「あっ、碧くんママおかえりなさい!」
時間ギリギリに園に飛び込めば、待っていましたとばかりにすぐさま声をかけられた。荒くなる呼吸を整えながら小さく頭を下げる。
ママー!と駆け寄ってくる5歳になったばかりの息子、碧を抱きとめた。
「おかえりママ! 今日ねせいさくでね、ママのお顔かいたの! あとねおやつがね、マカロニきなこで!」
ふんふんと鼻息荒く腰に抱きつく碧の頭を軽く撫でたあと腕時計を見る。
「先生ありがとうございました。碧、帰り支度して。ママ今日急いでるの」
「えーッ、もうちょっとつみきしたい」
「つみきなら家にもあるでしょ。ほら早く。10分後の電車に乗りたいの」
ぶー、と唇を鳴らした碧は不貞腐れた顔をしてどすんどすんと足音を立てながら自分のカバンを取りに行く。その背中にひとつため息をこぼすと、「碧くんママ」と担任に声をかけられた。
若い女の先生だ。今年で二年目だと聞いている。碧もよく懐いていて、迎えがギリギリになろうと嫌な顔ひとつせず碧を預かってくれた。
「給食に関するお便りを連絡帳に挟んでいるんでご確認お願いします。あ、今日碧くん苦手なピーマン一口食べてましたよ〜」
にこにこと笑う担任と目が合う。くるんと巻かれたまつ毛に、自分に似合う色を丁寧に選んだであろうアイシャドウ。ポニーテールの毛先は丁寧にカールされていて、枝毛も色落ちもない。それに比べて自分は。
何も塗られていない唇を隠すように握った拳で口元を隠し咳払いをする。
「帰ったら確認します」
「はい! あと、お遊戯会の衣装についてなんですけど……」
少しいいにくそうにこちらを伺う担任にハッとする。お遊戯会で着るウサギの衣装を作ってくるようにと布と手紙を渡されたのは一か月前のことだった。
シンママだからって舐められないように、碧のことは何一つ抜かりなくやろうと決めていたはずなのに。
今の今まで忘れていた自分が恥ずかしく指摘されたことが情けない。羞恥を誤魔化すように「分かってます。明日には持たせます」そう答えた声は、私が嫌うお局のように頑なで意地悪い。
「あっ……あの、もしお忙しいようでしたら、私が試作したお衣装があるのでそれでも」
声色が変わったことをすぐに察したらしい。気遣う声は遠慮がちで優しかった。それがやけに神経を逆撫でして、自分が腹を立てるのは筋違いだとわかっていても口は止まらなかった。
「だから、明日には持たせますから! 碧、行くよ」
のんびりと水筒を首にかけながら歩いてくる碧を呼ぶ。誰に似たのやら、最後までマイペースに歩いてきた碧は先生とさよならのハイタッチをした。
担任と目が合う前に小さく頭を下げ、碧の手を引き園を出た。