月曜の朝は、薄い膜をかぶって始まった。昨日、居間で母が言った「辞令」という二文字が、まだ空気の底で湿っている。春から“県外”。学年末での転居案。つまり、俺は、律と「同じ通学路」を剥ぎ取られるかもしれない。予定表に印刷されていない“分岐点”が、唐突に差し込まれた。
制服の第二ボタンに指をかけながら、口が乾く。昨日は結局、律に何も言えなかった。ベーカリーの紙袋の匂いだけが手に残り、言葉はどこにも残らなかった。スマホの画面は開いては閉じ、打っては消し、送らない文が層になって溜まっていく。
登校路で、律はいつも通りに現れた。寝癖を片手で押さえて、俺を見つけると少しペースを落とす。歩幅は、今日も迷いなく合う。俺だけが、合わされる側でいることに、急に申し訳なさを覚える。
「おはよう」
「おはよう」
それだけで、ここ数日の幸福が、再生される。信号が赤に変わり、ふたりで立ち止まる。律は小さく息を吐いて、唐突に言った。
「昨日さ、家でピアノ触った」
心臓が、一度だけつまずいた。
「ピアノ?」
「昔やってたって言ったっけ。小学校の終わりのコンクールで、最後の小節の直前で手、止めたんだ。真っ白になって。あの“間”が、今でも体に残ってる。……それがきっかけで、人前の“音”が怖くなった。拍手も、足音も、レンズの“カチ”って音も。文化祭でカメラ避けがちだったの、たぶんそれ」
言葉の端が静かに震えていた。律の声の震えは、怒りでも涙でもない。既に乾いている傷口の説明に似ている。でも、風が当たれば、まだ痛む種類の話。
「ごめん、言わなかった」
「謝ることじゃない」
「でも、言わないのってさ、優しさの仮面かぶった保身だって湊に教わったから」
苦笑しながら、律は続けた。
「昨日さ、ベーカリーの帰り、家の古い電子ピアノで“ド”だけ弾いた。ひとつだけの音なら、怖くなかった。隣の“レ”を鳴らすのが、ちょっと怖かった」
「隣?」
「“次に進む”ってことだから」
「……うん」
青信号。歩き出す。足音が、朝の街にまぎれて溶ける。俺は言い出せない“転居の話”を舌の裏で転がしながら、律の横顔を盗み見た。言わない優しさは時々残酷、と葛西が言ったのを思い出す。その通りだ。俺は今、残酷の側にいる。
「そういえば」
律が声を落とした。
「ピアノの先生から、昨日メッセージもらってさ。街はずれのピアノサロン、夜なら貸してくれるって。知り合いの知り合いみたいな縁。誰もいない時間なら、音の練習、できるかも」
「……行こうよ」
返事が勝手に出た。行こうよ。俺の口から出ると、このふた文字がいつもよりやわらかい。俺は、まだ言えていないことを奥に隠したまま、別の未来へ肯定を出す。ズルい。わかっているから、余計に足元が軽くない。けれど、行こうよと言うしかなかった。音へ向かう律の背中に、俺ができることは多くない。せめて扉を開ける側に立つ。それは、嘘ではない。
午前の授業は、板書がぬるい水の中を流れるみたいに頭の上を通過していった。青ペンの線だけが、現実につながる綱のようだった。昼のチャイム。パンを半分こにして、ほおばる。そういえば、半分こは“譲らない”ための優しさだと教わったばかりだ。俺はいつから、こんなに誰かの言葉で自分を支えているんだろう。
放課後、図書室のカウンターで葛西が台本に赤を入れていた。俺が返却処理を手伝っていると、彼女は顔を上げずに言った。
「三浦くん」
「ん」
「顔、無理してる」
「してない」
「“してない”って言うときの目の動き、今日、横に滑るよ」
俺は笑おうとして、やめた。笑うと片口角が上がる。律が好きだと言った癖。今は、その癖が自分を刺す。
「父の転勤。春から。まだ決定じゃないけど」
言えた。思ったよりも、短く。
葛西は手を止め、空白の行間に視線を落とした。
「言ってくれてありがとう」
「律には……まだ」
「言わない優しさは、時々、残酷」
「うん」
「でも、“言う場所”と“言い方”を選べば、優しさになることもある。ここで練習していく?」
「練習って、あのピアノのと同じ言い方するんだね」
「言葉も音も、隣の鍵に進むのがいちばん怖いもん」
カウンターの向こうで、彼女は小さく笑った。笑いは軽いけれど、言葉は重い。
「ね、三浦くん。『大丈夫』って言えるまで待つ人は多いけど、『大丈夫じゃない』って言ったときに手元のコップを持ってくれる人は少ないよ。朝比奈くんは、たぶん後者だと思う」
