ロズリーヌが手を上げれば、入口が開かれて一人の女性が現れる。
 燃えるような赤い髪と女性にしては高身長が際立つ、派手な見た目の女性。
 一目見た瞬間、エレインは思わず椅子から立ち上がる。
「――リゼット夫人!」
「あぁあぁ、やっと会えたわね、私の娘!」
 エレインは、駆け寄ってきた彼女の腕の中に瞬く間に抱きしめられた。豊満な胸に顔が埋まり、エレインは「んぐ、」と息を詰まらせた。
 見かねたロズリーヌが「離しておやりなさいな、リゼット」と窘める。
「エレイン、心配したのよ! 婚約破棄された挙句勘当されたと聞いただけでも驚いたのに、さらにあなたの行方がわからないと知ってどれだけ探したか!」
(城を出てすぐに殿下とこちらへ来たから、私の行方は知られていないのね……)
 当然と言えば当然だが、向こうでは自分が行方不明扱いになっていると知り、なんだか不思議な気持ちになった。
 リゼットは、エレインがハーブを事業化するよりもっと前に、エレインのハーブを評価してくれたラングロワ伯爵夫人で、ヘルナミス国の市場でも三大商会の一つに名を連ねるデルマス商会の会長を努めるやり手だった。
 定期的にエレインのハーブを買ってくれており、量産するならいつでも自分が販路を整えるから、と言っていてくれたのだが、事業化の際には全ての決定権が父にあり、結果としてリゼットと契約できなかった。
 にもかかわらず、エレインとの交友を持ち続けてなにかと気にかけてくれ、境遇も知った上で「なにかあればいつでも私を頼っておいで」と温かい言葉をかけてくれた、家族よりも温かい人だ。
 婚約破棄され勘当されたときも、どうにもいかなくなったら頼らせてもらおうと、一番に浮かんだ人でもある。
 まさかこんなにも心配してくれていたなんて。
(そんな人に不義理をしてしまって、私は大馬鹿だわ……)
 己の不甲斐なさにエレインは恥じ入った。
「便りを出さずに申し訳ありませんでした……」
「エレインが元気でやっているならそれでいいのよ。あぁ、よかった。それに、ロズリーヌのところにいるならなにより安心できるわ。あのクズ男たちと縁が切れて私は心底ほっとしてるんだから! ……でも、なんだか顔色がよくないわね? また無理してるんじゃないでしょうね?」
 痛いところを突かれて、エレインはたじろぐ。
 ここのところの無理が祟り、正直体力は限界に近かったが、どうにか踏ん張っているところだった。
 顔色と隈も化粧で誤魔化しているのだが、隠しきれていないのかもしれない。
 挨拶を済ませた二人は、お互いに着席して微笑みあう。
「大丈夫です。陛下たちにはとても良くして頂いていますから。それより、リゼット夫人が王妃殿下と懇意にされているとは知りませんでした。デルマス商会はカムリセラ国の王室とも太いつながりがあるのですね」
 感心して言うと、ロズリーヌが「同郷なのよ」と笑う。
「もともとこっちの生まれだったのが、縁あってヘルナミス国に嫁いだの。ここ数年は商会が忙しくてロズリーヌとも疎遠だったけれど……――と、身の上話はこの辺にしておきましょう」
 リゼットは姿勢を正し、急に真面目な表情になると驚くべき言葉を口にした。
「今日はね、エレインにデルマス商会の代表として、仕事の話をしにきたの――」