――同日の夜。
 私はベッドの上で寝転びながらスマホを開いた。
 通販サイトのページに手をかけ、値段を見て、深いため息をつく。

「あのイヤホンは、三万円……か。はぁ……、高いよ〜」

 ベッドの安心する香りに包まれても、不安は消えない。
 いますぐ弁償したい。
 けれど、イヤホンがこんなに高額だったなんて。

 ベッドから起き上がり、カバンの中の財布と、机の中の預金通帳を出して眺めた。
 所持金だけじゃ届かない。

 再びスマホを取って、ベッドに座った。
 中学からの親友で、同じ高校に通う真央(まお)に電話をかける。

『里宇〜? こんな時間に電話なんて、どうしたの?』
「ごめんね、遅い時間に。実はさ、今朝噂の敦生先輩のイヤホンを壊しちゃって、どうしたらいいか悩んでて……」

 思い出すだけで、冷や汗が浮かび上がる。

『マジ? やばいじゃん』
「でしょ。弁償するつもりだったんだけど、断られちゃって」
『……どういうこと?!』
「敦生先輩はショックを受けてたし、三島先輩は同情の目で見てた。あぁぁ……もうどうしたらいいのか、本当にわかんない」

 できる限り人と接点を持たずに生きてきたのに――そのきっかけを、自分の足で踏み潰してしまった。
 これだけでも受け入れがたいのに、弁償すら受けてくれないなんて。

『あちゃぁ〜、災難だったね。でもさ、あの敦生先輩と接点を持てたなんて、逆に幸せじゃん?』

 真央との温度差に目が丸くなり、ベッドの棚にある小さなぬいぐるみを二つ揃え直した。

「どうして?」
『イケメンで人気者だし、見ているだけでも胸がキュンとしない?』

 小さくため息をついた。
 イケメンとか関係ないし。
 
「あのね、私がその人気者に興味があると思う?」
『あ……いや、その……』

 小さくなっていく真央の声が、スピーカーの奥に溶けていった。
 過去の私をよく知っているから、言い返せないのだろう。

『じゃあさ、弁償の代わりにどうしたらいいか聞いてみれば?』
「代わりになるものなんて、あると思う? あんなに高価なものなのに……」
『わかんないけど! でも、誠意は伝えていかなきゃね』

 イヤホンを壊してしまったことは、本当に申し訳ない。
 でもそれ以上に気になるのは、あのときの寂しそうな目。
 どっちにしろ、弁償は視野に入れなければならない。

 バイトを始めたって、給料が入るのは1ヶ月後。
 ――まずは誠意を示さなきゃね。
 もう一度謝るか、母にお小遣いの前借りを頼むか。
 許してもらえるかどうかは、その後で考えよう。

 カーテンに手をかけて空を覗き込むと、月光が眩しく輝き、迷いも少しずつ溶けていくようだった。

「よし、明日もう一回謝ろう!」

 うんと頷くと、月の光がそっと肩に降り注いだ。