「先輩、おはようございます。キス、しますか?」
寝起きとは思えない爽やかな笑顔で、高瀬櫂李が俺に向かって両手を広げている。
朝食の準備を終えたばかりの俺は、ちょうどみんなを起こしに行こうとキッチンから出てきたところだった。
「……しないけど」
「えっ!!」
徐に驚いて後ずさる櫂李。
こいつの言動は、いまひとつ本気度が測れない。
「あのさ、櫂李。俺ら別に付き合ってもないんだからな?」
「えぇぇっ!!!」
「なんで毎回新鮮に驚くんだよ。何回目だよこのくだり。ネタかよ」
「だって、生徒会専用シェアハウスに入居したら、カップルになるって噂を聞いて。オレ、すげー楽しみにしてきたんですよ? 煌陽さんと凛先輩は実際付き合ってるし。ってことは……オレと星凪先輩は、実質恋人で……」
「実質恋人なんてないだろう。大体、恋人になる確率が高いってだけで、例外も普通にあるからな」
「オレと先輩は例外じゃないでしょ」
一年のくせに俺よりも背が高い櫂李が覆い被さってくる。
犬みたいだ……。明るい茶色のふんわりとした髪が、更に犬っぽさを誇張している。
なんて思っても、こんなに大きな犬は飼ったことがない。
「離せったら」
「先輩の匂い、好き〜」
「はっ? 首許を嗅ぐな!! ひゃっ! くすぐったい、やめろって」
毎朝、俺と櫂李はこんな戯れから始まる。
「おはよー、朝から仲良いね」
「凛、笑ってないで助けてよ」
「案外、毎朝のお楽しみだったりするんだけどな。ね、煌陽くん」
「俺はどうでもいい。んなことより、早く朝飯にしようぜ。腹へった」
「あぁ、直ぐにテーブルに運ぶよ。ほら、櫂李も手伝え」
凛と煌陽が起きてくると、四人で席に着く。
「いただきます!!」
揃って手を合わせ、賑やかな朝が始まる。
蒼稜学園グループ【凪ヶ丘高等部】は全寮制の男子校だが、生徒会メンバーだけはシェアハウスに入居するのが決まりだ。
八人の生徒会メンバーがA棟とB棟に分かれて、四人ずつ生活している。
寮だと寮母さんが生活面のサポートをしてくれるが、俺たち生徒会メンバーは、自分たちで協力し合って生活する。役割分担や、ルールもそれぞれで設け、日々の生活の中で団結力や協調性を養うのが目的だ。
そして……。
「でもさ、実際多いよね。歴代生徒会メンバー同士のカップル」
粉末を溶かしただけのコーンポタージュを飲みながら凛が切り出す。
「環境が特殊だし、やっぱ大変さを理解し合えるってのが大きいんじゃね?」
この話題を流そうと思っていたのに、そうはさせてもらえないらしい。
「凛先輩、因みにB棟はどうなんですか?」
「あっちは会計の二人が付き合ってて、副会長の紫暮君は、去年広報だった先輩と今も続いてるよ」
「じゃあ、俺と同じ一年の大夢はボッチじゃないですか」
「あのなぁ櫂李、絶対に生徒会同士じゃないとダメなんて決まりはないからな? それに、今は四人ずつだけど、追加の生徒会メンバーは一学期の成績で決まる。夏休み明けには、もう一人入ってくるんだからな」
「そっかぁ。そうでしたね。じゃあ、オレ、星凪先輩を取られないようにマーキングしとかないとですねぇ」
「ばっっ……」っかやろう……!!!
マーキングってなんだよ。俺まで犬にすんなよ!!
