせに、傷口えぐらんといて。店は従姉妹の姉ちゃんが教えて──」
「かかったな。自ら自白するとは、まさやんもまだまだやな」
ニヤってわざとらしく不的な笑み浮かべたったら、めちゃくちゃ悔しそうな顔になった。
こういう素直なとこが、まさやんの武器やって俺は思てる。
「くっそ、ひっかかってもたわ。俺、いつになったら凪の誘導に勝てるんやろ」
「藤原将也君。君は、まだまだ修行が足りひんみたいやな。ま、頑張りたまえ」
肩をポンポンって叩いたら、まさやんがジッと俺を見てきた。
「どないしたん? 腹減りすぎて動かれへんのか?」
ちゃうわ、って懐かしいツッコミくれたあと、まさやんがニコって笑ろてきた。
「凪は変われへんな。関西弁のまんまやし、俺、嬉しいわ」
今度はまさやんが俺の肩を叩いて、そのまま肩を組んできた。
久々に会えて喜んでるの、俺だけちゃうかってんな……
「当たり前や。関西弁は俺のソウルやで。それに、俺が標準語でしゃべったら、皇族の人みたいに見えてみんな平伏してもたら困るやろ?」
「皇族って。えらいとこ、出してきたな。東京に住んでても変わらんお前で安心するわ」
やろ? って笑いながらまさやん見たら、まさやんも同じように笑ろてた。
──ああ、こういう感じやったな。
中学のときと変わらん空気が戻ってきて、胸ん中、ほわってあったかくなるわ。
お互いの近況報告しながら歩いてたら、あっという間にダイナーとやらの店に着いた。
そこで顔よりデカいハンバーガーを頬張りながら、まだまだ尽きひん話しをよーさんした。
腹いっぱい食って、腹痛なるくらい笑って店を出たら、今度は買い物や。
「次はスポーツショップやな。俺の今日のメイン、そこやねん」
まさやんが言った瞬間、心の中でよっしゃって叫んでた。
前から計画してた下見が、まさか今日できるって思わへんかった。
結弦先輩へのプレゼント。いつか、先輩がバスケ復活したときのために考えてたこと。
けど、バスケのこと知らんから、何を買えばいいかわからへん。そやから、店には一回来たいって思ってたんや。
店を出て宇田川町の方に歩いていくと、まさやんが好きそうなスポーツショップに着いた。
一階がバスケ用品、二階がサッカーとフットサルのグッズのフロアになってる店や。
店の前で「着いたで」って指さしたあと、まずは二階に上がってサッカーグッズを見て回った。
サッカーとフットサルって、どう違うんや? 人数? コートの広さか?
スポーツ疎いから、よーわからんわ。
壁に飾ってる選手のポスター見てたら、「お待たせー」って声が聞こえた。
「うわっ、まさやん。それ、全部買うんか?」
振り返ったら、まさやんがカゴいっぱいにして立ってた。
「当たり前やん。せっかく東京来てんのに、ここにしかないもん買わな」
「せやけど、靴下、こんだけもいる? 十足はあるんちゃう? しかも、赤系ばっかりやん」
カゴに入ってる、大量の靴下を水をすくうみたいに持ち上げたら、その手をペチンって叩かれた。
「靴下は大事やねんで。大切な足を守ってくれんねんから」
「大切な……足」
「そうや。サッカーにしても、バスケにしても足が命や。そこを守るんにケチったらあかんねん」
足が命……そらそうや。
バスケも走り回るスポーツやし、くるぶしなんか特に繊細や。
──そうや、俺も守らなあかん。結弦先輩の足を。
「決めた! まさやん、ありがとうな」
「お、おう。で、何がありがとうなん? 何を決めたんや?」
首かしげてるまさやんに、
「なあ、一階のバスケんとこ、付き合ってくれへん」
「バスケ? 凪、バスケ始めたんか?」
会計に並びながら、まさやんが不思議そうに聞いてきた。
中学んときから運動部に興味なかった俺が、『バスケ』ってワード、口にしたんが意外やったみたいや。
まさやんに、話してみよか。結弦先輩のこと……
男を好きになったなんて聞いたら、やっぱり引いてまうやろか。
両手にショップバッグ持つまさやんの背中を、人差し指でツンツンって突いた。
「なに?」って振り返ったまさやんを見て、ゴクッと喉が動いてもた。
