シュガースポットまで待って

 結弦:ごめん、今日のボンバーの練習。用事で遅れて行くから。
 凪:それやったら、俺も行かんとく……
 ピコーン
 打ってる途中やのに、結弦先輩から次のメッセがきた。
 結弦:千加良が無茶するかもやから、見張り、頼む。
 既読──

「千加良君の見張りって。俺なんかおらんでも、タカシさんの孫なんやしあの子ひとりでも大丈夫やって」
 スマホの画面に向かって呟いてたら、またメッセが飛んできた。
 結弦:凪、頼む。
「うわ、このスタンプ。ずるいわ。可愛すぎるやん」
 二頭身の柴犬が、汗かいてお辞儀してる。こんなん送ってこんといてよ、先輩。
「スタンプ使い、うますぎるわ。けど、結弦先輩に頼まれたら断られへん……」

 凪:わかった。先行っとくから、先輩も気をつけて来てな。
 結弦:さんきゅ。じゃ、また後で。
 また、ワンコスタンプきたっ。
「今度はトイプードル……トイプって、俺みたいやって前、言われた犬やん」
 もー。こんなんされたら……
「惚れてまうやろー! って、あかんな、人のギャグ使こたら」
 ひとりボケツッコミしながらクローゼット開けたら、バッシュケースが目についた。

 結弦先輩が愛用しとったのとお揃いの、バッシュケース。
 このバッシュケースが飛んできて頭に当たったから、あのとき、俺はすぐわかったんや。
 スポーツブランド調べて、こっそり買ったけど、使うチャンスはないままのやつやけど。
「こんなんまで持ってるって千加良君が知ったら、また怒られそうやな」
「あー、ほんまは行きたないなぁ」
 その理由は二個ある。
 一個は、手首の傷が先輩にバレてもたこと。それと──
「千加良君と会いづらいねんって……二個目、口に出してもたやん」

 弱々な俺は、結弦先輩の笑顔を初めて見た、あの日の電車に置いてきたのに。
 先輩、俺の手首のことで辛そうな顔してたな。口数も少ななってもたし。
「千加良君は、相変わらず俺のこと睨んどったけどな」
 タカシさんらは何もなかったみたいに練習再開して、時間になって解散した。
「みんな大人やもんな。俺みたいな子どもの扱いに慣れてるんや」
 今の俺、暗すぎやな……

「あかん、気合い入れよ」
 両手でサンドイッチみたいに、パッチーンって思いっきりほっぺた挟んだった。
 プロレスの人のホンモノとちゃうけど、ちょっとは闘魂注入できた気がする。
「よし、行くで。千加良坊ちゃんのお目付け役、しかと引き受けた」
 うだうだ悩んでる間に、もうええ時間になってた。
 体育館シューズをリュックに入れて、スポドリも一本持って行こ。
「あ、あとタオルいるわ」
 夏休み、真っ只中の体育館は蒸し風呂やもんな。
「でもさすが東京の体育館や、エアコンついててびっくりしたわ」

 誰もおらへんリビングで呟いてたら、スマホがまた鳴った。
 誰やろ。あ、もしかしてまた結弦先輩やったりして。
 うきうきしてポケットからスマホ出したら、お目当ての人ちゃうかった。
 けど、送り主の名前に、落ちてた心がロケット花火みたいに飛んだ。

「まさやん! まさやんや、どないしたんやろ」
 メッセージを開けて読んだ途端、「マジでっ!」て叫んでもた。
『夏休みやから、スタンドバイミーしにそっち行くわ』
「え、え。まさやん、ほんまに東京来るん? いつ、いつ来るんや」
 嬉しすぎて、早よ返信したいのに、文字が上手く打たれへん。
「あ、既読ついた。えっと、親のお盆休みに東京の親戚の家に行くから……か。えー、まさやんの親戚、東京におったんや」
 ほんなら、ちょいちょい、東京来れたりして? ほんで、こっちの大学受験とかしてくれたらええな。
 中三で引っ越して以来、会えてへんもんな。嬉しいなぁ、顔見れるん。

「あ、あかん。心が親友んとこに飛んどったら、時間忘れとったわ」
 早よ行こ、早よ行こ。
 今日って確か、二時から体育館とってるって、サエさん言ってたな。
「今、一時三十分か。……余裕で間に合うな」
 間に合うって言ったそばから、俺の足はなんで早足になるんや。
 こんだけ暑いのに、汗かいてまう。わかってんのに、急いでまうのは結弦先輩に頼まれごとされたからや。
 それに、遅れたら千加良君に嫌味言われそうやし。
「それでもええか。夏休みやから先輩と会われへんって思ってたから、棚ぼたって思っとこ」
 
