かつて銀帝国が栄光の頂にあった頃、
ガラスの平原は陽光を裂き、鏡のように光を返していた。
その鏡の中に、二つの国の影が揺らめく――
一つは銀の帝国、美を秩序と信じる王国。
もう一つは影の共和国、自由を真実と呼ぶ民の国。

帝国暦一四八年、皇帝シルヴィウス=ルクスは「ガラスの勅令」を発した。
それは、あらゆる民に銀のチョーカーを課して「美の秩序」に服従させる命。
美を拒む者は、秩序を否定する異端とされた。
その瞬間、世界の鏡は裂け、光と影が互いを映し合う戦が始まった。

第一章：ガラスの平原の戦い

春、太陽は残酷なほど明るかった。
帝国の大軍は、ガラスで築かれた盾を連ね、光を折り重ねて敵を盲目にした。
光が刃となり、影が血に変わった。

その先陣に立つは、銀警官ヴァルキス=ツァーカム――「銀の鞭」と呼ばれる男。
彼の白銀の瞳は戦場を魅了し、鞭の一閃が快楽と死を分けた。
鞭の音が鳴るたびに、一人の兵が跪き、鎖が舞い踊る。
そしてヴァルキスは低く呟いた。
「抵抗は無意味だ。美に抗う者は、自ら罪を刻む」

ガラスの平原に沈む夕陽は、帝国の勝利を紅く照らした。
影の共和国の兵らは光の海に溶け、初の敗北を喫した。

第二章：影の森の夜襲

夏、戦場は森へと移った。
闇が濃くなるほど、影の刃は冴え渡る。
共和国の暗殺者たちが森に潜み、銀帝国の光を喰らった。

ヴァルキスは単身で森へ入り、敵を快楽で屈服させようとした。
彼の指先が鞭を操り、声が神経を溶かす。
だがその夜、ひとりの女戦士が現れた――ルナ=グリム。
彼女の額には灰の印、影の民の誓い。
彼女は刃を構え、ヴァルキスの視線に抗った。

鞭と刃が交わる瞬間、森は声を失い、時間さえ止まったように静まった。
ヴァルキスはその抵抗に震え、快楽を感じ、そして惑った。
彼はルナを殺さず捕らえ、その瞳を「美」と呼んだ。

しかし彼女は夜毎、詩を詠み、檻の中で抵抗の祈りを捧げた。
「美は魂を縛る鎖ではない。
　美が人を支配するなら、それは虚ろな鏡だ」
その言葉は、ヴァルキスの心に最初の罅を刻んだ。

第三章：鏡の塔の陥落

冬、最後の戦いが訪れた。
影の塔は黒曜石のごとく立ち、空を拒むようにそびえていた。
帝国は「鏡の砲」を解き放つ。
光がひとつに収束し、塔の防壁を溶かし尽くす。

塔の奥深く、指導者エクリプス=ノワールは立っていた。
ヴァルキスは鎖を携え、光の残骸を踏み越えて進む。
二人は対峙し、刃と視線がぶつかる。
「美の暴政は魂を腐らせる」と叫ぶエクリプス。
だがヴァルキスは笑い、手の鎖でその喉を縛った。

彼の視線が放たれると、光がエクリプスの瞳に宿り、意志が崩れた。
やがて、指導者は銀のチョーカーを自ら首に掛け、膝をついた。
その瞬間、影の共和国は崩れ落ちた。

だが――群衆の中、ヴァルキスはルナの幻影を見た。
彼女は微笑み、ただ一言を残して消えた。
「お前の美はガラスだ。脆く、すぐに砕ける」

その言葉が、ヴァルキスの勝利を凍らせた。

終章：鏡に映る罅

帝国は勝った。
だが、鏡の奥に映る光は静かに揺らいでいた。
ヴァルキス=ツァーカム――彼の名は英雄の書に刻まれたが、
その瞳には消えぬ影があった。

彼の血は後に、ツァーカムという名に受け継がれる。
ガラスの街を歩く男の独り言として――
「ガラスは脆く、故に美しい」

そう語られる時、鏡の戦争は今も終わらない。
それは、美が破滅と愛を同時に映す永遠の循環。