まさやんに愛の告白するんちゃうのに、めっちゃ胸がドキドキしとる。
「……なんや、何でも話してみ」
中学二年間ってすごいな。一緒におったのがそんだけでも、中身が濃かったんや。
俺の表情、変わっただけで、何か察してくれてる。
離れてても、俺らの絆は伊達やない──そう思わせてくれる目ぇしてた。
一階のバスケコーナーに降りたタイミングで、まさやんの顔、真っ直ぐに見た。
「あんな、まさやん。俺がさっき『決めた』って言うたんはな、大好きな人がバスケやってるからやねん」
両手をぎゅっと握りしめて、まさやんを見続けてたら、くりっとした目がもっとデカなった。
「凪、お前、とうとう好きな子できたんか。中学んときから、恋愛に興味ないって言っとったお前が。なんや、女バスの子か」
恋愛に興味ないわけやないけど、そうくるわな、普通は。
ゆっくり首左右に振って、はっきりと「ちゃう」って言うた。跳ね上がってる心拍数、無視して。
「え、女バスちゃうんやったら、なんでバスケ──」
「男の先輩やねん。今、三年生の人」
棚に並んでる靴下の中から、紺色のラインが入った一足、手にしながら言った。
緊張して、手が震えてるん自分でも見てわかる。
これ、まさやんも気づいるかもしれへんな。
また関西に帰ってまう、まさやんに言うんは卑怯なんかもしれへん。けど、タイミングっていうか、今しかないって思ってもたんや。
「……男?」
まさやんの目がビー玉みたいに丸なった。そのまま瞬きもせんと、じっと俺を見てる。
「へ、変なこと言うてもたな。けど、俺はずっと──」
「……プハァ。悪い、びっくりし過ぎて息するん忘れとった」
息苦しそうな顔して、俺のこと覗き込んでくる。
「そんで? 初めて恋を知った凪君は、どんな気持ちになってるんや? お兄さんに心の音、聞かしてみ」
人のこと君付けで呼びながら、俺の心臓に耳当ててくる。どれどれ、なんか言って。
「だ、誰がお兄さんやねん。今は、ドキドキなんかしてへんわ」
「今は、か。ええやん、相手が男でも女でも恋したら成長できるで。いくらうぶな凪でもな」
「う、うぶってなんやねん。ひとたらしに言われたないわ」
ぷいってそっぽ向いたら、まさやんが俺の首に腕回してきた。
そのまま顔ごと首をロックされたら、「喰らえ、ヘッドロック」って叫びながら、頭ごとまさやんの脇の下に抱えられてもた。
「ちょ、ちょお、苦しいっ。たんま、たんまやって」
ロープみたいにまさやんの腕を叩いて逃げようとしたら、棚の向こうから視線を感じた。
腕の隙間から覗いた瞬間、まさやんの腕を暖簾みたいに押し除けて今度は俺が叫んでた。
「し、椎名先輩!」
まさやんの腕の中から顔だけ出した俺を、結弦先輩がじっと見てる。
けど、笑ってへん。いつもの優しい顔と違う、気持ちが空っぽみたいな目や。
「凪……買い物か」
静かで低い声で聞かれた。店内の冷房よりも冷えてる声や。
「せ、先輩っ。あの──」
ヤバい! プレゼント内緒やのにバレたら困る。
焦ってたらまさやんが俺の肩から腕を外して、先輩の前にすっと立った。
「初めまして、凪の友達の藤原です。……凪の高校の先輩ですか?」
まさやん、早い! 俺が紹介したかったのに、先に言わんといて。
「椎名先輩。あのな、こいつ、関西におったときの親友で、まさやんって言うねん」
先輩に紹介したら、横でまさやんが、ぺこって頭下げてる。けど、椎名先輩の唇は閉じたままで軽く会釈だけしてた。
何やろ。いつもの先輩と様子がちゃう……
何か言わなあかんのに、喉の奥が塞がってうまいこと声が出されへん。
「せ、先輩も買いもん? 俺らもやねん。まさやん、サッカーしてるから。ほら、見たって。こんなよーさんの靴下。十足やで。足、何本あんねんってツッコミたなる……わ」
笑ろてもらおう思って、ショップバック見せながら言ったけど、結弦先輩の目が固まってる。口の端は上がってんのに、笑ってる感じが全然せぇへん。
いつもみたいに俺を見てくれる目やない。
声が勝手に尻すぼみになってまう。なんでやろ。俺、なんか変なこと言った?
