放課後の坂道には茜色が濃く差し込み、校門の影が長く引きずられている。
悠と遼は、その道を並んで歩いていた――
いや、並んでという表現はまだ大げさかもしれない。指先が触れ合うには遠すぎて、他人行儀と言われればそれまでの距離。だが、悠にはその数十センチが妙に気になって仕方がない。
(なんでだよ……帰り、一緒に歩くようになっただけで心臓のリズムが狂うって……俺、まじでどうした……)
辺りは部活の掛け声や自転車のブレーキ音が飛び交っているのに、遼と自分の足音だけが大きく聞こえる気がした。
不思議なのは、悠が一歩ずれるたびに、遼は必ず歩幅を合わせてくることだった。
悠が急に立ち止まりそうになっても、遼はすっと減速し、歩けば歩くほどぴたりと隣を守るように付いてくる。
まるで見守られているみたいで――いや、実際そうなのだが――悠は胸の奥がむずむずした。
そんなとき、遼が前を見たままぽつりと呼んだ。
「悠」
悠は小さく肩を跳ねさせた。
「ん?」
遼はゆっくりと息を吐き、そのまま淡々と告げる。
「今日も送るから」
あまりにも当たり前のように言うので、悠はつい声を上ずらせた。
「……いや、あのさ。別に、いいのに……あの事件から毎日だよ?あれからもう1週間経ってるのに……」
「ダメ。心配」
即答。しかも、迷いゼロ。
悠は思わず「は?」と叫びそうになるのを飲み込んだ。
(は!?なんでそんな当然みたいに言えんだよ……!)
(俺、そんなに危なっかしい感じで見られてる!?)
ちらりと横顔を見ると、遼の表情はふだんより柔らかい。
眉のラインがわずかに下がっていて、どこか切実さすら感じられるほど真剣だった。
「あんなこと、二度と起きてほしくない。だから、送らせて」
静かな声だが、芯がしっかりしている。
悠は喉の奥がきゅっと詰まり、逃げ場を探すように視線を揺らした。
「……わかったよ」
小さくつぶやくと、遼は満足したように微かにうなずき、悠の歩幅に合わせてすっと距離を縮めてきた。
並んだふたりの影が夕陽に伸びて、触れそうで触れない距離で揺れる。
遼がふと声を落とした。
「それで」
「ん?」
「今日も弁当、ちゃんと食べた?」
ストレートに訊かれて、悠は思わず視線をそらす。
「……食べたよ。うまかった」
その言葉を聞いた瞬間、遼はほっとしたように息をついた。
「そっか」
ほんの少し口元が緩む。
その微笑みが、悠の胸をぎゅっと締めつけた。
(やばい……ほんとに嬉しそうにするな……)
(いやまあ、作った本人だからだと思うけど)
(その本人が、目の前で嬉しそうにしてんの見て……俺、何も知らないふりするの、罪悪感で死ぬ……!)
遼は歩きながら静かに続ける。
「最近、昼になるとついお前のほう見ちゃうんだよな。ちゃんと食ってるか気になって」
「な、なんでだよ……」
震えた声で返すと、遼は少しだけ歩みを緩めた。
「……理由、いる?」
ばっさり切り込んでくる低音。
悠は息を呑む。
(いやいやいや、待ってくれ!)
(その理由を話さないのは、そっちだろ!!!)
(知らないふりしている俺の身にもなってくれ!!)
