そこからは、もうほとんど覚えていない。
気づいたら警察署にいて、気づいたら家のソファで眠っていた。
「……千紗ちゃん、死亡が確認されたって…」
「…まさか飛び降り自殺とはな――。確かクラスメイトのいじめが原因なんだろう?」
「怖いわね…。まさか澪がかかわってるんじゃ…」
「馬鹿言え。澪と千紗ちゃんは親友だったじゃないか」
リビングの奥の方から、お父さんとお母さんの声が聞こえる。
茫然とした視界の中、私は家からそっと抜け出した。
五月六日。
その日は体育祭だった。
「頑張ろうね、澪ちゃん!」
ちーちゃんは私に明るくそう言いかけてきた。
「うん」
私は小さくうなずいて、ちーちゃんの側を離れた。
体育祭終盤、ちーちゃんがクラス対抗リレーに出た。
私は観客席の端っこで、ちーちゃんの番を待っていた。
「”さあCクラスの竹中千紗が走り出しました!!”」
マイクを持った放送部が、大声でちーちゃんが走り出したことを宣言した。
「”おっと、転倒!?”」
はあ、とため息が漏れる。
転んで泣きそうになったちーちゃんは、それでも走り続けた。
結果はビリ。
私は転んだちーちゃんを校舎裏に呼んで、絆創膏を張ってあげた。
「ありがとう、澪ちゃん」
「…うん」
泣きそうだったちーちゃんは、作り笑いを浮かべたあと、どこかに去って行ってしまった。
――帰り道。
「負けちゃった…。ごめんね、澪ちゃん」
「ちーちゃんのせいじゃないよ」
ふるふると首を振った私に、「ありがとう」とちーちゃんは微笑み返す。
「ねえ、今日はいつもと違うとこいこうよ」
「…?いいけど」
――そこからは、本当に全く覚えていない。
気づいたら電車の前に立ってて、ちーちゃんが優しく私の頬に手を添えた。
「ありがとね、澪ちゃん」
「ちーちゃん…?」
私が絞り出した声が泣きそうだったことを、ぼんやりとした記憶の中で思い出す。
「バイバイ、澪ちゃん」
……そういわれたのを最後に、ちーちゃんとの記憶は、終わりを告げた。



