放課後の空気には、いつも少しだけ粉っぽい匂いがする。黒板を消した後のチョークの粉が、光の粒みたいに漂っているからだろう。夏の手前。湿気を含んだ風が窓の隙間から入ってきて、紙の端をふわりと揺らす。
そんな中で、朝比奈律が言った。
「湊、俺さ――好きな子ができた」
あまりにも何気ない声だった。
ペンのキャップを閉めるよりも短い間に、俺の世界は一秒だけ遅れた。
空気の粒が止まり、チョークの粉が宙で静止する。
律の声が、信号みたいに青から赤に変わった気がした。
けれど、俺は笑う。反射みたいに。
「へえ。珍しいね」
そう言って机の上のノートを閉じた。青ペンでそろえた字が、まだインクのにおいを残している。
律は少しだけ髪を掻き上げて、苦笑した。
「珍しいって、どういう意味」
「律って、好きとかそういうのあんまり言わないじゃん。ほら、なんていうか……恋愛より部活のこと優先するタイプっていうか」
「……たしかに」
律は笑って、机の角に腰を乗せた。
「だから、まあ新鮮で」
「で、どんな子なの?」
自分で訊いておきながら、胸の奥がぎゅっと縮まる。
“どんな子”って言葉が、針のように跳ね返ってくるのを知っていながら、俺は逃げられなかった。
律は少し考えてから、ぽつぽつと口を開く。
「あんまり自分のこと話さない。笑うと、片口角だけ上がる。朝は弱くて、ノートは青ペン一本。字がきれいなんだ。……几帳面だけど、変なところで抜けてる」
黒板の前で時間が止まった。
音も、匂いも、視界の輪郭も。
――それ、俺じゃないか。
笑うと片口角が上がるって、自分でも気づいている癖だ。
朝が弱いのは、律のほうがよく知っている。いつも俺を教室まで引きずってきたのは、彼だから。
心臓が一度、ずれるように鳴った。
でも、俺は顔に出さなかった。
「……なるほどね」
その一言に、すべてを押し込んだ。
机の上に置いた手のひらを、少しだけ強く握る。
爪が当たる感覚で、現実を取り戻す。
「で、どうするの?」
「いや、それを相談しようと思って」
「なるほど、“恋愛相談”か」
「そう。湊って、そういうの得意そうだし」
「得意って……」
思わず笑ってしまう。
誰が言い出したんだろう、俺が“人の恋を整える係”だなんて。
でも、律がそう言うなら、俺はその役を演じるしかない。
「じゃあ、初回ヒアリングね」
冗談めかして言いながら、カバンを肩にかけた。
律が少し笑って「保健委員の問診みたい」と返す。
「場所、変えよ。ここだと人来る」
「図書委員の当番あるけど、途中までなら」
「じゃ、階段のとこ行こ」
黒板の粉がまた舞う。
律が先にドアを開けて出ていく。その背中を見ながら、俺は小さく息を吐いた。
階段の踊り場は、放課後の音の溜まり場だ。
バスケットボールの弾む音、吹奏楽のチューニング、遠くの笑い声。全部が同じ壁に跳ね返って、微妙に反響している。
律はその真ん中に立って、窓の外の夕焼けを見た。
空はまだ明るいのに、校舎の影は長く伸びている。
「で、どうしたらいいと思う?」
まっすぐ俺を見る目が、相変わらず真剣で。
俺はわざと軽く肩をすくめた。
「……とりあえず、日常の共有からじゃない?」
「日常?」
「そう。返しやすい話題を一日ひとつ。たとえば“今日の天気”とか、“コンビニの新作スイーツ”とか。返事しやすい話題なら続くから」
「なるほど。沈黙は?」
「訓練する」
「訓練?」
「沈黙を“嫌な間”にしない訓練。無理に話そうとしないで、沈黙ごと一緒にいられるように」
律は小さく笑った。
「歩幅、みたいだな」
「歩幅?」
「一緒に歩くときの。早すぎても遅すぎてもダメだろ。恋愛もそんな感じなんだろうなって」
