「雨、降らないといいですね」
「まだ雨雲っぽいのないし、大丈夫だろ。花火は絶対見たいよな」
 お祭り会場に向かいながら空を見上げる。雲は薄らとしか流れていない。
「予報では深夜から雨マークが付いてますけど、明日にずれ込みそうですね。良かった。これで当日雨だったら、泣いてました」
「確かに、別日に変更されるわけじゃないし。晴れよかったな」
「先輩、楽しみにしてましたもんね」
「なんで俺が? 櫂李がだろ」
「覚えてないんですか? 先輩、オレの実家からの帰りの電車で楽しみだって言ってたんですよ」
「そんなこと言ってた……のか……」
「殆ど寝言でしたけど、それって本音ですよね」

 櫂李が俺の手を引く。
「もう人が増えてきましたから、手、離さないでくださいね」
「一年生に子供扱いされたくない」
「じゃあ、オレが繋ぎたいから。これなら良いですか?」
 俺だって……言おうとして、言えなかった。
 代わりに繋いだ手に力を込めた。

 櫂李はにっこりと微笑んで、屋台に目を向ける。
「花火までにいっぱい食べましょう!! あと、ヨーヨー掬いやりたいです。お面屋さん、あるかなぁ」
「ガキじゃん」
「童心に戻って楽しむのが吉なのですよ。お祭りなんですから」
 屈託のない笑顔は童心そのものだ。
 櫂李の半分くらい、素直になれたら良いのに……。
「射的で商品ゲットした方の勝ちな」
「望むところです。負けた方がかき氷奢りですよ」
 自然と笑顔になれる。
 かき氷を俺が奢って、たこ焼きを櫂李が奢ってくれた。
 途中で凛と煌陽とバッタリ会い、四人で写真を撮った。
 お祭りの間、いつの間にか俺は笑っていた。素直に楽しくて、変なプライドも拗らせた思考も全て無くなっていた。

「櫂李、まだ食べるのかよ」
「花火見ながらポテト食べましょう。穴場、聞いてきました」
「へぇ、そんな場所あるんだ」
「先輩、人混みは得意じゃないでしょ? 座って見られる所、探しておいたんです」
「百点じゃん」
「初めて褒められた!!」
「俺が初めて人を褒めたみたいになるだろ」
「少なくとも、オレは初めてです。頑張って良かったです」
「俺はそんなに鬼じゃねぇよ」
「じゃあ、これからもいっぱい褒めて下さいね」

 今日が楽しい一番の理由は知っている。
 櫂李が繋いだ手を離さないでいてくれたから。
 穴場スポットに着くと、準備されていたみたいに二人掛けのベンチがある。
「ここです。最高のロケーションでしょ」
「あぁ、本当に殆ど人がいない。少し離れただけなのに」
 並んで座ると、タイミングよく一発目の花火が上がる。
 轟音が遅れて響き、次の花火が上がる。
「綺麗だな……」
「綺麗ですね……」
 高校生活で最高の思い出になったのは間違いない。

 今、このタイミングで告白されれば、俺は素直にOKするだろう。
 でも、自分から言える勇気はない。
 ……言ってくれねぇかな。好きだって。
 無意識に櫂李を眺めていた。
 ふと目が合って、柔らかく目を細めて微笑む。
 櫂李が俺に頭を傾けたから、俺も櫂李の肩に凭れかかった。
 何も言わず、無言で花火を見つめる。
 ずっとこの時間が続けば良いのにと、花火に祈った。