「……サッカーしてるんだ。背も高いし、かっこいい友達だな」
やっとしゃべってくれたのに、先輩の声、今までで一番、冷たい。
こんな空気、いやや。早よ、何とかせな。
「そ、そうやねん! 先輩、まさやんな、アンダー十八に選ばれて、スペインに強化合宿にも行ってんで。しかも、プロから声もかかってるねん」
先輩の気持ち惹こうおもて、親友のこと話したら、表情がますます曇ってきた。
「……そうか。凄いな」
短くて重たい声で返事が耳に流れてきた。
俺の冗談も友達の話しも、今日の先輩の心には全然、届けへん。
ちゃうわ……。これ、跳ね除けられてるんや。
「せ、先輩。俺、まだ、ボンバーの練習、見に行ったらあかんの?」
一瞬、結弦先輩が、あって顔になったけど、目の前のTシャツに視線が落ちてもた。
ハンガーをカラカラって動かして、服、選んでる手つきやのに、どの服も瞳に映ってない。
「そうだな。足の怪我、平気だったらな」
「ほんまに! ほんなら、早速、来週に──」
「けど、凪。見てるだけなの、面白くないだろ。体育館、暑いし。おまけに怪我もしたしさ。それにバスケもしないのに、こんな店来てるのも、どうかなって」
俺の言葉にかぶせるよう言った声が、先輩らしくない。別人が言うたみたいで怖い。
顔も、遠慮のかたまりみたいによそよそしい。
体も心も固まってたら、ガシャンッて、ハンガーが端っこに寄せられた音でハッとした。
「椎名……先輩。あの、俺……」
声が出えへん。いつもなら、新喜劇に負けへんくらい、セリフが出てくんのに。
先輩がハンガーの棒、握ってる横顔見てたら、声かけられへん。
「ごめん。変なこと言ったな。じゃ、俺は帰るから。ごゆっくり。えっと、お友達も、東京、楽しんで」
くるって背中向けて、結弦先輩が店を出て行った。それやのに、追いかけられへん。
「凪……その靴下、買わなあかんぞ」
まさやんに言われて、自分の手を見たら泣きそうになってもた。
靴下を持ったままやったから、ビニール袋がしわくちゃになってもてる。
「……ほんまや。お買い上げやな。俺、バスケ、せえへんけど」
「お前がさっき言った好きな人って、今の人やろ」
直球なまさやんの質問に、俺は頷いた。もう、頷くしか出来ひんかった。
まさやん、まだかなぁ。あ、あれ、そうちゃうか。
シュッとした背丈に、日焼けした肌。芸能人って言ってもおかしないくらいの男前は、やっぱり女子の視線を独り占めしとるな。
東京のイケてる女子が、チラチラ見てるやん。あのまま放っとったら、逆ナンされそうやな。
しゃーない。ここは、非モテ男で緩和したろ。
「って、自分で言うてて悲しいな。──おーい、まさやーん」
走りながら呼んだら、懐かしい笑顔で藤原将也、通称まさやんが手を振ってくれてる。
転校してからはメッセージのやり取りだけやったけど、またこうやって会えるん、幸せやな。
「おー、凪!」
「ひっさしぶり! まさやん、元気やった? 相変わらずイケメンやな」
「なんやそれ。会って早々、言うことか。もっとあるやろ」
「もっとってなんや?」
「もっとって言うんは……もっとやろ」
また始まった。この『もっと』って言葉に全部丸投げするクセ。昔から治らん。
まさやんの、ボキャブラリーの少なさは健在やな。けど、変わらんのが嬉しい。
「も、もうええやん。それより、なんか食わへん? 俺、朝飯、食ってへんねん」
Tシャツの上からお腹撫でて、腹ペコアピールするんも中学んときのままや。