思わず、目が合った。
その瞬間、どこかがひりついた。
律の目の中には、夕焼けの色が混ざっていて、まるで誰かを見つめているみたいだった。
「……うん。歩幅、大事だね」
それ以上の言葉が出てこなかった。
自分でも、喉の奥に何か詰まっているようで。
「ありがとう、湊」
「どういたしまして。報告は毎回きちんとね、患者さん」
「じゃ、次回予約入れとく」
笑って、律は階段を下りていった。
夕陽がその背中に当たり、少し赤く染まる。
俺はしばらく、その光景を見ていた。
図書室は静かだった。
埃っぽいけれど、安心する匂いがする。
本棚の間を歩くたび、心が整っていく気がした。
当番表に丸をつけて、カウンターの前に立つ。
誰もいない。窓際の木漏れ日が、机の上に小さな模様を作っている。
黒い消しゴムのかけらを集めていたとき、ドアが開いた。
「三浦くん、いた」
声の主は葛西ほのかだった。
同じ図書委員で、演劇部の脚本も書いている。
いつも穏やかで、柔らかい雰囲気の子だ。
「これ、ポスター。文化祭の公演の宣伝、頼んでいい?」
「うん。掲示板に貼っておくよ」
「ありがとう。――そういえば、最近元気ないね」
「え?」
「なんか、顔つきが違う。大丈夫?」
「平気。期末疲れ」
「そっか」
彼女はポスターを置いて、少し笑った。
ポスターには〈“青い影法師”〉というタイトルが大きく印字されていた。
彼女の書く脚本は、いつもどこか切なくて、優しい。
それを見ながら、俺は思う。
人って、自分の影を見つけるのが怖いんだ。
でも、影の中にしか見えない形もある。
――律が好きだという“その子”の影は、俺にそっくりだ。
なのに、俺はその影を踏めない。
帰宅してからも、机の上の青ペンが目につく。
キャップのキズ。いつも律が貸してくれるやつと同じメーカー。
スマホの通知が鳴った。
画面には「朝比奈律」の名前。
心臓が反射的に跳ねる。
メッセージは、たった一行。
〈片口角、直したほうがいいかな〉
数秒間、息をするのを忘れる。
俺はスマホを握ったまま、天井を見上げた。
――わざとだろ。
そんな気がした。
けれど、確かめる勇気はなかった。
指先が勝手に動く。
主語を抜いて、言葉を打つ。
〈その癖が好きって言う人、いると思う〉
送信。
数秒後、既読がつく。
でも、返事は来なかった。
そのままスマホを伏せて、机の上の消しゴムかすを払う。
指先が小刻みに震えている。
何をしてるんだろう、俺は。
アドバイスする側なのに、言葉の裏で自分を守っている。
“相談役”の仮面を被って、期待を殺している。
それでも――。
心のどこかで、微かな希望が芽吹いてしまう。
潰すように、靴裏で踏みつける。
期待なんか、してはいけない。
だって俺は、ただの相談役なんだから。
次の日の朝、律はいつも通り教室にいた。
窓際の席で、寝ぐせを手で押さえながら欠伸をしている。
「おはよ」
「おはよう。……昨日のメッセ、ありがとな」
「別に」
「“その癖が好きって言う人、いると思う”ってさ。あれ、ちょっと救われた」
「そ、そう」
「でも、湊が言うと説得力ある」
「なんで」
「湊って、人の癖とか気づくの得意だから。俺のも」
「……見すぎ」
「見てないよ」
そう言いながら、律は笑った。
いつもの笑い方。俺のよく知っている、左の口角だけが上がる笑い。
ああ、だめだ。
また一歩、沈んでいく。
午前の授業は何も頭に入らなかった。
ノートを取る手が止まる。
文字の行が乱れ、青ペンのインクが一点だけ濃く滲む。
放課後。
律と別れてから、俺は図書室へ行った。
誰もいない書架の間で、さっきの出来事を何度も反芻する。