胸の奥で、固いものが動いた。俺はうなずくふりをして、うなずいた。図書室の静けさは、音のない音で満ちている。ページの擦れる気配、エアコンの微弱な風、鉛筆の芯が紙をかく微細な音。耳を澄ませば、世界は静かに騒いでいる。
家に帰ってから、@相談くんに短い文を投げた。〈距離が変わるかもしれない。どうすればいいですか〉 送信してすぐ、返ってくる軽い助言。〈遠距離も案外いけるよ〉〈高校生なら仕方ない〉〈今を楽しめ〉〈距離は心次第〉。薄い慰めは、舌の上で溶けやすいけれど、栄養にならない。俺は通知を切り、スマホを伏せた。画面の黒に、歪んだ自分の顔が映る。片口角は上がっていない。鏡は、嘘を下手にする。
夜。ピアノサロンは、小さな雑居ビルの二階にあった。古い木の階段を上がると、薄い灰色の扉。ドアノブが意外に軽い。中は、思ったより明るい。天井のスポットライトが昼白色で、床は濃いめの木。奥にアップライトと、手前に年季の入った電子ピアノ。消毒液の匂いと、古い楽譜の紙の匂いが混じっている。
「いらっしゃい」
中年の女性が笑って出てきた。律の先生の知り合いらしい。俺たちを見る目が、音楽室のピアノほど大きくも重くもない。やわらかな家用の椅子、くらいの距離で見てくれる。
「二人? 時間、自由に使っていいわよ。夜は音、出して大丈夫だから」
「ありがとうございます」
律がアップライトの前に座る。ベンチに腰が沈む音が小さく鳴る。俺は横の椅子に座った。何も弾けない俺の手は、膝の上で所在を探す。観客が一人だけの舞台。楽譜立てには、白紙の五線譜。
「……“ド”からでいい?」
「うん」
律の指が、鍵盤に落ちる。単音。“ド”。透明な石が、静かな池に落とされたみたいに、空気に輪が広がる。俺の胸の中にも、水面があったのかもしれない。波紋がきれいに届いて、ゆっくり消える。
次に“レ”。律の手が少しだけ宙をさまよい、鍵の上へ戻ってくる。落ちる。音は、怖くなかった。彼が息を小さく吐くのが、横でわかった。
「“ミ”」
声に出さない声が、律の喉で動いた気がした。指が鍵に落ち、“ミ”が弾む。三つの音の並びが、ようやく“動き”を帯びる。
「湊、四拍、数えてくれる?」
「うん」
俺は指をひざの上で立て、拍を取る。一定のテンポ。早すぎない、遅すぎない。そこにいた俺は、急に「役を持てた」気がして、ほっとした。拍を取るだけの役。“歩幅を数える”ことの音楽版。俺にもできることがある。
律は“ファ”を落とす前に、一瞬だけ目を閉じた。瞼の薄さの向こうで、昔の舞台の光がきっとまだ残像を作る。拍手の音、レンズのクリック、だれかの咳。ノイズ。彼にとっては、世界は長らく“雑音側”に傾いていたに違いない。
「湊」
「いるよ」
「うん」
“ファ”。“ソ”。“ラ”。音が増えるごとに、部屋の空気の粒が増えた。音は見えないのに、見える。俺の手元の拍が、その見えない粒に輪郭を与える。律は“シ”で指を止め、薄く笑った。
「八つ目、怖い」
「“ド”に戻るから?」
「戻るって、案外むずかしいね」
「帰れる場所」を確かめるみたいに、律は最後の鍵に触れた。“ド”。最初の“ド”とは、同じ高さなのに違う音に聞こえた。最初の“ド”は空白の“はじめまして”。最後の“ド”は、少しだけ汗の匂いがある“ただいま”。
「……弾けた」
「弾けたね」
俺は四拍を止め、両手をぎゅっと握る。掌に自分の爪の痕が残るほど。律がベンチから少し背を離して、息を整えた。スポットライトの白が彼の横顔の骨格を際立たせる。その白に触れたくなるのを、両膝の指で押さえる。
「湊」
「ん」
「ノイズが、ノイズじゃなくなる感じ、あるんだよ。ここにいると。……いや、湊が隣にいると」
心臓が、四拍とは別のリズムで動いた。皮膚が音階を覚えるみたいに、内側で順に明滅する。
「俺、さ」
喉まで来た言葉は“転勤”だった。でも、そこから先に進まない。ここで言えば、音が止まる気がした。せっかく動き始めた八つの鍵が、また「真っ白」の壁の前に足を止める予感が、全身の毛細血管を逆流する。臆病だ。けれど、音は正直だ。正直さの前で嘘を選ぶのは、いちばん下手な生存術だ。
「俺、もう一曲だけ弾いてもいい?」
律が助けるように言い、俺はうなずいた。救われる。彼の優しさは、言葉の速さを調整するメトロノームだ。俺は今、まだ四分音符しか扱えない。
