シェラトン都ホテル東京のラウンジ――午後の光が、ゆるやかに白磁の壁とカーペットを染めていた。
磨き抜かれたガラス越しに緑が滲み、微かなピアノの旋律が天井から降りてくる。

オジェ=ル=ダノワは、背筋を無駄なく伸ばして腰掛けていた。
白金の伊達眼鏡に反射する光は冷たく、しかしその指先にあるカップの持ち方だけは妙に柔らかい。白金のブレスレットが、ミルクティの蒸気を受けて微かに揺れた。

「相変わらずね、オジェくん。まるで展示品みたい」
八島は軽やかに席に滑り込み、フリルの袖をふわりと整えた。
声も姿勢も明るいが、その笑みの奥には、深い夕暮れのような孤独が差している。

オジェは視線を上げないまま、低く答えた。
「展示品のほうが、触れられずに済むだけまだ楽だ」

八島は一瞬、口をつぐんだ。そのままソーサーを指先で回しながら、空気を和ませるようなふうに笑った。
「君って、本当に変わらないね。冷たくて、でもどこか壊れそう。だから好きなの——金血のくせに、人間っぽいところが……」

オジェが初めて微かに眉を動かした。
「僕を好む人間は、みんな壊れた」
「壊すだけの美学を知ってるってことでしょ?」
八島は艶やかな笑みを浮かべ、レースが重なるジャケットの袖口から指を覗かせる。
「ねえ、デザインを見てほしいの。新作、君に似せたの。全部白金で、でも裏地だけ血の赤」

オジェが顔を上げる。白色の瞳が、照明を淡く砕いた。
「……僕に血の色は似合わない」
「そう? 君の斧には、いつも少しだけ残ってると思うけど」

沈黙。
カップを置く音がふたりの間で小さく響き、やがて八島が囁くように言った。
「ねえ、もし、またあの頃みたいに戦うことになったら……君、今度も一人で行くつもり?」

オジェは答えなかった。
ただ身にかかる白金のレリーフが、光の中で淡く揺れた。

八島は小さく息をつき、微笑んだ。
「仕方ないなぁ。じゃあ、君のドレスコード——また僕が決めてあげる」
「勝手にすれば」
「えぇ。君の“戦闘姿”も、ファッションのうちだよ!」

ピアノが一段落し、店内に紅茶の香りが漂った。
外の木々の影がテーブルに二重に映り、二人の沈黙がそのまま午後を包み込んだ。