冷たい冬空の下、雲の隙間へ消えていく飛行機を見上げながら、私はそっとイヤホンを耳に差し込んだ。

 あの日から、すべてが始まった――私が“偽彼女”を演じることになった冬の朝。
 最初は、互いに別の人を想っていた。
 それでも、未来を見つめていた。

 そこで見つけたのは、小さな赤い糸。
 途中で結び目ができたり、ほどけかけたり――そんな試練を超えて、ようやく気づいた。
 本当は、いちばん求めていた糸だったのかもしれない。

「これからは、もう二度と泣かせない」

 飛行機の轟音とともに、彼の声は途切れた。
 私は、鼻の先を赤く染めながら、愛しい眼差しで「頑張ってきてね」と呟いた。

 ――もう、体は震えていない。
 いまは自信に満ちているから。

 首には彼からもらったマフラー。
 飛行機を追うように、風になびいている。
 すごく温かくて、幸せな気持ちを心に巻いた。

 音を失っていた彼が向かう先は、明るい未来。
 会えない時間は寂しいけれど、私たちは大切なもので繋がっている。

 太陽の光を浴びていた飛行機が、静かに雲の向こうへと消えていった。
 最後までそれを見つめたまま、胸に手を当てる。

 あのときの彼の瞳の中には、もう迷いがなかった。
 だから私は――偽彼女になって、よかったと思っている。