*アランサイド
「いいのですか、あの話はお伝えしなくて」
エレインが執務室を去った後、側にいたセルジュが控えめに声を上げる。
それを受けてアランは溜息を一つ。
「伝える必要はないだろう。そもそもエレインが王宮に居ることは非公式なんだ。父親だから仕方なく受け取ったが、血縁でもない元婚約者からの手紙など、受け取る道理はないしエレインが知る必要もない」
実は先ほど渡した父親からの手紙だけでなく、ヘルナミス国の王太子でありエレインの元婚約者のダミアンからもエレイン宛に手紙が届いていたのだ。
しかし、エレインの所在を公表していないということもあり、王太子の使者が持ってきたエレイン宛の手紙は受け取りを丁重に断った。
本当ならその場で火をつけて燃やしてしまいたかったが、相手は隣国の王太子だ。国交に関わるため、下手な対応は取れない。
(父親といい王太子といい白々しいにもほどがある)
自分たちが窮地に立たされたからと、ぞんざいな扱いをしてきた相手に手のひらを返したようにすり寄ってくる彼らに、アランははらわたが煮えくり返るほどの怒りを感じていた。
(エレインの自己評価が異様に低いのは、あんな奴らの側にいたからだろうな……)
人の役に立ちたいと身を粉にして頑張るエレインの姿には、どこか切迫したものを感じていた。
(献身の度が過ぎるというか……、見ていて心配になる)
エレインには、もっと自分を大事にしてほしいとアランは常々思っていた。
日に日にやつれていくエレインを少しでも労って、疲れを取れたらと思い、アランはエレインにハーブのブレンドを聞いたのだった。
「王太子に取られたくないだけですよね」
すかさず飛んできた減らず口に、アランは眉間にしわを寄せる。
セルジュは、乳兄弟で赤子の頃から一緒に育ったこともあり、主従というよりも兄弟に近い存在だ。
普段、人前では従順な従者を演じているが、こうして二人になった途端言いたい放題になるのが玉に瑕でもある。
図星を突かれてなにも言えないでいると、セルジュは続ける。
「さっさと思いを伝えたらいいんですよ。エレインさまみたいな初心な方に、殿下の遠まわしなやり方は通じませんよきっと」
「俺だって、この立場でなければとっくに伝えている」
隣国の王子であり、ましてや契約まで交わしている自分から想いを告げられたら、エレインは立場的にも断れないだろう。
仕方なしに受け入れられても、それはまったく嬉しくないどころかアランにとっては悲しく感じるだろう。
(こんなにも自分の立場が恨めしいと思ったことはないかもな……)
これまでなに不自由なく育ってきたアランにとって、まさか自分の肩書が足かせになる日が来るとは思いもしなかった。
「俺なら誰かに取られるくらいなら、立場でもなんでも使いますけど」
セルジュは立ったまま冷たい目でアランを見下ろしていた。
「俺は……肩書ではなく、ただの俺を好きになってほしいんだ……」
もちろん、今だってエレインが自分を「王子」として見ているとは感じていない。
彼女は、どんな時も「人」として向き合ってくれている。
それはアランに限ったことではない。テオもニコルもセルジュもエクトルも、誰であろうと一人の人として尊重し、思い遣って接している。
その彼女の誠実な姿勢は、見ていて心が洗われるようだった。
(決して、無理強いだけはしたくない)
だから、気持ちを伝えるのは、契約が終わってから、と決めている。
所詮綺麗ごとだと笑われるのは関の山だが、そこだけは譲れないものがあった。
「ならもっとストレートに愛情表現するべきです。さっきも、あんな風に『大切な人』なんて匂わせたところで、エレインさまはきっと『まぁ!殿下には大切な方がいらっしゃるのね!』くらいに思って終わりですよ。このヘタレ王子が」
「口が過ぎるぞセルジュ。……それにエレインはそんな下品な喋り方はしない」
「はいはい、そうですね、失礼しました。ボケっとしてる間に、エクトル辺りにさーっと奪われたって知りませんからね。エクトルとハーブの話題で盛り上がってるエレインさまはそれはそれは楽しそうでいらっしゃいましたし」
懸念していたことを言われ、アランは「ぐ」と押し黙る。
本当にこの乳兄弟は容赦がない。
(まぁ、そこがセルジュの良いところでもあるのだが……いやしかしそれにしても、主の扱いが酷い)
「とにかく、エクトルにこのハーブティーと入浴剤を今日中に作っておくように伝えておいてくれ。今日、夕食の後にエレインに飲んでもらおう」
「……かしこまりました」
まだなにか言いたそうなセルジュを手で払って追い出して、アランは残りの仕事にとりかかった。