 ****
 
「あれ? タカシさん、予約時間って、二時ちゃいましたっけ」
「おお、凪君。暑いのにご苦労さん。それがな──」
「ごめーん、凪君。あたしが時間、間違えてみんなに伝えてたの」
 拝むような手つきでチーちゃんがやって来た。
「え、時間、間違えたんですか?」
「そうなの。いつも二時だから、つい今日もそのつもりでグループラインしたんだけど、今日、近所の小学生チームが練習試合してて、一時間遅い枠だったの忘れてて」
 本当にごめんねと、目尻にしわ作って謝るから、満開の笑顔で言った。

「ほんなら、外でストレッチでもどうです? それともラジオ体操は?」
 体育館の横にある芝生を指さして言ったら、ミオちゃんの目がキラって光った。
「じゃ、裏山にでも散歩しに行く? ここで待つより涼しいと思うわよ」
「ここに山なんかあるんですか?」
 街中に山って、ほんまに? 首を傾げてたら、オサムちゃんと目が合った。
「山っていうほどじゃないよ。そうだな、丘?」
「あら、でも丘にしては緑ヶ丘は結構な高さよ」
「けど、丘は丘だろ」
「『緑ヶ丘』っていうくらいだしな」
「あーもう、丘でも山でもどっちでもいいし。時間もったいないから行こうよ」
 タカシさんのツッコミの上からかぶせるよう、千加良君の鶴の一声。
 じゃあ、行こうかと全員の足並みが緑ヶ丘に向かう。

 膝ボンバーのメンバーと千加良君となぜか俺、浦島凪の一行は、山──じゃなくて、緑ヶ丘目の頂上を目指したのであった。って、絵本ちゃうねんから。
 でも頂上まで行って帰って、ちょうどええ時間潰しになるってカズさん、言ってるし。
 ま、ええか。俺、緑ヶ丘行くん初めてやから楽しみ。
 そうや。きれいな景色あったら写真撮って、結弦先輩に送ろ。
 なんか楽しなってきたけど、俺の今日の使命は、千加良君を見守ることや。
 もう中二やし、何も変なことせーへんやろ……って、ちょっと待って。あの子、どこに登ってるんや。
 みんなで散歩コース歩いてたら、千加良君が道を逸れて崖みたいなとこ、よじ登ろうとしてる。
 これは止めな。滑って怪我でもしたら大変や。

「千加良君、あかん、そこ登ったら。危ないから降りてき」
 むき出しになってる木の根っこ掴んで、千加良君の足が岩に乗っかってる。
 あの岩、グラグラしてへん?
 土に刺さっただけみたいに見える。もし、抜けてもたらバランス崩して危険やって。
「平気。こっから登った方が近道だから、俺のことは無視して先に行って」
 そんなん言って、落ちたらどうすんねん。
 ロッククライミングみたいに岩を掴んでるけど、そこの土、雨でゆるんでない? 
 よー見たら、千加良君の靴、泥でめっちゃ汚れてるやんか。
 ああ、ほら。片足、ズルッて滑りかけてる。

「あかんって、千加良君。その根っこも岩も信用したらあかんやつやって」
「どうしたー。置いてくぞー」
 タカシさんの声や。千加良君になんかあったら、じいちゃんやもん、責任感じて悲しむわ。早よ、止めな。
「千加良君、タカシさんが心配するから、降りて!」
「俺のことほっといて。先に頂上に行って、じいちゃん驚かせるんだから」
 千加良君が片足外して、全体重、反対の岩に乗せて俺を見下ろしくる。
 まずい!
「千加良君、その根っこ離して、横の太い木にしがみついて!」

「もー。何だよ、あんた、さっきからうるさ──うわあぁっー」
「ほら、見てみぃ! くそ、間に合うか」
 リュック投げ出して、両手両足、使って崖をよじ登った。
 思った以上に土がぬかるんでて、足がとられる。けど、千加良君を守らな!
 結弦先輩の大切な従兄弟やねんから。
 体勢を崩した千加良君の足が浮いて、支えがなくなった。
 空気が一瞬止まったみたいな中、千加良君が背中から落ちてくる。
 地面にぶつかったらヤバい! 絶対に受け止めな! 