“好きな子ができた”――その言葉の最初の響きが、まだ耳の奥に残っている。
律の声のトーンまで思い出せる。
好きな子。
好きな子。
好きな子。
そのたびに胸が痛い。
机の端に置かれたポスターの角を指でなぞる。
葛西が描いた青い影法師のイラスト。
影の形が、どこか人の心みたいに歪んでいる。
俺は思う。
――俺の中にも、影がある。
律が踏んだら痛む影。
誰にも見せられない。
だから笑うしかない。
“俺は相談役だ。線を引ける”
そう心で繰り返す。
でも、繰り返すほど、線は滲んでいく。
帰り際、昇降口で律とすれ違った。
律はスマホを見ながら、ふと顔を上げて言う。
「湊」
「ん?」
「さっき、ありがとうな」
「なにが」
「いや、いつも相談乗ってくれて」
「……俺、相談相手として有能?」
「有能。多分、恋愛カウンセラーになれる」
「バイト代ほしい」
「じゃ、次はカフェおごる」
「ほんと?」
「ほんと」
小さな約束。
たったそれだけのやりとりなのに、心臓がやけにうるさい。
律が靴を履き替えて出ていく。
夕陽の色が校庭に広がって、影が二つ並ぶ。
その影の距離は、たぶん一歩分。
でも、その一歩がどうしても埋まらない。
夜。
部屋の明かりを落として、机の上に青ペンを転がす。
ペン先が光を反射して、まるで小さな星みたいに見える。
スマホの画面がまた光った。
律からのメッセージ。
〈明日、例の子に話しかけてみる〉
胸の奥がきゅっと縮む。
返事を打とうとして、やめた。
文字にしたら、本当の気持ちが漏れそうで怖い。
机の上にペンを戻し、静かに目を閉じる。
頭の中で、律の声がまた響く。
――「湊、俺さ――好きな子ができた」
その一言のせいで、世界が少しだけ傾いた。
もう元には戻らない気がした。
けれど、それでもいいと思ってしまった自分が、
一番の罪なのかもしれない。
(第1話・了)
――次話 第2話「相談は徐々に“俺のプロフィール”へ」へ続く。
そんな中で、朝比奈律が言った。
「湊、俺さ――好きな子ができた」
あまりにも何気ない声だった。
ペンのキャップを閉めるよりも短い間に、俺の世界は一秒だけ遅れた。
空気の粒が止まり、チョークの粉が宙で静止する。
律の声が、信号みたいに青から赤に変わった気がした。
けれど、俺は笑う。反射みたいに。
「へえ。珍しいね」
そう言って机の上のノートを閉じた。青ペンでそろえた字が、まだインクのにおいを残している。
律は少しだけ髪を掻き上げて、苦笑した。
「珍しいって、どういう意味」
「律って、好きとかそういうのあんまり言わないじゃん。ほら、なんていうか……恋愛より部活のこと優先するタイプっていうか」
「……たしかに」
律は笑って、机の角に腰を乗せた。
「だから、まあ新鮮で」
「で、どんな子なの?」
自分で訊いておきながら、胸の奥がぎゅっと縮まる。
“どんな子”って言葉が、針のように跳ね返ってくるのを知っていながら、俺は逃げられなかった。
律は少し考えてから、ぽつぽつと口を開く。
「あんまり自分のこと話さない。笑うと、片口角だけ上がる。朝は弱くて、ノートは青ペン一本。字がきれいなんだ。……几帳面だけど、変なところで抜けてる」
黒板の前で時間が止まった。
音も、匂いも、視界の輪郭も。
――それ、俺じゃないか。
笑うと片口角が上がるって、自分でも気づいている癖だ。
朝が弱いのは、律のほうがよく知っている。いつも俺を教室まで引きずってきたのは、彼だから。
心臓が一度、ずれるように鳴った。
でも、俺は顔に出さなかった。
「……なるほどね」
その一言に、すべてを押し込んだ。
机の上に置いた手のひらを、少しだけ強く握る。
爪が当たる感覚で、現実を取り戻す。