「いいのですか、あの話はお伝えしなくて」
エレインが執務室を去った後、側にいたセルジュが控えめに声を上げる。
それを受けてアランは溜息を一つ。
「伝える必要はないだろう。そもそもエレインが王宮に居ることは非公式なんだ。父親だから仕方なく受け取ったが、血縁でもない元婚約者からの手紙など、受け取る道理はないしエレインが知る必要もない」
実は先ほど渡した父親からの手紙だけでなく、ヘルナミス国の王太子でありエレインの元婚約者のダミアンからもエレイン宛に手紙が届いていたのだ。
しかし、エレインの所在を公表していないということもあり、王太子の使者が持ってきたエレイン宛の手紙は受け取りを丁重に断った。
本当ならその場で火をつけて燃やしてしまいたかったが、相手は隣国の王太子だ。国交に関わるため、下手な対応は取れない。
(父親といい王太子といい白々しいにもほどがある)
自分たちが窮地に立たされたからと、ぞんざいな扱いをしてきた相手に手のひらを返したようにすり寄ってくる彼らに、アランははらわたが煮えくり返るほどの怒りを感じていた。
(エレインの自己評価が異様に低いのは、あんな奴らの側にいたからだろうな……)
人の役に立ちたいと身を粉にして頑張るエレインの姿には、どこか切迫したものを感じていた。
(献身の度が過ぎるというか……、見ていて心配になる)
エレインには、もっと自分を大事にしてほしいとアランは常々思っていた。
日に日にやつれていくエレインを少しでも労って、疲れを取れたらと思い、アランはエレインにハーブのブレンドを聞いたのだった。
「王太子に取られたくないだけですよね」
すかさず飛んできた減らず口に、アランは眉間にしわを寄せる。
セルジュは、乳兄弟で赤子の頃から一緒に育ったこともあり、主従というよりも兄弟に近い存在だ。
普段、人前では従順な従者を演じているが、こうして二人になった途端言いたい放題になるのが玉に瑕でもある。
図星を突かれてなにも言えないでいると、セルジュは続ける。
「さっさと思いを伝えたらいいんですよ。エレインさまみたいな初心な方に、殿下の遠まわしなやり方は通じませんよきっと」
「俺だって、この立場でなければとっくに伝えている」
隣国の王子であり、ましてや契約まで交わしている自分から想いを告げられたら、エレインは立場的にも断れないだろう。
仕方なしに受け入れられても、それはまったく嬉しくないどころかアランにとっては悲しく感じるだろう。
(こんなにも自分の立場が恨めしいと思ったことはないかもな……)
これまでなに不自由なく育ってきたアランにとって、まさか自分の肩書が足かせになる日が来るとは思いもしなかった。
「俺なら誰かに取られるくらいなら、立場でもなんでも使いますけど」
セルジュは立ったまま冷たい目でアランを見下ろしていた。
「俺は……肩書ではなく、ただの俺を好きになってほしいんだ……」
もちろん、今だってエレインが自分を「王子」として見ているとは感じていない。
彼女は、どんな時も「人」として向き合ってくれている。
それはアランに限ったことではない。テオもニコルもセルジュもエクトルも、誰であろうと一人の人として尊重し、思い遣って接している。
その彼女の誠実な姿勢は、見ていて心が洗われるようだった。
(決して、無理強いだけはしたくない)
だから、気持ちを伝えるのは、契約が終わってから、と決めている。
所詮綺麗ごとだと笑われるのは関の山だが、そこだけは譲れないものがあった。
「ならもっとストレートに愛情表現するべきです。さっきも、あんな風に『大切な人』なんて匂わせたところで、エレインさまはきっと『まぁ!殿下には大切な方がいらっしゃるのね!』くらいに思って終わりですよ。このヘタレ王子が」
「口が過ぎるぞセルジュ。……それにエレインはそんな下品な喋り方はしない」
「はいはい、そうですね、失礼しました。ボケっとしてる間に、エクトル辺りにさーっと奪われたって知りませんからね。エクトルとハーブの話題で盛り上がってるエレインさまはそれはそれは楽しそうでいらっしゃいましたし」
懸念していたことを言われ、アランは「ぐ」と押し黙る。
本当にこの乳兄弟は容赦がない。
(まぁ、そこがセルジュの良いところでもあるのだが……いやしかしそれにしても、主の扱いが酷い)
「とにかく、エクトルにこのハーブティーと入浴剤を今日中に作っておくように伝えておいてくれ。今日、夕食の後にエレインに飲んでもらおう」
「……かしこまりました」
まだなにか言いたそうなセルジュを手で払って追い出して、アランは残りの仕事にとりかかった。