簡単なコード。C、G、Am、F。教則本の最初に出てくる進行だ。律の左手が低音を刻み、右手が上で和音を掴む。音はまだ震えていたが、震えたまま“音楽”になっていた。俺はまた、拍を数える。手の甲に皮膚の白い筋が残るほど、真面目に。笑いそうになる。真面目な拍子の取り方なんて、誰が評価するでもないのに。
終わりの“C”が落ち、余韻の霧が消えかける前に、律が小さく呟いた。
「湊の四拍って、“大丈夫だよ”に似てる」
胸の中心に置いてある石が、少しだけ軽くなる。言葉よりも、音のほうが遠くへ届く。自分で言って自分で苦しめるより、こうして彼に言ってもらうほうが、ずっと正確でやさしい。
サロンを出る前、小さなキッチンで紙コップに水をもらった。冷たい水が喉を抜けていく。店の女性が「またいつでも」と言ってくれた。帰りの階段を下りると、外は薄く風が吹いていた。夜の匂い。信号の青だけが鮮やかで、他は全部鈍い。
「送るよ」
「駅まででいい」
「うん」
駅までの角を一つ曲がったところで、律が足を止めた。コンビニの明かりが彼の視線に細い糸を引く。
「湊。さっき言いかけた?」
「……うん。けど、まだ、言葉の形にならない」
「じゃあ、形になるまで待つ」
待つ、という二音が、ただの時間の経過じゃなく、共同作業の名だと初めて思えた。俺はうなずくふりをして、ちゃんとうなずいた。
家に着くと、居間のテーブルに、父の手帳が開きっぱなしになっていた。四月のページに、小さな付箋。〈長野〉。母は台所で夕飯の片付けをしている。皿と皿が触れる音が、ピアノの“ミ”に似ていた。俺は台所の戸口に寄り、洗い物の背中に向かって言った。
「父さんの転勤の件、律に話す。近日中に」
母は振り返らずに頷いた。蛇口の水が、少し強くなる。彼女は強い。強さは、いつも音を立てない。
部屋に戻ってスマホを開く。@相談くんは相変わらず、軽くて速い。〈遠距離は週末デートで〉〈オンラインで映画見よう〉〈深刻ぶるな〉。スクロールを止め、俺は新しい投稿の欄に指を置いた。書いて消す。書いて消す。最後に、三行だけ残った。
距離が変わる前に、音を揃えているところです。
“歩幅”を数えるみたいに、拍を数えています。
音が止まらないうちに、言います。
送信はしなかった。ドラフトのまま保存した。世界に向けて言う前に、本人に言わないと。順番を間違えるほど、俺は器用ではない。
翌日。学校の帰り、俺たちは再びピアノサロンに寄った。昨日より少し遅い時間。ビルの廊下は薄暗く、蛍光灯の端がちらちら瞬く。今日の俺は、拍だけでなく、もう少し、何かできる役を持ちたかった。
「ねえ、メトロノーム貸してください」
受付で言うと、女性は「あら」と笑って、古い三角のやつを出してくれた。ぜんまいを巻くと、針が左右に振れ、カチ、カチ、と軽い音を出す。律が最初の“ド”を落とす。俺は針の振りに合わせて頷く。昨日よりも、音が真っ直ぐに立ち上がった気がする。
中盤で、律の指が止まった。手首が固くなる。視線が、壁の一点で止まる。この感じは知っている。彼の中に、昔の“真っ白”が戻ってきかけているときだ。
「湊」
「いる」
俺は針の音に合わせて、指で机を叩いた。四拍に、合いの手みたいに小さく“&”を足す。カチ、カチ、タン、カチ。律がのぞき込むように俺を見て、笑う。
「なにそれ」
「湊特別付録」
「新作、いいね」
冗談を挟む余白で、彼の指にまた血が巡る。鍵盤に落ちる。昨日より滑らかに“ソ”へ着地する。こういう瞬間のために、俺はここにいる。言葉ではない。拍でもない。合いの手。手触りのある安心。俺の役は、いつも滑稽なほど地味だ。でも、地味であることが、救いの形になる瞬間が確かにある。
終わった。今日の最後の“ド”は、昨日より暗く聴こえた。夜が深いからだろう。重心が低い音は、床に“ただいま”と言う。
外へ出ると、夜風は冷たかった。ビルの前で足を止め、俺は深呼吸をした。肺に夜を入れて、吐き出す。タイミングが、今だと思った。
「ねえ、律」
「ん」
「父さん、春から長野に転勤になるかもしれない」
言葉は、思っていたより静かに出た。叫びでも泣きでもない。ドアの鍵を回す音に近い。カチリ、と噛み合う。律が、まぶたを一度だけ強く閉じた。風が二人のあいだを通る。
「……そっか」
「まだ決定じゃない。けど、可能性は高い」
「教えてくれて、ありがとう」
