男性は、エレインを真っ直ぐ見つめた後、ほんの少し頬を緩める。
そして、おもむろに懐に手を突っ込み、取り出したものをテーブルの上に置く。細やかな彫金の施された懐中時計だった。
エレインは、その意匠を凝らした見事なそれに驚きを隠せなかった。
隠しておけば持っていることはエレインにはわからなかったそれを、躊躇なく差し出すとはさすがのエレインにも予想できなかったのだ。
(これ一つで、ここの孤児たちの数年分の食費が賄えるわ)
時計に気を取られている間に、彼はシャツのカフスボタンやピアスを外し、最後に丸みを帯びた革袋をテーブルに置く。ジャラリ、と中の硬貨が音を鳴らす。
「あの……」
「これでは足りませんか? 私は日頃から装飾品をあまりつけないので少なくて申し訳ありません。……あぁ、これならなくても障りはないかな」
と、挙句の果てにはコートまで脱ぎ始めた彼をエレインは制止する。
「も、もう十分です!」
「そうですか」
「そうですかって……私に騙されているかもしれないとか考えないのですか? 対価が釣り合っていませんし、このコーディアルだって一週間分ほどしかありません。そもそも効くかどうかは私にもわからないのですよ」
「対価が釣り合っていないとは思いません」
「……はい?」
この量を街の薬局で買ったとしても、金貨一枚どころか銀貨一枚にも満たないというのに。
「本当ならこれらは、薬も買えない貧しい人たちに配られるはずのものです。それを、私のような素性の知れない者がもらい受けるのです。このくらいはさせていただかないと私の気が済みません。それに、ハーブの効能が絶対でないことは私も理解していますからご心配には及びません。今は、最後の望みに賭けるしか道がないのです」
よく通る、けれども静かな声は、エレインの耳に心地よく馴染んだ。
嘘偽りのない言葉と、彼の真摯な態度にエレインは感銘を受ける。大抵の貴族は、金や権力を振りかざしてほしいものを手に入れようとする。
この男性にも、それができたはず。
だけどそうしなかったし、エレインの馬鹿げた要求に対しても「当然だ」と言わんばかりに応えてみせた。
申し分ないほどに。
ますます彼が何者なのか、エレインは知りたいような、知りたくないような複雑な気分を味わう。
「では、お言葉に甘えて、カフスボタンと金貨一枚を頂戴しても? 教会のハーブ園拡大と子どもたちの食費に充てさせていただきます」
本当はそれすらも恐れ多いのだが、彼の決意と誠意を受け取ろうと決め、この中でも一番安価そうなものを選んだ。
「この中で一番高価なものは懐中時計ですよ?」
そう言う彼は、眉を上げて笑みを浮かべる。そんないたずらな表情すらも、色っぽく魅力的に魅せてしまうのだから困る。
「……意地悪ですね」
「先に試したのはあなたの方では?」
「それは、」
「必要だったからだと理解しています。あなたの言う通り意地が悪いことを言いました、どうかお許しを」
「許しを乞うのは私の方です。無礼をお許しください」
「許すもなにも、謝罪の必要はありません。私は身ぐるみはがされずに欲しかったものが手に入り上々です」
「……ふふっ」
両手を上げて大げさにおどけてみせる彼の姿に、たまらず笑いがこぼれた。
そして、おもむろに懐に手を突っ込み、取り出したものをテーブルの上に置く。細やかな彫金の施された懐中時計だった。
エレインは、その意匠を凝らした見事なそれに驚きを隠せなかった。
隠しておけば持っていることはエレインにはわからなかったそれを、躊躇なく差し出すとはさすがのエレインにも予想できなかったのだ。
(これ一つで、ここの孤児たちの数年分の食費が賄えるわ)
時計に気を取られている間に、彼はシャツのカフスボタンやピアスを外し、最後に丸みを帯びた革袋をテーブルに置く。ジャラリ、と中の硬貨が音を鳴らす。
「あの……」
「これでは足りませんか? 私は日頃から装飾品をあまりつけないので少なくて申し訳ありません。……あぁ、これならなくても障りはないかな」
と、挙句の果てにはコートまで脱ぎ始めた彼をエレインは制止する。
「も、もう十分です!」
「そうですか」
「そうですかって……私に騙されているかもしれないとか考えないのですか? 対価が釣り合っていませんし、このコーディアルだって一週間分ほどしかありません。そもそも効くかどうかは私にもわからないのですよ」
「対価が釣り合っていないとは思いません」
「……はい?」
この量を街の薬局で買ったとしても、金貨一枚どころか銀貨一枚にも満たないというのに。
「本当ならこれらは、薬も買えない貧しい人たちに配られるはずのものです。それを、私のような素性の知れない者がもらい受けるのです。このくらいはさせていただかないと私の気が済みません。それに、ハーブの効能が絶対でないことは私も理解していますからご心配には及びません。今は、最後の望みに賭けるしか道がないのです」
よく通る、けれども静かな声は、エレインの耳に心地よく馴染んだ。
嘘偽りのない言葉と、彼の真摯な態度にエレインは感銘を受ける。大抵の貴族は、金や権力を振りかざしてほしいものを手に入れようとする。
この男性にも、それができたはず。
だけどそうしなかったし、エレインの馬鹿げた要求に対しても「当然だ」と言わんばかりに応えてみせた。
申し分ないほどに。
ますます彼が何者なのか、エレインは知りたいような、知りたくないような複雑な気分を味わう。
「では、お言葉に甘えて、カフスボタンと金貨一枚を頂戴しても? 教会のハーブ園拡大と子どもたちの食費に充てさせていただきます」
本当はそれすらも恐れ多いのだが、彼の決意と誠意を受け取ろうと決め、この中でも一番安価そうなものを選んだ。
「この中で一番高価なものは懐中時計ですよ?」
そう言う彼は、眉を上げて笑みを浮かべる。そんないたずらな表情すらも、色っぽく魅力的に魅せてしまうのだから困る。
「……意地悪ですね」
「先に試したのはあなたの方では?」
「それは、」
「必要だったからだと理解しています。あなたの言う通り意地が悪いことを言いました、どうかお許しを」
「許しを乞うのは私の方です。無礼をお許しください」
「許すもなにも、謝罪の必要はありません。私は身ぐるみはがされずに欲しかったものが手に入り上々です」
「……ふふっ」
両手を上げて大げさにおどけてみせる彼の姿に、たまらず笑いがこぼれた。



