夜遅く、シェラトン都ホテルの廊下は静まり返っていた。
ライトの下を、濡れた靴音が二つだけ淡く響く。
オジェと八島は黙ったまま並んで歩いていた。
ラウンジも、外の雨の音さえも今は遠い。

八島のドレスはところどころ裂けていたが、彼はまるでそれも新しい装飾のように気にもしなかった。
「……見事だった。ドレス、ちゃんと役に立った?」
通りすがりのスタッフが目を丸くしたが、オジェの冷ややかな雰囲気に何も言わずに過ぎていった。

「過不足ない。君の作った遮断布は優秀だ」
オジェの声はやや低く、だが静かだった。

「じゃあ、また“壊れる”ことはなかった?」
八島は歩きながら少しだけ肩を寄せる。

オジェは立ち止まり、クラッチバッグを軽く押さえた。
「壊れるたびに直すのは御免だけど——」
短く息を吐く。
「誰かが縫い直してくれるなら、たまには悪くない」

八島の目が和らぐ。
「君、今日はずいぶん素直じゃない?」
エレベーターの扉が開き、八島が先に乗り込む。
オジェも続いた。

ぼんやりと流れる夜景。
短い沈黙のあと、八島がふと呟いた。
「また、あのドレス新しくしてもいい?」

「好きにしたら?」
オジェは眼鏡の奥で、一瞬だけ遠い光を浮かべる。

「明日も戦いが来たら、そのときはどうする?」

「君の布が残るなら、それで構わないけど」

扉が閉まる直前、ふたりの笑みが静かに重なった。
ホテルの高層階に、雨がまた優しく降り始めていた。