言わない優しさは残酷。言えた俺は、少しだけ残酷から離れた。けれど、ここから先は別の難しさが始まる。律はポケットからスマホを出して、何かを開いた。
「サロンの夜の予約、週一、もう一ヶ月分、押さえとく。湊が遠くなっても、オンラインで同じ曲、やろう。拍はさ、画面越しでも揃えられる。映画も同時再生できる。会える時は会う。……歩幅、広げすぎない計画、作ろ」
計画。段取り。俺たちが得意なやつ。通れる余白を先に決めておけば、混雑しても迷子にならない。俺はうなずいた。うなずきながら、胸の奥で何かが静かに崩れて、また積み直された。
「遠距離も案外いける、ってさ、軽いコメント見るとさ」
「うん」
「軽いのは、軽いから言えるんだろうけど、俺たちは軽くなくやる」
「うん」
“うん”の音が、四拍目に少し遅れて落ちる。遅れたことが、かえって、約束になった。
帰り道、駅の手前で信号が赤に変わる。待つ間、律が小さく笑った。
「今日の“&”、またやって」
「いいよ」
「好き、あれ」
「俺も」
青に変わった。歩き出す。肩が触れる。触れて、離れる。夜の空気に、二人分の呼吸が薄く混ざる。
家で風呂の湯気に包まれながら、俺は今日のことを頭の中で何度も再生した。音の並び。律の指先。メトロノーム。合いの手。転勤。計画。“軽くなくやる”。遠くない未来の遠さに、手を伸ばす。
布団に潜り、天井を見た。見えない音符が浮かんでは消える。眠りに落ちる寸前、白紙の五線譜の一番上に、ひとつだけ丸い音が置かれた気がした。最初の“ド”。もういちど“はじめまして”と言うための、静かな準備体操。
翌朝、目覚ましより早く目が覚めた。窓の外は曇りで、鳥の声が低い。制服に袖を通し、青ペンをポケットに挿す。学校へ向かう道の途中で、律からメッセージが来た。
〈今日の夜、“ド”から〉
笑ってしまった。画面の前で、声が漏れた。短い返事を打つ。
〈“&”持ってく〉
送信。すぐ既読。〈頼む〉。それだけ。簡単な約束ほど、固い。
昇降口で会う。靴音が二つ、同じ速さで鳴る。俺たちは、まだ“同じ学校の生徒”で、まだ“ここにいる”。未来は層になって、上から順にめくられていく。四月のページが来るまでに、どれだけの音を並べられるだろう。どれだけの拍を、一緒に数えられるだろう。
階段を上がる途中で、律がふと足を止めて言った。
「湊。俺さ、拍手も、足音も、レンズの“カチ”も、全部、曲にできるところまで行きたい」
「行こう」
「一緒に?」
「うん。一緒に」
階段の踊り場の窓に、曇り空が広がる。灰色は、悪い色じゃない。色が決まっていないという自由だ。自由は、怖い。怖いけれど、拍で区切れば歩ける。歩幅で測れば、越えられる。
教室のドアを開ける前、律が小さく言った。
「ありがとう、言ってくれて」
「こちらこそ、弾いてくれて」
言葉と音の交換。等価の重さ。扉が開く。教室の喧噪が、少し遠くに聞こえる。俺たちは席に着き、ノートを開いた。青ペンの先が白い紙に触れる。最初の線が引かれる。この線はガイドだ。行が揃うための、見えない通路。
休み時間、@相談くんに保存していたドラフトを削除した。宛先を間違えないために。次に書くなら、紙の相談箱にする。葛西が言った、相手にだけ届く返事の仕方。ネットのノイズのかわりに、手触りのある紙。音に近い返し方。
夕方、再びサロン。俺たちは昨日より少しだけ長い時間、同じ場所に座った。鍵盤の上で、指が震えながらも、進んだ。拍は、合った。メトロノームの針は、黙々と左右を往復する。音は、止まらない。止めない。
この先、春が来て、ページがめくられても——たぶん、俺たちは“はじめのド”を何度も置き直す。それは敗北じゃない。何度も始め方を思い出せるという強さだ。形は変わる。壊れることも、ある。でも、最初の音は、何度でも置ける。
帰り道の風は冷たくて、頬を刺した。刺す痛みは、痛みでしかないけれど、それが生きている証拠だと、今日の俺は信じられた。信じさせてくれたのは、たぶん、律の“ド”と、俺の“&”。馬鹿みたいに地味な、二人だけのサイン。
駅の手前で、律が言う。
「湊」
「なに」
「好き」
短い。短いのに、行間が、音よりも深い。俺は頷いた。頷きが、曲の最後のコードみたいに、空気を閉じた。今日のやり取りは、ここで一旦、終わり。明日、また“ド”から。
