俺の人生は、いつも暗い部屋の隅っこで終わっていた。

 佐藤真一、名前だけSSのオッサン三十八歳。

 引きこもり歴二十五年。

 何をやるのもめんどくせぇ。

 寝るのすらめんどくせぇ。

 外に出る理由なんて、コンビニの新作カップ麺くらいしかない。

 今日もいつものように、モニターの青白い光に顔を照らされながら、動画サイトの自動再生に身を任せていた。

「はあ……もう深夜か。腹減ったな」

 買い置きはないし、冷蔵庫も空。

 仕方なく財布をつかんで、久しぶりに外に出る。

 夜の街は静かで、街灯がオレンジに道を染める。

 信号が青に変わって一歩踏み出す。

 ――その瞬間だった。

 ブオオオオオン!!

 巨大なトラックが、まるで世界が歪むような轟音を立てて突っ込んできた。

 ブレーキの音も、クラクションも、何も聞こえない。

 体が宙を舞い、コンクリートに叩きつけられる衝撃。

 運転席のおっさんと目が合った瞬間、視界が真っ赤に染まり、すぐに真っ暗に落ちた。

 あーぁ……めんどくせぇ。

 死ぬのも、めんどくせぇわ。

 ま、二度と起きなくていいんだから、ありがてえか。

 ――次に目覚めたとき、俺は「浮いて」いた。

 周囲は果てしない白。

 雲みたいなふわふわした床。

 重さも、痛みも、匂いもない。

 魂だけの存在って、こんな感じなのか。

「え、えっと……ここ、どこだよ?」

 天国?

 そんな都合のいいことねえか。

 ていうか、天国でも起きなきゃなんねえのか。

 それもめんどくせぇな。

 だったら地獄でもいいのに。

 すると、白い空間の中心に、光の粒が集まり始めた。

 ぽん、ぽん、ぽん、と三つの音。

 光が弾けて、三人の女の人――いや、女神が現れた。

 一人目は、金髪ポニーテールの元気娘。

 白と金のフリルドレスがふわふわ揺れて、背中には小さな羽根の飾り。

 青い瞳がキラキラ輝き、手に持ったハープがポロンポロンと鳴る。

「やっほー! 転生者さん! はじめまして! 私アテナ! よろしくねっ!!」

 彼女はぴょんと跳ねて、魂となってふわふわする俺の肩にぽんっと手を置く。

 魂なのに温かくて、ふわっとした感触が伝わる。

 だけど、一言一言いちいちビックリマークがつく話し方がうざい。

「キミの魂バグりすぎててさ! 普通の転生無理だったから! 特別に“概念体”にしちゃった! えへへ、責任取ってね!」

 責任ってなんだよ。

 勝手に押しつけんなよ。

 次に、赤髪のロングヘアが炎のように揺れる女神。

 橙色の瞳がくっきりした二重まぶたでいたずらっぽく細まり、赤と黒のドレスは胸元が大胆。

 腰の周りを小さな炎の玉がくるくる回ってる。

「ふふーん、私、フレア。炎と情熱の女神だよぉ」

 フレアはふわふわな俺の腕に軽く絡みつき、耳元で熱い息を吹きかける。

「世界救うとかぁ、そういうのどうでもいいからねぇ。代わりに『概念操作権限』プレゼントぉ。好きに遊んでぇ、好きに壊してぇ、好きに作っちゃってぇ。私ぃ、応援してるからぁ」

 言ってることはなんかすげえんだけど、語尾がだらしなくて、いちいちイラッとくる。

 最後に、銀髪ショートカットのクールビューティー。

 紫の瞳が星空みたいに深く、青と銀のドレスには星の刺繍が無数に輝く。

 頭に小さなカチューシャみたいな冠。

 静かに微笑みながら、指先でほわほわした俺の頬をそっと撫でる。

 ひんやりして、心地いい。

「……ルナ。女神……夜と静寂の」

 短い言葉。

 でも、その声は鈴みたいに澄んでいる。

「即座に世界法則……実現。制限なし……君が思ったこと。見ていたい……少し」

 こいつくらいはちょっとはまともかと思ったのに、なんで言葉がひっくり返ってんだよ。

 微妙な間もイラッとくるし。

 そんな女神が三人とも、俺のまわりをふわふわ浮かんでる。

 アテナはくるくる回って、フレアは炎のハートを指で描いて、ルナは静かに微笑む。