ある日、俺の机に知らない弁当が入っていた

「悠、お前……本当に作るつもりなのか?」

帰り道。
悠の背後に立つ遼が、少し呆れたように眉を下げて問いかけてきた。

振り返ると、遼は腕を組んで、まるで料理番組の審査員みたいな顔をしている。

「作るよ。だって……次は俺の番だろ」

悠は緊張をごまかすみたいに、視線を電柱の方へ向けた。

(言っちゃった……!言ったけど……うわ、なんか恥ずかしい……!)

「悠って、不器用なんだろ?無理しなくてもいいって」

「俺がやりたいの!」

はっきり言うと、遼が一瞬だけ目を丸くした。
その反応が妙に可愛くて――いや、可愛いって思った時点で、自分、どうかしている。

そして次の瞬間。

遼の口元に、ゆるい、柔らかい笑みが落ちた。

「……期待してる」

悠の心臓が、跳ねるだけじゃなくて爆ぜた。

(や……やば……その言い方、イケメン過ぎるだろ……期待してるって……)

(そんなの言われたら……がんばるしかないじゃんか……!)

そして――数日後。

机の中には、もう弁当はなかった。
あのそっと置かれた布の温もりも、付箋のメッセージも、そこにはない。

(……なくなったんだよな。分かってる。毎朝、届けてくれるようになったし)

(それに、今日は俺が作るって言ったんだし。でも……ちょっと、寂しい……かな)

そんなことを考えていると――

「悠」

名前を呼ばれるだけで、身体がびくっと跳ねた。

昼休みになると、まるで自然の流れみたいに遼が悠の机の脇に立っている。

「今日も一緒に食べよう」

落とされた声は静かで、不思議とあたたかい。

(……ずるいなぁ。こんな風に言われたら、断れないって)

「……うん」



風が通り抜ける屋上。
空は澄んで、土の匂いがひゅうっと頬を撫でる。

「……ここ、いいよな。人も来ないし」

「うん……落ち着く」

ふたりだけの昼休み。

悠は深呼吸して、弁当袋をそっと差し出した。
ほんの少し震える指を、遼が優しく見下ろす。

「宣言通り、今日は俺が作った」

言い終えた瞬間、心臓がぎゅっと痛くなるくらい跳ねた。

(あああ……言っちゃった……!もう後戻りできない……!)

遼は弁当箱を開き、しばらく無言のまま眺めていた。

その沈黙の長さに、悠の背中から冷や汗がにじむ。

不格好なおかず。
形のいびつなハンバーグ。
焼き色に微妙なムラのある卵焼き。

それでも――全部、遼のために作った。

「……」

「わ、笑うなよ?練習したんだから……!」

「笑ってない」

遼は静かに箸を取る。
ぎこちなく並んだ卵焼きをひとつ、口へ運んだ。

そして――

「……うまい」

短く、それでも確かに。

「ほんと?」

「ほんとだよ」

どこまでもまっすぐで、嘘の混じらない声。
悠は一瞬で頬が熱くなる。

(やばい……なんでそんな、普通に褒めてくるの……)

(もう……ほんと……好きになっちゃうだろ……)

遼は弁当箱を見下ろしながら、ほのかに嬉しそうに微笑んだ。

「こうやって食べるの、いいな」

「……そう?」

「うん。……なんか、落ち着く」

悠は風に髪を揺らしながら、照れくさく目を細める。

そして、ぽつり。

「でもさ。次は――一緒に作ろ」

遼の手が止まった。
そのままゆっくりと顔を上げる。

視線が絡んだ瞬間、胸がきゅっと縮まる。

「……うん。ふたり分、な」

その言葉の優しさに、悠は目を瞬いた。

(あ……やっぱり……この人の隣にいたいって、思っちゃうんだよな……)

屋上の風がふたりの間をゆっくりと通り抜ける。
まるで「これから」を祝福するみたいに。

ひとりで食べる弁当じゃない。
ひとりで作る弁当でもない。

これからの昼休みは――
ふたりで作って、ふたりで食べるものになる。

陽に照らされながら、悠はそっと目を細めた。

(……幸せって、こういうことなんだな)

ふたりの距離は、もう隠す必要なんてない。

屋上の空だけが、それを静かに見守っていた。