けれど、遼はそれ以上追及しない。ただ隣を歩き続ける。
夕暮れのオレンジが二人を染め、沈黙はなぜか心地よい。
信号の音、木の葉を揺らす風、遠くの部活の声。
その全部がやわらかく響いて、悠の気持ちをそっと落ち着かせていく。
ふと視線が重なった。
ほんの一瞬なのに、遼が少し目を細めたように見えて、悠は思わず笑ってしまう。
「……ふふ」
「なに笑ってんだ?」
少しむすっと言うのが可愛い。
「いや……なんか、変だなって。こうして帰るの、前は想像もしてなかった」
遼は夕陽を浴びたまま、ゆっくりと口を開く。
「俺は、いつかこうなると思ってたけど」
「へっ?」
「……なんでもない」
照れくさそうに目を逸らす遼が、普段のクールさと違いすぎて、悠はまた肩を揺らして笑った。
その笑いにつられたように、遼も喉の奥で小さく笑う。
(……なんだこれ)
(なんか……安心する……)
(遼が隣にいるだけで、こんなふうに気持ちが軽くなるなんて……)
夕暮れの道はゆっくり夜に向かって沈んでいく。
ふたりの影は、さっきよりも確かに近づいていた。
悠と遼は、その道を並んで歩いていた――
いや、並んでという表現はまだ大げさかもしれない。指先が触れ合うには遠すぎて、他人行儀と言われればそれまでの距離。だが、悠にはその数十センチが妙に気になって仕方がない。
(なんでだよ……帰り、一緒に歩くようになっただけで心臓のリズムが狂うって……俺、まじでどうした……)
辺りは部活の掛け声や自転車のブレーキ音が飛び交っているのに、遼と自分の足音だけが大きく聞こえる気がした。
不思議なのは、悠が一歩ずれるたびに、遼は必ず歩幅を合わせてくることだった。
悠が急に立ち止まりそうになっても、遼はすっと減速し、歩けば歩くほどぴたりと隣を守るように付いてくる。
まるで見守られているみたいで――いや、実際そうなのだが――悠は胸の奥がむずむずした。
そんなとき、遼が前を見たままぽつりと呼んだ。
「悠」
悠は小さく肩を跳ねさせた。
「ん?」
遼はゆっくりと息を吐き、そのまま淡々と告げる。
「今日も送るから」
あまりにも当たり前のように言うので、悠はつい声を上ずらせた。
「……いや、あのさ。別に、いいのに……あの事件から毎日だよ?あれからもう1週間経ってるのに……」
「ダメ。心配」
即答。しかも、迷いゼロ。
悠は思わず「は?」と叫びそうになるのを飲み込んだ。
(は!?なんでそんな当然みたいに言えんだよ……!)
(俺、そんなに危なっかしい感じで見られてる!?)
ちらりと横顔を見ると、遼の表情はふだんより柔らかい。
眉のラインがわずかに下がっていて、どこか切実さすら感じられるほど真剣だった。
「あんなこと、二度と起きてほしくない。だから、送らせて」
静かな声だが、芯がしっかりしている。
悠は喉の奥がきゅっと詰まり、逃げ場を探すように視線を揺らした。
「……わかったよ」
小さくつぶやくと、遼は満足したように微かにうなずき、悠の歩幅に合わせてすっと距離を縮めてきた。
並んだふたりの影が夕陽に伸びて、触れそうで触れない距離で揺れる。
遼がふと声を落とした。
「それで」
「ん?」
「今日も弁当、ちゃんと食べた?」
ストレートに訊かれて、悠は思わず視線をそらす。
「……食べたよ。うまかった」
その言葉を聞いた瞬間、遼はほっとしたように息をついた。
「そっか」
ほんの少し口元が緩む。
その微笑みが、悠の胸をぎゅっと締めつけた。
(やばい……ほんとに嬉しそうにするな……)
(いやまあ、作った本人だからだと思うけど)
(その本人が、目の前で嬉しそうにしてんの見て……俺、何も知らないふりするの、罪悪感で死ぬ……!)
遼は歩きながら静かに続ける。
「最近、昼になるとついお前のほう見ちゃうんだよな。ちゃんと食ってるか気になって」
「な、なんでだよ……」
震えた声で返すと、遼は少しだけ歩みを緩めた。
「……理由、いる?」
ばっさり切り込んでくる低音。
悠は息を呑む。
(いやいやいや、待ってくれ!)
(その理由を話さないのは、そっちだろ!!!)
(知らないふりしている俺の身にもなってくれ!!)
けれど、遼はそれ以上追及しない。ただ隣を歩き続ける。
夕暮れのオレンジが二人を染め、沈黙はなぜか心地よい。
信号の音、木の葉を揺らす風、遠くの部活の声。
その全部がやわらかく響いて、悠の気持ちをそっと落ち着かせていく。
ふと視線が重なった。
ほんの一瞬なのに、遼が少し目を細めたように見えて、悠は思わず笑ってしまう。
「……ふふ」
「なに笑ってんだ?」
少しむすっと言うのが可愛い。
「いや……なんか、変だなって。こうして帰るの、前は想像もしてなかった」
遼は夕陽を浴びたまま、ゆっくりと口を開く。
「俺は、いつかこうなると思ってたけど」
「へっ?」
「……なんでもない」
照れくさそうに目を逸らす遼が、普段のクールさと違いすぎて、悠はまた肩を揺らして笑った。
その笑いにつられたように、遼も喉の奥で小さく笑う。
(……なんだこれ)
(なんか……安心する……)
(遼が隣にいるだけで、こんなふうに気持ちが軽くなるなんて……)
夕暮れの道はゆっくり夜に向かって沈んでいく。
ふたりの影は、さっきよりも確かに近づいていた。