明日も、拍を数える。歩幅を測る。音を置く。遠くに行くための、いちばん静かな練習を続ける。俺たちの“未来の楽譜”はまだ白紙で、その白は怖いほど広い。だけど、隣に彼がいる限り、白は余白に変わる。——通れる余白に。
制服の第二ボタンに指をかけながら、口が乾く。昨日は結局、律に何も言えなかった。ベーカリーの紙袋の匂いだけが手に残り、言葉はどこにも残らなかった。スマホの画面は開いては閉じ、打っては消し、送らない文が層になって溜まっていく。
登校路で、律はいつも通りに現れた。寝癖を片手で押さえて、俺を見つけると少しペースを落とす。歩幅は、今日も迷いなく合う。俺だけが、合わされる側でいることに、急に申し訳なさを覚える。
「おはよう」
「おはよう」
それだけで、ここ数日の幸福が、再生される。信号が赤に変わり、ふたりで立ち止まる。律は小さく息を吐いて、唐突に言った。
「昨日さ、家でピアノ触った」
心臓が、一度だけつまずいた。
「ピアノ?」
「昔やってたって言ったっけ。小学校の終わりのコンクールで、最後の小節の直前で手、止めたんだ。真っ白になって。あの“間”が、今でも体に残ってる。……それがきっかけで、人前の“音”が怖くなった。拍手も、足音も、レンズの“カチ”って音も。文化祭でカメラ避けがちだったの、たぶんそれ」
言葉の端が静かに震えていた。律の声の震えは、怒りでも涙でもない。既に乾いている傷口の説明に似ている。でも、風が当たれば、まだ痛む種類の話。
「ごめん、言わなかった」
「謝ることじゃない」
「でも、言わないのってさ、優しさの仮面かぶった保身だって湊に教わったから」
苦笑しながら、律は続けた。
「昨日さ、ベーカリーの帰り、家の古い電子ピアノで“ド”だけ弾いた。ひとつだけの音なら、怖くなかった。隣の“レ”を鳴らすのが、ちょっと怖かった」
「隣?」
「“次に進む”ってことだから」
「……うん」
青信号。歩き出す。足音が、朝の街にまぎれて溶ける。俺は言い出せない“転居の話”を舌の裏で転がしながら、律の横顔を盗み見た。言わない優しさは時々残酷、と葛西が言ったのを思い出す。その通りだ。俺は今、残酷の側にいる。
「そういえば」
律が声を落とした。
「ピアノの先生から、昨日メッセージもらってさ。街はずれのピアノサロン、夜なら貸してくれるって。知り合いの知り合いみたいな縁。誰もいない時間なら、音の練習、できるかも」
「……行こうよ」
返事が勝手に出た。行こうよ。俺の口から出ると、このふた文字がいつもよりやわらかい。俺は、まだ言えていないことを奥に隠したまま、別の未来へ肯定を出す。ズルい。わかっているから、余計に足元が軽くない。けれど、行こうよと言うしかなかった。音へ向かう律の背中に、俺ができることは多くない。せめて扉を開ける側に立つ。それは、嘘ではない。
午前の授業は、板書がぬるい水の中を流れるみたいに頭の上を通過していった。青ペンの線だけが、現実につながる綱のようだった。昼のチャイム。パンを半分こにして、ほおばる。そういえば、半分こは“譲らない”ための優しさだと教わったばかりだ。俺はいつから、こんなに誰かの言葉で自分を支えているんだろう。
放課後、図書室のカウンターで葛西が台本に赤を入れていた。俺が返却処理を手伝っていると、彼女は顔を上げずに言った。
「三浦くん」
「ん」
「顔、無理してる」
「してない」
「“してない”って言うときの目の動き、今日、横に滑るよ」
俺は笑おうとして、やめた。笑うと片口角が上がる。律が好きだと言った癖。今は、その癖が自分を刺す。
「父の転勤。春から。まだ決定じゃないけど」
言えた。思ったよりも、短く。
葛西は手を止め、空白の行間に視線を落とした。
「言ってくれてありがとう」
「律には……まだ」
「言わない優しさは、時々、残酷」
「うん」
「でも、“言う場所”と“言い方”を選べば、優しさになることもある。ここで練習していく?」
「練習って、あのピアノのと同じ言い方するんだね」
「言葉も音も、隣の鍵に進むのがいちばん怖いもん」
カウンターの向こうで、彼女は小さく笑った。笑いは軽いけれど、言葉は重い。
「ね、三浦くん。『大丈夫』って言えるまで待つ人は多いけど、『大丈夫じゃない』って言ったときに手元のコップを持ってくれる人は少ないよ。朝比奈くんは、たぶん後者だと思う」
胸の奥で、固いものが動いた。俺はうなずくふりをして、うなずいた。図書室の静けさは、音のない音で満ちている。ページの擦れる気配、エアコンの微弱な風、鉛筆の芯が紙をかく微細な音。耳を澄ませば、世界は静かに騒いでいる。