 両腕をいっぱいに広げて、飛び込むみたいに前に出た。足元の土が頼りなくて、公園の砂場みたいに足が沈む。つま先にチカラ入れて踏ん張らな、俺まで倒れてまう。
 足を一歩、崖にかけようとしたその瞬間、ガツッ──!
 太ももの横が、鋭い何かにザクッと裂かれた。痛みが脳みそまでズキンって響く。
 叫び声と一緒に、千加良君が俺の腕の中に落ちてきた。
 よし、しっかり受け止めたで!
 勢いで尻もちついて、背中から斜面に倒れそうになったから下半身に力込めた。
 体のどっかが、ビリって痺れる。けど、今はそれどころやない。

「ち、千加良君、大丈夫か!?」
「……っ、足……ひねった、かも」
 涙こらえてる顔して、必死に答えてくれた。
 腕の中におる体がちょっと震えてる。けど、骨とかは折れてへんっぽい。
 よかった。けど、安心するんは、病院行ってからや。
「そうか。けど、大丈夫や。……すぐ、病院連れてったるからな」
「……へ、平気。これくらい、自分で歩ける」
「あかん! 捻挫を甘く見たらあとでえらい目に遭うで。ほら、俺の背中に乗って!」

 斜面に逆らってるから、重力が俺らを引きずり下ろそうとしてくる。
 くそ、踏ん張らな!
 遠慮しとんのか、意地っ張りやからか、なかなか背中に乗ってこーへん。
 こーなったら強制連行や。
 千加良君の腕を掴んで、自分の背中に乗るように引き寄せた。
 トンッて、自分より小さい重みが背中に乗った瞬間、太ももにズキッと痛みが走った。
 そのあと遅れて、皮膚の下からズンズン熱が追いかけてくる。

「乗ったか? ちゃんと肩、掴まりよ。病院まで運んだるから」
「いいって……それにあんた、ケガ──」
「ええって言うたらええねん!」
 語尾強めにして言ったら、千加良君がビクって肩すくめてる。
 関西弁やからキツく聞こえたかもしれへんけど、捻挫は早く冷やさなあかん。

 背負って立ち上がった瞬間、太ももをぎゅって握られたみたいに痛みが走って、息が止まった。
 そこから熱いもんがドクッ……て流れ落ちる感覚がする。
 長ズボン、履いててよかったわ。けど、中の足、絶対血だらけになっとるな……
 でも俺の足より千加良君の方が大切や。バスケは足が命やからな。
 千加良君を背負ったまま、尻をひこずるように斜面をゆっくり降りてたら、タカシさんの声が聞こえてきた。
「千加良! どうした、お前、怪我したのか!」
「じいちゃん……」
 背中から、か細い声がした。泣きそうなん我慢してるみたいに聞こえる。

「タカシさん。千加良君、足ひねったみたいなんです。多分、捻挫やと思うけど。念のために病院に連れて行くわ。もし、骨にヒビ入っとたらあかんから」
「捻挫って──千加良! お前、調子乗って無茶なことしたんだろ!」
「……ごめんなさい。でも、俺、みんなより先に行って驚かせようと……」
 千加良君、めっちゃ反省してるやん。背中越しに伝わるわ。
「どうしたの、急に引き返して。千加良君と凪君は──え、ちょっと! 千加良君、おんぶされて怪我してるの!?」
 サエさんらみんなも戻って来た。あ、ちょうどええわ。

「すんません、こっから一番近い病院、どこかわかります? 千加良君連れて行くんで」
「そのままで行くのは無理だろ、タクシー呼んだ方がいいんじゃないのか」
「こんなとこまでタクシーは来れないわよ。せいぜい体育館までね」
 カズさんとチーちゃんが、難しそうな顔して話してる。
 歩いて行く方が早そうやな。

「このまま行きます。病院の場所、教えてくれます?」
「それなら私が一緒に行くわ。水上(みずがみ)病院だったら体育館からそんなに離れてないし、整形外科もあるから」
「ほな、ミオちゃん、案内頼めますか?」
「わかった。行こ、みんなは体育館に戻ってて」
 ミオちゃんが俺のリュック、持って先を歩き始めてくれるから、俺もすぐ出発した。