突拍子もない言葉に盛大に咽せそうになったのを、なんとか耐えた。
櫂李は去年のオープンスクールで俺を見て一目惚れをしたらしく、受験も凪高一択、生徒会入りを自ら希望し、入学してきた。
そしてA棟に引っ越して来るや否や、その熱い想いを俺の両手を握りしめて語り尽くした。
「櫂李は星凪の忠犬だな」煌陽が言う。
「そうだね、お似合いだと思うけど」その隣で凛が揶揄う。
スポーツ系の煌陽と、中世的な美人の凛。二人は櫂李の言った通り、付き合っている。
変に付き纏われやすい凛を助けていくうちに、二人の愛は芽生えた。付き合いだしたのは、極自然の流れだった。
煌陽と恋人になってからは、凛も危ない目に遭わなくなったし、最初こそ意外な組み合わせだなと思ったけれど、唯一無二だと今では思っている。
「さっさと片付けして準備するぞ」
「ごちそうさまでした」
「忠犬、片付け手伝え」
「わんっ!!」
こいつには、嫌味も通じない。
ずっと隣で尻尾を振り続けている櫂李に、素直に甘えたい気持ちはある。でもこんな性格が邪魔して、肝心の一歩が踏み込めない。
俺だって、恋愛に興味がないわけじゃない。
高校生という一番輝かしいであろう時間を、楽しく過ごしたいと思っていた。
なのに恋人もできないまま、あっという間に最終学年。
このままじゃ、大変だった生徒会活動の思い出だけで終わってしまう。内心、そんな不安に駆られているのも事実だ。
「入学してからまだ二ヶ月だってのに、俺たちはまだお互いのこと知らないだろう?」
「そんなの、これから嫌ってほど知るじゃないですか。それに、俺はもう星凪先輩が甘〜い卵焼きが好きだって、知ってますよ」
準備していたお弁当のおかずから、卵焼きを一つ摘んで口に放り込む。
「んま〜〜!! 今日、先輩がお弁当当番なの、ラッキー」
「あっ!! おまっ!! 余分なんてないんだからな。櫂李の弁当には卵焼きなし!!」
「えっ、うそ……先輩の分くださいよ。オレ昼ごはんめっちゃ食べたい派なんですから」
「昼ごはんちょっとしか要らない派なんていねぇよ。年頃の男子なんだから」
「かわいい後輩のために先輩の分くださいよぅ」
「だーめーでーすぅー」
「あぁ、朝にもお昼にも、先輩の卵焼きが食べたい人生だった」
「チョロい人生だな。ったく、時間あるからもう一個焼くか」
「本当に!? でっかいの焼いてください!! 卵、五個くらい使って」
「調子に乗りすぎ」
こんな感じでどうしても甘やかしてしまうのは、そりゃ、懐いてくれて嬉しくないわけはないから。
冷蔵庫から卵と砂糖を取り出す。
食器洗いを櫂李に押し付けて、手早く四人分の弁当を仕上げる。
キッチンカウンターに並んで立つと、身長の差は歴然だ。
別に俺も背が低いってわけではない……と思うけど……、こいつの視線からだと、俺のつむじも見えてそうだ。
「ほら、櫂李の分。今後はつまみ食い禁止な?」
「美味しそう!! 先輩、お礼のハグします!!」
「ばっっ……!!」っかやろう!!
しなくていいんだよ、いちいち!!
寝起きとは思えない爽やかな笑顔で、高瀬櫂李が俺に向かって両手を広げている。
朝食の準備を終えたばかりの俺は、ちょうどみんなを起こしに行こうとキッチンから出てきたところだった。
「……しないけど」
「えっ!!」
徐に驚いて後ずさる櫂李。
こいつの言動は、いまひとつ本気度が測れない。
「あのさ、櫂李。俺ら別に付き合ってもないんだからな?」
「えぇぇっ!!!」
「なんで毎回新鮮に驚くんだよ。何回目だよこのくだり。ネタかよ」
「だって、生徒会専用シェアハウスに入居したら、カップルになるって噂を聞いて。オレ、すげー楽しみにしてきたんですよ? 煌陽さんと凛先輩は実際付き合ってるし。ってことは……オレと星凪先輩は、実質恋人で……」
「実質恋人なんてないだろう。大体、恋人になる確率が高いってだけで、例外も普通にあるからな」
「オレと先輩は例外じゃないでしょ」
一年のくせに俺よりも背が高い櫂李が覆い被さってくる。
犬みたいだ……。明るい茶色のふんわりとした髪が、更に犬っぽさを誇張している。
なんて思っても、こんなに大きな犬は飼ったことがない。
「離せったら」
「先輩の匂い、好き〜」
「はっ? 首許を嗅ぐな!! ひゃっ! くすぐったい、やめろって」
毎朝、俺と櫂李はこんな戯れから始まる。
「おはよー、朝から仲良いね」
「凛、笑ってないで助けてよ」
「案外、毎朝のお楽しみだったりするんだけどな。ね、煌陽くん」
「俺はどうでもいい。んなことより、早く朝飯にしようぜ。腹へった」
「あぁ、直ぐにテーブルに運ぶよ。ほら、櫂李も手伝え」
凛と煌陽が起きてくると、四人で席に着く。
「いただきます!!」
揃って手を合わせ、賑やかな朝が始まる。
蒼稜学園グループ【凪ヶ丘高等部】は全寮制の男子校だが、生徒会メンバーだけはシェアハウスに入居するのが決まりだ。
八人の生徒会メンバーがA棟とB棟に分かれて、四人ずつ生活している。
寮だと寮母さんが生活面のサポートをしてくれるが、俺たち生徒会メンバーは、自分たちで協力し合って生活する。役割分担や、ルールもそれぞれで設け、日々の生活の中で団結力や協調性を養うのが目的だ。
そして……。
「でもさ、実際多いよね。歴代生徒会メンバー同士のカップル」
粉末を溶かしただけのコーンポタージュを飲みながら凛が切り出す。
「環境が特殊だし、やっぱ大変さを理解し合えるってのが大きいんじゃね?」
この話題を流そうと思っていたのに、そうはさせてもらえないらしい。
「凛先輩、因みにB棟はどうなんですか?」
「あっちは会計の二人が付き合ってて、副会長の紫暮君は、去年広報だった先輩と今も続いてるよ」
「じゃあ、俺と同じ一年の大夢はボッチじゃないですか」
「あのなぁ櫂李、絶対に生徒会同士じゃないとダメなんて決まりはないからな? それに、今は四人ずつだけど、追加の生徒会メンバーは一学期の成績で決まる。夏休み明けには、もう一人入ってくるんだからな」
「そっかぁ。そうでしたね。じゃあ、オレ、星凪先輩を取られないようにマーキングしとかないとですねぇ」
「ばっっ……」っかやろう……!!!