家に帰ってから、@相談くんに短い文を投げた。〈距離が変わるかもしれない。どうすればいいですか〉 送信してすぐ、返ってくる軽い助言。〈遠距離も案外いけるよ〉〈高校生なら仕方ない〉〈今を楽しめ〉〈距離は心次第〉。薄い慰めは、舌の上で溶けやすいけれど、栄養にならない。俺は通知を切り、スマホを伏せた。画面の黒に、歪んだ自分の顔が映る。片口角は上がっていない。鏡は、嘘を下手にする。
夜。ピアノサロンは、小さな雑居ビルの二階にあった。古い木の階段を上がると、薄い灰色の扉。ドアノブが意外に軽い。中は、思ったより明るい。天井のスポットライトが昼白色で、床は濃いめの木。奥にアップライトと、手前に年季の入った電子ピアノ。消毒液の匂いと、古い楽譜の紙の匂いが混じっている。
「いらっしゃい」
中年の女性が笑って出てきた。律の先生の知り合いらしい。俺たちを見る目が、音楽室のピアノほど大きくも重くもない。やわらかな家用の椅子、くらいの距離で見てくれる。
「二人? 時間、自由に使っていいわよ。夜は音、出して大丈夫だから」
「ありがとうございます」
律がアップライトの前に座る。ベンチに腰が沈む音が小さく鳴る。俺は横の椅子に座った。何も弾けない俺の手は、膝の上で所在を探す。観客が一人だけの舞台。楽譜立てには、白紙の五線譜。
「……“ド”からでいい?」
「うん」
律の指が、鍵盤に落ちる。単音。“ド”。透明な石が、静かな池に落とされたみたいに、空気に輪が広がる。俺の胸の中にも、水面があったのかもしれない。波紋がきれいに届いて、ゆっくり消える。
次に“レ”。律の手が少しだけ宙をさまよい、鍵の上へ戻ってくる。落ちる。音は、怖くなかった。彼が息を小さく吐くのが、横でわかった。
「“ミ”」
声に出さない声が、律の喉で動いた気がした。指が鍵に落ち、“ミ”が弾む。三つの音の並びが、ようやく“動き”を帯びる。
「湊、四拍、数えてくれる?」
「うん」
俺は指をひざの上で立て、拍を取る。一定のテンポ。早すぎない、遅すぎない。そこにいた俺は、急に「役を持てた」気がして、ほっとした。拍を取るだけの役。“歩幅を数える”ことの音楽版。俺にもできることがある。
律は“ファ”を落とす前に、一瞬だけ目を閉じた。瞼の薄さの向こうで、昔の舞台の光がきっとまだ残像を作る。拍手の音、レンズのクリック、だれかの咳。ノイズ。彼にとっては、世界は長らく“雑音側”に傾いていたに違いない。
「湊」
「いるよ」
「うん」
“ファ”。“ソ”。“ラ”。音が増えるごとに、部屋の空気の粒が増えた。音は見えないのに、見える。俺の手元の拍が、その見えない粒に輪郭を与える。律は“シ”で指を止め、薄く笑った。
「八つ目、怖い」
「“ド”に戻るから?」
「戻るって、案外むずかしいね」
「帰れる場所」を確かめるみたいに、律は最後の鍵に触れた。“ド”。最初の“ド”とは、同じ高さなのに違う音に聞こえた。最初の“ド”は空白の“はじめまして”。最後の“ド”は、少しだけ汗の匂いがある“ただいま”。
「……弾けた」
「弾けたね」
俺は四拍を止め、両手をぎゅっと握る。掌に自分の爪の痕が残るほど。律がベンチから少し背を離して、息を整えた。スポットライトの白が彼の横顔の骨格を際立たせる。その白に触れたくなるのを、両膝の指で押さえる。
「湊」
「ん」
「ノイズが、ノイズじゃなくなる感じ、あるんだよ。ここにいると。……いや、湊が隣にいると」
心臓が、四拍とは別のリズムで動いた。皮膚が音階を覚えるみたいに、内側で順に明滅する。
「俺、さ」
喉まで来た言葉は“転勤”だった。でも、そこから先に進まない。ここで言えば、音が止まる気がした。せっかく動き始めた八つの鍵が、また「真っ白」の壁の前に足を止める予感が、全身の毛細血管を逆流する。臆病だ。けれど、音は正直だ。正直さの前で嘘を選ぶのは、いちばん下手な生存術だ。
「俺、もう一曲だけ弾いてもいい?」
律が助けるように言い、俺はうなずいた。救われる。彼の優しさは、言葉の速さを調整するメトロノームだ。俺は今、まだ四分音符しか扱えない。