「で、どうするの?」
「いや、それを相談しようと思って」
「なるほど、“恋愛相談”か」
「そう。湊って、そういうの得意そうだし」
「得意って……」
思わず笑ってしまう。
誰が言い出したんだろう、俺が“人の恋を整える係”だなんて。
でも、律がそう言うなら、俺はその役を演じるしかない。
「じゃあ、初回ヒアリングね」
冗談めかして言いながら、カバンを肩にかけた。
律が少し笑って「保健委員の問診みたい」と返す。
「場所、変えよ。ここだと人来る」
「図書委員の当番あるけど、途中までなら」
「じゃ、階段のとこ行こ」
黒板の粉がまた舞う。
律が先にドアを開けて出ていく。その背中を見ながら、俺は小さく息を吐いた。
階段の踊り場は、放課後の音の溜まり場だ。
バスケットボールの弾む音、吹奏楽のチューニング、遠くの笑い声。全部が同じ壁に跳ね返って、微妙に反響している。
律はその真ん中に立って、窓の外の夕焼けを見た。
空はまだ明るいのに、校舎の影は長く伸びている。
「で、どうしたらいいと思う?」
まっすぐ俺を見る目が、相変わらず真剣で。
俺はわざと軽く肩をすくめた。
「……とりあえず、日常の共有からじゃない?」
「日常?」
「そう。返しやすい話題を一日ひとつ。たとえば“今日の天気”とか、“コンビニの新作スイーツ”とか。返事しやすい話題なら続くから」
「なるほど。沈黙は?」
「訓練する」
「訓練?」
「沈黙を“嫌な間”にしない訓練。無理に話そうとしないで、沈黙ごと一緒にいられるように」
律は小さく笑った。
「歩幅、みたいだな」
「歩幅?」
「一緒に歩くときの。早すぎても遅すぎてもダメだろ。恋愛もそんな感じなんだろうなって」
思わず、目が合った。
その瞬間、どこかがひりついた。
律の目の中には、夕焼けの色が混ざっていて、まるで誰かを見つめているみたいだった。
「……うん。歩幅、大事だね」
それ以上の言葉が出てこなかった。
自分でも、喉の奥に何か詰まっているようで。
「ありがとう、湊」
「どういたしまして。報告は毎回きちんとね、患者さん」
「じゃ、次回予約入れとく」
笑って、律は階段を下りていった。
夕陽がその背中に当たり、少し赤く染まる。
俺はしばらく、その光景を見ていた。
図書室は静かだった。
埃っぽいけれど、安心する匂いがする。
本棚の間を歩くたび、心が整っていく気がした。
当番表に丸をつけて、カウンターの前に立つ。
誰もいない。窓際の木漏れ日が、机の上に小さな模様を作っている。
黒い消しゴムのかけらを集めていたとき、ドアが開いた。
「三浦くん、いた」
声の主は葛西ほのかだった。
同じ図書委員で、演劇部の脚本も書いている。
いつも穏やかで、柔らかい雰囲気の子だ。
「これ、ポスター。文化祭の公演の宣伝、頼んでいい?」
「うん。掲示板に貼っておくよ」
「ありがとう。――そういえば、最近元気ないね」
「え?」
「なんか、顔つきが違う。大丈夫?」
「平気。期末疲れ」
「そっか」
彼女はポスターを置いて、少し笑った。
ポスターには〈“青い影法師”〉というタイトルが大きく印字されていた。
彼女の書く脚本は、いつもどこか切なくて、優しい。
それを見ながら、俺は思う。
人って、自分の影を見つけるのが怖いんだ。
でも、影の中にしか見えない形もある。
――律が好きだという“その子”の影は、俺にそっくりだ。
なのに、俺はその影を踏めない。
帰宅してからも、机の上の青ペンが目につく。
キャップのキズ。いつも律が貸してくれるやつと同じメーカー。
スマホの通知が鳴った。
画面には「朝比奈律」の名前。
心臓が反射的に跳ねる。
メッセージは、たった一行。