「凪君、家に戻って車とってくるから、病院で待ってろ。迎えに行くから。千加良を頼むな」
「任せて! あ、みんな、慌てんと降りてきてよ。俺、全員を運ぶん、無理やし」
「ハハハ、わかってるよ、ちゃんとゆっくり歩いて戻るから」
 よかった、タカシさん、笑ろてくれた。
「ほな行ってきます。あ、それと結弦先輩にも──」
「ちゃんと結弦にも伝えとくから、気をつけて行けよ」
 千加良君おぶったまま、タカシさんに頼んで丘を下った。

 サクサクって土を踏む足の音は軽いのに、その度に振動でドンドンっと傷口に響く。
 けど、だいぶん、痛み、感じひんようになってきたな。痛いのに慣れてきたんか? それとも、感覚、マヒってきてるだけなんか?
 ちょお、これって、ドMってこと? え、やっぱり俺、そっち?
「なあ……」
 アホなこと考えて痛みを紛らわしてたら、耳元で千加良君の声がした。
「なに?」
「あんた……足、痛くないのか?」
「ああ、足な。……あ、思い出したら痛なってきたわ。イタタタッ」
「やっぱり、怪我してるんだろ」
「うっそだよーん。怪我なんかしてへん。それより足首、痛ないか?」
 よいしょって、背負い直したら、太ももがズキッとした。
「平気……ちょっと、ズキズキするくらい」
「そうか。ほんならよかった。きっと骨も大丈夫やで」
「凪君、大丈夫? 代わろうか?」
 前を歩くミオちゃんが振り返って言ってくれた。ありがたい言葉やけど、年齢的に無理なんわかってる。
「ありがとー。けど、レディにそんなことさせられへんわ」
「レディって。凪君、余裕だわ。さすが、DKってやつね」
 DKって、よー知ってるな。ミオちゃんの声で、気ぃ紛れたわ。

「なあ……」
 また囁き声が聞こえてきた。いっつもあんまり話しかけてこーへんのに、珍しいな。
「どしたん、痛いんか?」
 返事ない代わりに、首を左右に振ってるのがわかった。
「汗、すごいかいてる。痛いの我慢してるんだろ? ズボン、破れてるとこから血が見えてるし。俺、自分で歩けるから降ろしてくれ」
 鋭いな、この子。黒いチノパンやから目立てへんって思ってたのに。
「大丈夫やって。人の心配せんと自分を心配しとき。怪我が悪化して困るんは、千加良君だけちゃうんやで」
「……どういうこと?」
「ここで歩いて怪我が酷なったら、バスケできひんようになるかもしれへん。そんなことになったら、タカシさんも、結弦先輩も悲しむやん」
「じいちゃんも結弦ちゃんも悲しむ……」
「そうや。そやから嫌かもしれへんけど、今は俺のいうこと聞き。ほら、もう黙っときな。舌噛むで」

 結弦先輩の名前出したら、千加良君がおとなしくなってくれた。
 ごめんな、しゃべったら体力持たへんかもしれへんから。
 あ、あれ体育館の屋根や。やった、ようやく(ふもと)まで降りてきたんや。
「凪君、今、病院に電話したから。午後診終わってたけど、先生、診てくれるって」
 よかった……ミオちゃん、気ー効くなぁ。さすが、チーム一のアシスト選手や。

 平坦な道は歩くんは楽やけど、アスファルトは硬いだけあって直で傷にくるな。
 病院、まだか……さすがに腕、痺れてきたし、汗が、目に入りそう──
「ちょお、何しとん。シャツ、汚れるで」
 千加良君が腰に舞いとったシャツで、後ろから俺の汗、拭いてくれた。
「シャツなんかどうでもいい。汗、目に入ったら染みるから……」
 おんぶした格好で拭いてくれるから動きがぎこちない。
 けど、なんか心がポカポカして疲れが吹っ飛んだ気がするな。

「病院見えたよ。凪君、もう少しだから頑張って」
「……らじゃぁ」
 あかん、これしか声、でーへん。もうちょっとや、俺、踏ん張れ!
 あー、病院が竜宮城みたいに見える。──俺、自分で浦島太郎ってるやん。けど、こんなん思えるくらい、まだ余裕があるってことや。
 太陽の熱と疲れで、病院が蜃気楼みたいに揺れて見える……
 いや、ほんまに揺れてんのか、俺の目が変なんか、もうわからん。
「看護師さんが車椅子で待っててくれてるわ。凪君、ほら」
 ナース服着た乙姫さま……が、車椅子押してこっちに来てくれた。
 よかった、助かった。これで、あとは千加良君の骨さえ無事やったらええ。