それにしても、プチプラな服でも高そうに見えるんは、この顔が付いとるからやろな。
濃い茶色の髪は地毛やし、無造作にしとってもスタイリングしたみたいな髪型は便利そうや。
くりっとした目で笑ろたら子どもっぽなるから、サッカーしてるときなんか『可愛い』って、ハートマーク付けて女子は叫んでんもんな。
「朝飯抜きは腹減るわな。ほんなら先になんか食べに行こか。何かリクエストある?」
「ある、ある! アメリカンダイナーに行きたいねん」
「アメリカンダイナー? 何やそれ。珈琲の名前か?」
「アホか。それはアメリカンやろ。アメリカンダイナーはな、簡単に言うたらアメリカの大衆食堂や」
めっちゃ得意げに言うやん。さては誰かに知識もろたな。
「へえ、よー知ってるな、まさやん。いつからそんなオシャレなん詳しなったん? あ、もしかして彼女に教えてもろたんやろ。凛子ちゃんやったっけ?」
「ちゃうわ。凛子とはとっくに別れとる。知っとうくせに、傷口えぐらんといて。店は従姉妹の姉ちゃんが教えて──」
「かかったな。自ら自白するとは、まさやんもまだまだやな」
ニヤってわざとらしく不的な笑み浮かべたったら、めちゃくちゃ悔しそうな顔になった。
こういう素直なとこが、まさやんの武器やって俺は思てる。
「くっそ、ひっかかってもたわ。俺、いつになったら凪の誘導に勝てるんやろ」
「藤原将也君。君は、まだまだ修行が足りひんみたいやな。ま、頑張りたまえ」
肩をポンポンって叩いたら、まさやんがジッと俺を見てきた。
「どないしたん? 腹減りすぎて動かれへんのか?」
ちゃうわ、って懐かしいツッコミくれたあと、まさやんがニコって笑ろてきた。
「凪は変われへんな。関西弁のまんまやし、俺、嬉しいわ」
今度はまさやんが俺の肩を叩いて、そのまま肩を組んできた。
久々に会えて喜んでるの、俺だけちゃうかってんな……
「当たり前や。関西弁は俺のソウルやで。それに、俺が標準語でしゃべったら、皇族の人みたいに見えてみんな平伏してもたら困るやろ?」
「皇族って。えらいとこ、出してきたな。東京に住んでても変わらんお前で安心するわ」
やろ? って笑いながらまさやん見たら、まさやんも同じように笑ろてた。
──ああ、こういう感じやったな。
中学のときと変わらん空気が戻ってきて、胸ん中、ほわってあったかくなるわ。
お互いの近況報告しながら歩いてたら、あっという間にダイナーとやらの店に着いた。
そこで顔よりデカいハンバーガーを頬張りながら、まだまだ尽きひん話しをよーさんした。
腹いっぱい食って、腹痛なるくらい笑って店を出たら、今度は買い物や。
「次はスポーツショップやな。俺の今日のメイン、そこやねん」
まさやんが言った瞬間、心の中でよっしゃって叫んでた。
前から計画してた下見が、まさか今日できるって思わへんかった。
結弦先輩へのプレゼント。いつか、先輩がバスケ復活したときのために考えてたこと。
けど、バスケのこと知らんから、何を買えばいいかわからへん。そやから、店には一回来たいって思ってたんや。
店を出て宇田川町の方に歩いていくと、まさやんが好きそうなスポーツショップに着いた。
一階がバスケ用品、二階がサッカーとフットサルのグッズのフロアになってる店や。
店の前で「着いたで」って指さしたあと、まずは二階に上がってサッカーグッズを見て回った。
サッカーとフットサルって、どう違うんや? 人数? コートの広さか?