〈片口角、直したほうがいいかな〉
数秒間、息をするのを忘れる。
俺はスマホを握ったまま、天井を見上げた。
――わざとだろ。
そんな気がした。
けれど、確かめる勇気はなかった。
指先が勝手に動く。
主語を抜いて、言葉を打つ。
〈その癖が好きって言う人、いると思う〉
送信。
数秒後、既読がつく。
でも、返事は来なかった。
そのままスマホを伏せて、机の上の消しゴムかすを払う。
指先が小刻みに震えている。
何をしてるんだろう、俺は。
アドバイスする側なのに、言葉の裏で自分を守っている。
“相談役”の仮面を被って、期待を殺している。
それでも――。
心のどこかで、微かな希望が芽吹いてしまう。
潰すように、靴裏で踏みつける。
期待なんか、してはいけない。
だって俺は、ただの相談役なんだから。
次の日の朝、律はいつも通り教室にいた。
窓際の席で、寝ぐせを手で押さえながら欠伸をしている。
「おはよ」
「おはよう。……昨日のメッセ、ありがとな」
「別に」
「“その癖が好きって言う人、いると思う”ってさ。あれ、ちょっと救われた」
「そ、そう」
「でも、湊が言うと説得力ある」
「なんで」
「湊って、人の癖とか気づくの得意だから。俺のも」
「……見すぎ」
「見てないよ」
そう言いながら、律は笑った。
いつもの笑い方。俺のよく知っている、左の口角だけが上がる笑い。
ああ、だめだ。
また一歩、沈んでいく。
午前の授業は何も頭に入らなかった。
ノートを取る手が止まる。
文字の行が乱れ、青ペンのインクが一点だけ濃く滲む。
放課後。
律と別れてから、俺は図書室へ行った。
誰もいない書架の間で、さっきの出来事を何度も反芻する。
“好きな子ができた”――その言葉の最初の響きが、まだ耳の奥に残っている。
律の声のトーンまで思い出せる。
好きな子。
好きな子。
好きな子。
そのたびに胸が痛い。
机の端に置かれたポスターの角を指でなぞる。
葛西が描いた青い影法師のイラスト。
影の形が、どこか人の心みたいに歪んでいる。
俺は思う。
――俺の中にも、影がある。
律が踏んだら痛む影。
誰にも見せられない。
だから笑うしかない。
“俺は相談役だ。線を引ける”
そう心で繰り返す。
でも、繰り返すほど、線は滲んでいく。
帰り際、昇降口で律とすれ違った。
律はスマホを見ながら、ふと顔を上げて言う。
「湊」
「ん?」
「さっき、ありがとうな」
「なにが」
「いや、いつも相談乗ってくれて」
「……俺、相談相手として有能?」
「有能。多分、恋愛カウンセラーになれる」
「バイト代ほしい」
「じゃ、次はカフェおごる」
「ほんと?」
「ほんと」
小さな約束。
たったそれだけのやりとりなのに、心臓がやけにうるさい。
律が靴を履き替えて出ていく。
夕陽の色が校庭に広がって、影が二つ並ぶ。
その影の距離は、たぶん一歩分。
でも、その一歩がどうしても埋まらない。
夜。
部屋の明かりを落として、机の上に青ペンを転がす。
ペン先が光を反射して、まるで小さな星みたいに見える。
スマホの画面がまた光った。
律からのメッセージ。
〈明日、例の子に話しかけてみる〉
胸の奥がきゅっと縮む。
返事を打とうとして、やめた。
文字にしたら、本当の気持ちが漏れそうで怖い。
机の上にペンを戻し、静かに目を閉じる。
頭の中で、律の声がまた響く。
――「湊、俺さ――好きな子ができた」
その一言のせいで、世界が少しだけ傾いた。
もう元には戻らない気がした。
けれど、それでもいいと思ってしまった自分が、
一番の罪なのかもしれない。
(第1話・了)
――次話 第2話「相談は徐々に“俺のプロフィール”へ」へ続く。