簡単なコード。C、G、Am、F。教則本の最初に出てくる進行だ。律の左手が低音を刻み、右手が上で和音を掴む。音はまだ震えていたが、震えたまま“音楽”になっていた。俺はまた、拍を数える。手の甲に皮膚の白い筋が残るほど、真面目に。笑いそうになる。真面目な拍子の取り方なんて、誰が評価するでもないのに。
終わりの“C”が落ち、余韻の霧が消えかける前に、律が小さく呟いた。
「湊の四拍って、“大丈夫だよ”に似てる」
胸の中心に置いてある石が、少しだけ軽くなる。言葉よりも、音のほうが遠くへ届く。自分で言って自分で苦しめるより、こうして彼に言ってもらうほうが、ずっと正確でやさしい。
サロンを出る前、小さなキッチンで紙コップに水をもらった。冷たい水が喉を抜けていく。店の女性が「またいつでも」と言ってくれた。帰りの階段を下りると、外は薄く風が吹いていた。夜の匂い。信号の青だけが鮮やかで、他は全部鈍い。
「送るよ」
「駅まででいい」
「うん」
駅までの角を一つ曲がったところで、律が足を止めた。コンビニの明かりが彼の視線に細い糸を引く。
「湊。さっき言いかけた?」
「……うん。けど、まだ、言葉の形にならない」
「じゃあ、形になるまで待つ」
待つ、という二音が、ただの時間の経過じゃなく、共同作業の名だと初めて思えた。俺はうなずくふりをして、ちゃんとうなずいた。
家に着くと、居間のテーブルに、父の手帳が開きっぱなしになっていた。四月のページに、小さな付箋。〈長野〉。母は台所で夕飯の片付けをしている。皿と皿が触れる音が、ピアノの“ミ”に似ていた。俺は台所の戸口に寄り、洗い物の背中に向かって言った。
「父さんの転勤の件、律に話す。近日中に」
母は振り返らずに頷いた。蛇口の水が、少し強くなる。彼女は強い。強さは、いつも音を立てない。
部屋に戻ってスマホを開く。@相談くんは相変わらず、軽くて速い。〈遠距離は週末デートで〉〈オンラインで映画見よう〉〈深刻ぶるな〉。スクロールを止め、俺は新しい投稿の欄に指を置いた。書いて消す。書いて消す。最後に、三行だけ残った。
距離が変わる前に、音を揃えているところです。
“歩幅”を数えるみたいに、拍を数えています。
音が止まらないうちに、言います。
送信はしなかった。ドラフトのまま保存した。世界に向けて言う前に、本人に言わないと。順番を間違えるほど、俺は器用ではない。
翌日。学校の帰り、俺たちは再びピアノサロンに寄った。昨日より少し遅い時間。ビルの廊下は薄暗く、蛍光灯の端がちらちら瞬く。今日の俺は、拍だけでなく、もう少し、何かできる役を持ちたかった。
「ねえ、メトロノーム貸してください」
受付で言うと、女性は「あら」と笑って、古い三角のやつを出してくれた。ぜんまいを巻くと、針が左右に振れ、カチ、カチ、と軽い音を出す。律が最初の“ド”を落とす。俺は針の振りに合わせて頷く。昨日よりも、音が真っ直ぐに立ち上がった気がする。
中盤で、律の指が止まった。手首が固くなる。視線が、壁の一点で止まる。この感じは知っている。彼の中に、昔の“真っ白”が戻ってきかけているときだ。
「湊」
「いる」
俺は針の音に合わせて、指で机を叩いた。四拍に、合いの手みたいに小さく“&”を足す。カチ、カチ、タン、カチ。律がのぞき込むように俺を見て、笑う。
「なにそれ」
「湊特別付録」
「新作、いいね」
冗談を挟む余白で、彼の指にまた血が巡る。鍵盤に落ちる。昨日より滑らかに“ソ”へ着地する。こういう瞬間のために、俺はここにいる。言葉ではない。拍でもない。合いの手。手触りのある安心。俺の役は、いつも滑稽なほど地味だ。でも、地味であることが、救いの形になる瞬間が確かにある。
終わった。今日の最後の“ド”は、昨日より暗く聴こえた。夜が深いからだろう。重心が低い音は、床に“ただいま”と言う。
外へ出ると、夜風は冷たかった。ビルの前で足を止め、俺は深呼吸をした。肺に夜を入れて、吐き出す。タイミングが、今だと思った。
「ねえ、律」
「ん」
「父さん、春から長野に転勤になるかもしれない」
言葉は、思っていたより静かに出た。叫びでも泣きでもない。ドアの鍵を回す音に近い。カチリ、と噛み合う。律が、まぶたを一度だけ強く閉じた。風が二人のあいだを通る。
「……そっか」
「まだ決定じゃない。けど、可能性は高い」
「教えてくれて、ありがとう」
言わない優しさは残酷。言えた俺は、少しだけ残酷から離れた。けれど、ここから先は別の難しさが始まる。律はポケットからスマホを出して、何かを開いた。