スポーツ疎いから、よーわからんわ。
壁に飾ってる選手のポスター見てたら、「お待たせー」って声が聞こえた。
「うわっ、まさやん。それ、全部買うんか?」
振り返ったら、まさやんがカゴいっぱいにして立ってた。
「当たり前やん。せっかく東京来てんのに、ここにしかないもん買わな」
「せやけど、靴下、こんだけもいる? 十足はあるんちゃう? しかも、赤系ばっかりやん」
カゴに入ってる、大量の靴下を水をすくうみたいに持ち上げたら、その手をペチンって叩かれた。
「靴下は大事やねんで。大切な足を守ってくれんねんから」
「大切な……足」
「そうや。サッカーにしても、バスケにしても足が命や。そこを守るんにケチったらあかんねん」
足が命……そらそうや。
バスケも走り回るスポーツやし、くるぶしなんか特に繊細や。
──そうや、俺も守らなあかん。結弦先輩の足を。
「決めた! まさやん、ありがとうな」
「お、おう。で、何がありがとうなん? 何を決めたんや?」
首かしげてるまさやんに、
「なあ、一階のバスケんとこ、付き合ってくれへん」
「バスケ? 凪、バスケ始めたんか?」
会計に並びながら、まさやんが不思議そうに聞いてきた。
中学んときから運動部に興味なかった俺が、『バスケ』ってワード、口にしたんが意外やったみたいや。
まさやんに、話してみよか。結弦先輩のこと……
男を好きになったなんて聞いたら、やっぱり引いてまうやろか。
両手にショップバッグ持つまさやんの背中を、人差し指でツンツンって突いた。
「なに?」って振り返ったまさやんを見て、ゴクッと喉が動いてもた。
まさやんに愛の告白するんちゃうのに、めっちゃ胸がドキドキしとる。
「……なんや、何でも話してみ」
中学二年間ってすごいな。一緒におったのがそんだけでも、中身が濃かったんや。
俺の表情、変わっただけで、何か察してくれてる。
離れてても、俺らの絆は伊達やない──そう思わせてくれる目ぇしてた。
一階のバスケコーナーに降りたタイミングで、まさやんの顔、真っ直ぐに見た。
「あんな、まさやん。俺がさっき『決めた』って言うたんはな、大好きな人がバスケやってるからやねん」
両手をぎゅっと握りしめて、まさやんを見続けてたら、くりっとした目がもっとデカなった。
「凪、お前、とうとう好きな子できたんか。中学んときから、恋愛に興味ないって言っとったお前が。なんや、女バスの子か」
恋愛に興味ないわけやないけど、そうくるわな、普通は。
ゆっくり首左右に振って、はっきりと「ちゃう」って言うた。跳ね上がってる心拍数、無視して。
「え、女バスちゃうんやったら、なんでバスケ──」
「男の先輩やねん。今、三年生の人」
棚に並んでる靴下の中から、紺色のラインが入った一足、手にしながら言った。
緊張して、手が震えてるん自分でも見てわかる。
これ、まさやんも気づいるかもしれへんな。
また関西に帰ってまう、まさやんに言うんは卑怯なんかもしれへん。けど、タイミングっていうか、今しかないって思ってもたんや。
「……男?」
まさやんの目がビー玉みたいに丸なった。そのまま瞬きもせんと、じっと俺を見てる。
「へ、変なこと言うてもたな。けど、俺はずっと──」
「……プハァ。悪い、びっくりし過ぎて息するん忘れとった」
息苦しそうな顔して、俺のこと覗き込んでくる。
「そんで? 初めて恋を知った凪君は、どんな気持ちになってるんや? お兄さんに心の音、聞かしてみ」
人のこと君付けで呼びながら、俺の心臓に耳当ててくる。どれどれ、なんか言って。
「だ、誰がお兄さんやねん。今は、ドキドキなんかしてへんわ」
「今は、か。ええやん、相手が男でも女でも恋したら成長できるで。いくらうぶな凪でもな」
「う、うぶってなんやねん。ひとたらしに言われたないわ」
ぷいってそっぽ向いたら、まさやんが俺の首に腕回してきた。
そのまま顔ごと首をロックされたら、「喰らえ、ヘッドロック」って叫びながら、頭ごとまさやんの脇の下に抱えられてもた。