マーキングってなんだよ。俺まで犬にすんなよ!!
突拍子もない言葉に盛大に咽せそうになったのを、なんとか耐えた。
櫂李は去年のオープンスクールで俺を見て一目惚れをしたらしく、受験も凪高一択、生徒会入りを自ら希望し、入学してきた。
そしてA棟に引っ越して来るや否や、その熱い想いを俺の両手を握りしめて語り尽くした。
「櫂李は星凪の忠犬だな」煌陽が言う。
「そうだね、お似合いだと思うけど」その隣で凛が揶揄う。
スポーツ系の煌陽と、中世的な美人の凛。二人は櫂李の言った通り、付き合っている。
変に付き纏われやすい凛を助けていくうちに、二人の愛は芽生えた。付き合いだしたのは、極自然の流れだった。
煌陽と恋人になってからは、凛も危ない目に遭わなくなったし、最初こそ意外な組み合わせだなと思ったけれど、唯一無二だと今では思っている。
「さっさと片付けして準備するぞ」
「ごちそうさまでした」
「忠犬、片付け手伝え」
「わんっ!!」
こいつには、嫌味も通じない。
ずっと隣で尻尾を振り続けている櫂李に、素直に甘えたい気持ちはある。でもこんな性格が邪魔して、肝心の一歩が踏み込めない。
俺だって、恋愛に興味がないわけじゃない。
高校生という一番輝かしいであろう時間を、楽しく過ごしたいと思っていた。
なのに恋人もできないまま、あっという間に最終学年。
このままじゃ、大変だった生徒会活動の思い出だけで終わってしまう。内心、そんな不安に駆られているのも事実だ。
「入学してからまだ二ヶ月だってのに、俺たちはまだお互いのこと知らないだろう?」
「そんなの、これから嫌ってほど知るじゃないですか。それに、俺はもう星凪先輩が甘〜い卵焼きが好きだって、知ってますよ」
準備していたお弁当のおかずから、卵焼きを一つ摘んで口に放り込む。
「んま〜〜!! 今日、先輩がお弁当当番なの、ラッキー」
「あっ!! おまっ!! 余分なんてないんだからな。櫂李の弁当には卵焼きなし!!」
「えっ、うそ……先輩の分くださいよ。オレ昼ごはんめっちゃ食べたい派なんですから」
「昼ごはんちょっとしか要らない派なんていねぇよ。年頃の男子なんだから」
「かわいい後輩のために先輩の分くださいよぅ」
「だーめーでーすぅー」
「あぁ、朝にもお昼にも、先輩の卵焼きが食べたい人生だった」
「チョロい人生だな。ったく、時間あるからもう一個焼くか」
「本当に!? でっかいの焼いてください!! 卵、五個くらい使って」
「調子に乗りすぎ」
こんな感じでどうしても甘やかしてしまうのは、そりゃ、懐いてくれて嬉しくないわけはないから。
冷蔵庫から卵と砂糖を取り出す。
食器洗いを櫂李に押し付けて、手早く四人分の弁当を仕上げる。
キッチンカウンターに並んで立つと、身長の差は歴然だ。
別に俺も背が低いってわけではない……と思うけど……、こいつの視線からだと、俺のつむじも見えてそうだ。
「ほら、櫂李の分。今後はつまみ食い禁止な?」
「美味しそう!! 先輩、お礼のハグします!!」
「ばっっ……!!」っかやろう!!
しなくていいんだよ、いちいち!!



