ラウンジの照明は、夕方を告げるオレンジに変わっていた。
ガラス越しの庭園に、雨の粒がぽつり、ぽつりと落ち始めている。
高級感のある静寂の中で、オジェと八島は向かい合っていた。先ほどの軽口は消え、空気は研ぎ澄まされている。
ラウンジの奥、ピアノの旋律が途切れる。
雨音の奥から、黒い影がふたつ、滑るように現れた。

「……来たね」
八島が囁く。

現れたのは——白黒の幻影。
片方は闇のように黒く、もう片方は透き通るような白。
人の姿をしてはいるが、その輪郭は揺らいでいる。
まるで現実そのものがノイズを帯びたようだった。

「白と黒、か」
オジェが低く息を吐く。クラッチバッグの金具をひねる音が響いた。
瞬間、空気に光が散る。白金の輝きが形を変え、斧の刃が唸りを上げる。

幻影たちが一斉に動いた。
刹那、テーブルが弾かれ、紅茶の雫が宙に舞う。
その瞬間を切り取るように、オジェが踏み込む。

チェーンソー型の大斧が唸り、椅子と影を一閃に弾き飛ばす。
白黒の幻影は回避し、逆方向から黒い槍のような腕が伸びた。

八島の身体が回転する。
ドレスの裾が風にほどけ、フリルが裂けて光の布片となる。
次の瞬間、それらが刃となって浮かび上がった。

「嘘の色を縫い合わせないで。——ここは僕たちの舞台だよ!」

八島が指を弾く。
散った布が渦を巻くように広がり、白黒の幻影の一体を包み込んだ。
布地は鉄に変わり、爆ぜるような音を立てて締め上げる。

もう一体が背後から迫る。
オジェがそれに気付くより早く、床のガラスが割れる音。
彼の斧が逆袈裟に薙ぎ払い、衝撃で室内の光が揺れた。

雨がラウンジに吹き込み、照明のオレンジが水滲みになって歪む。
白金の斧が回転するたび、火花と水滴が混じり合い、光の円が広がった。
八島は激しく舞う。フリルが盾に、袖のレースが鞭に変わる。

戦いの光景はまるで踊りだ。
銀と黒、布と鋼。
雨音さえリズムを刻むように響く。

オジェが幻影の白を斬り伏せ、八島が黒を裂く。
二人の動きが交差し、空気に白金の軌跡が咲いた瞬間——
全ての音が止まった。

粉のように砕けた幻影たちは、白と黒の霧になって消えていった。

残ったのは、雨の匂いと、紅茶の香りだけ。
八島は息を整えながら、濡れた髪を整える。
「オジェくん……やっぱり君の戦いは、美しい」

オジェは無言のまま斧を畳み、クラッチバッグに戻した。
金属の音が静かに響く。
「美しさは不要だ。生き残った、それだけで十分だ」

八島は微笑み、霧の向こうの夜を見つめる。
「でも、それを“形”にできるのは、僕たちしかいないの」

オジェは返事をせず、ただ肩越しに雨の降り注ぐテラスを見た。
白金の雫が、夜の東京をゆっくりと染めていく。