「ちょ、ちょお、苦しいっ。たんま、たんまやって」
ロープみたいにまさやんの腕を叩いて逃げようとしたら、棚の向こうから視線を感じた。
腕の隙間から覗いた瞬間、まさやんの腕を暖簾みたいに押し除けて今度は俺が叫んでた。
「し、椎名先輩!」
まさやんの腕の中から顔だけ出した俺を、結弦先輩がじっと見てる。
けど、笑ってへん。いつもの優しい顔と違う、気持ちが空っぽみたいな目や。
「凪……買い物か」
静かで低い声で聞かれた。店内の冷房よりも冷えてる声や。
「せ、先輩っ。あの──」
ヤバい! プレゼント内緒やのにバレたら困る。
焦ってたらまさやんが俺の肩から腕を外して、先輩の前にすっと立った。
「初めまして、凪の友達の藤原です。……凪の高校の先輩ですか?」
まさやん、早い! 俺が紹介したかったのに、先に言わんといて。
「椎名先輩。あのな、こいつ、関西におったときの親友で、まさやんって言うねん」
先輩に紹介したら、横でまさやんが、ぺこって頭下げてる。けど、椎名先輩の唇は閉じたままで軽く会釈だけしてた。
何やろ。いつもの先輩と様子がちゃう……
何か言わなあかんのに、喉の奥が塞がってうまいこと声が出されへん。
「せ、先輩も買いもん? 俺らもやねん。まさやん、サッカーしてるから。ほら、見たって。こんなよーさんの靴下。十足やで。足、何本あんねんってツッコミたなる……わ」
笑ろてもらおう思って、ショップバック見せながら言ったけど、結弦先輩の目が固まってる。口の端は上がってんのに、笑ってる感じが全然せぇへん。
いつもみたいに俺を見てくれる目やない。
声が勝手に尻すぼみになってまう。なんでやろ。俺、なんか変なこと言った?
「……サッカーしてるんだ。背も高いし、かっこいい友達だな」
やっとしゃべってくれたのに、先輩の声、今までで一番、冷たい。
こんな空気、いやや。早よ、何とかせな。
「そ、そうやねん! 先輩、まさやんな、アンダー十八に選ばれて、スペインに強化合宿にも行ってんで。しかも、プロから声もかかってるねん」
先輩の気持ち惹こうおもて、親友のこと話したら、表情がますます曇ってきた。
「……そうか。凄いな」
短くて重たい声で返事が耳に流れてきた。
俺の冗談も友達の話しも、今日の先輩の心には全然、届けへん。
ちゃうわ……。これ、跳ね除けられてるんや。
「せ、先輩。俺、まだ、ボンバーの練習、見に行ったらあかんの?」
一瞬、結弦先輩が、あって顔になったけど、目の前のTシャツに視線が落ちてもた。
ハンガーをカラカラって動かして、服、選んでる手つきやのに、どの服も瞳に映ってない。
「そうだな。足の怪我、平気だったらな」
「ほんまに! ほんなら、早速、来週に──」
「けど、凪。見てるだけなの、面白くないだろ。体育館、暑いし。おまけに怪我もしたしさ。それにバスケもしないのに、こんな店来てるのも、どうかなって」
俺の言葉にかぶせるよう言った声が、先輩らしくない。別人が言うたみたいで怖い。
顔も、遠慮のかたまりみたいによそよそしい。
体も心も固まってたら、ガシャンッて、ハンガーが端っこに寄せられた音でハッとした。
「椎名……先輩。あの、俺……」
声が出えへん。いつもなら、新喜劇に負けへんくらい、セリフが出てくんのに。
先輩がハンガーの棒、握ってる横顔見てたら、声かけられへん。
「ごめん。変なこと言ったな。じゃ、俺は帰るから。ごゆっくり。えっと、お友達も、東京、楽しんで」
くるって背中向けて、結弦先輩が店を出て行った。それやのに、追いかけられへん。
「凪……その靴下、買わなあかんぞ」
まさやんに言われて、自分の手を見たら泣きそうになってもた。
靴下を持ったままやったから、ビニール袋がしわくちゃになってもてる。
「……ほんまや。お買い上げやな。俺、バスケ、せえへんけど」
「お前がさっき言った好きな人って、今の人やろ」
直球なまさやんの質問に、俺は頷いた。もう、頷くしか出来ひんかった。