「サロンの夜の予約、週一、もう一ヶ月分、押さえとく。湊が遠くなっても、オンラインで同じ曲、やろう。拍はさ、画面越しでも揃えられる。映画も同時再生できる。会える時は会う。……歩幅、広げすぎない計画、作ろ」
計画。段取り。俺たちが得意なやつ。通れる余白を先に決めておけば、混雑しても迷子にならない。俺はうなずいた。うなずきながら、胸の奥で何かが静かに崩れて、また積み直された。
「遠距離も案外いける、ってさ、軽いコメント見るとさ」
「うん」
「軽いのは、軽いから言えるんだろうけど、俺たちは軽くなくやる」
「うん」
“うん”の音が、四拍目に少し遅れて落ちる。遅れたことが、かえって、約束になった。
帰り道、駅の手前で信号が赤に変わる。待つ間、律が小さく笑った。
「今日の“&”、またやって」
「いいよ」
「好き、あれ」
「俺も」
青に変わった。歩き出す。肩が触れる。触れて、離れる。夜の空気に、二人分の呼吸が薄く混ざる。
家で風呂の湯気に包まれながら、俺は今日のことを頭の中で何度も再生した。音の並び。律の指先。メトロノーム。合いの手。転勤。計画。“軽くなくやる”。遠くない未来の遠さに、手を伸ばす。
布団に潜り、天井を見た。見えない音符が浮かんでは消える。眠りに落ちる寸前、白紙の五線譜の一番上に、ひとつだけ丸い音が置かれた気がした。最初の“ド”。もういちど“はじめまして”と言うための、静かな準備体操。
翌朝、目覚ましより早く目が覚めた。窓の外は曇りで、鳥の声が低い。制服に袖を通し、青ペンをポケットに挿す。学校へ向かう道の途中で、律からメッセージが来た。
〈今日の夜、“ド”から〉
笑ってしまった。画面の前で、声が漏れた。短い返事を打つ。
〈“&”持ってく〉
送信。すぐ既読。〈頼む〉。それだけ。簡単な約束ほど、固い。
昇降口で会う。靴音が二つ、同じ速さで鳴る。俺たちは、まだ“同じ学校の生徒”で、まだ“ここにいる”。未来は層になって、上から順にめくられていく。四月のページが来るまでに、どれだけの音を並べられるだろう。どれだけの拍を、一緒に数えられるだろう。
階段を上がる途中で、律がふと足を止めて言った。
「湊。俺さ、拍手も、足音も、レンズの“カチ”も、全部、曲にできるところまで行きたい」
「行こう」
「一緒に?」
「うん。一緒に」
階段の踊り場の窓に、曇り空が広がる。灰色は、悪い色じゃない。色が決まっていないという自由だ。自由は、怖い。怖いけれど、拍で区切れば歩ける。歩幅で測れば、越えられる。
教室のドアを開ける前、律が小さく言った。
「ありがとう、言ってくれて」
「こちらこそ、弾いてくれて」
言葉と音の交換。等価の重さ。扉が開く。教室の喧噪が、少し遠くに聞こえる。俺たちは席に着き、ノートを開いた。青ペンの先が白い紙に触れる。最初の線が引かれる。この線はガイドだ。行が揃うための、見えない通路。
休み時間、@相談くんに保存していたドラフトを削除した。宛先を間違えないために。次に書くなら、紙の相談箱にする。葛西が言った、相手にだけ届く返事の仕方。ネットのノイズのかわりに、手触りのある紙。音に近い返し方。
夕方、再びサロン。俺たちは昨日より少しだけ長い時間、同じ場所に座った。鍵盤の上で、指が震えながらも、進んだ。拍は、合った。メトロノームの針は、黙々と左右を往復する。音は、止まらない。止めない。
この先、春が来て、ページがめくられても——たぶん、俺たちは“はじめのド”を何度も置き直す。それは敗北じゃない。何度も始め方を思い出せるという強さだ。形は変わる。壊れることも、ある。でも、最初の音は、何度でも置ける。
帰り道の風は冷たくて、頬を刺した。刺す痛みは、痛みでしかないけれど、それが生きている証拠だと、今日の俺は信じられた。信じさせてくれたのは、たぶん、律の“ド”と、俺の“&”。馬鹿みたいに地味な、二人だけのサイン。
駅の手前で、律が言う。
「湊」
「なに」
「好き」
短い。短いのに、行間が、音よりも深い。俺は頷いた。頷きが、曲の最後のコードみたいに、空気を閉じた。今日のやり取りは、ここで一旦、終わり。明日、また“ド”から。
明日も、拍を数える。歩幅を測る。音を置く。遠くに行くための、いちばん静かな練習を続ける。俺たちの“未来の楽譜”はまだ白紙で、その白は怖いほど広い。だけど、隣に彼がいる限り、白は余白に変わる。——通れる余白に。



